遠い約束

文字数 3,751文字

あれから三ヶ月が経ちました。宇宙船の目前には既に火星が大きく見えています。先に出発した無人ロケットは無事到着し、住居施設の組み立ては終わっていて、後はこの船の到着を待つばかり。ワクワクドキドキの瞬間です。

火星の大気圏に突入した着陸船はガタガタブルブルと震えています。高温の中を突き進むと大気との摩擦で降下速度が下がり、そしてパラシュートが開きました。ですがまだ安心は出来ません。ここでパラシュートを切り離し、逆噴射で地上を目指します。

逆噴射のエンジンを点火、姿勢を調整しながらゆっくりと降下……ではないようです。どうしたことでしょう、着陸船があらぬ方向へと向きをあちこちと変え始めました。そして、そして……ドカーンです。

残念ながら着陸船は姿勢を保てず、制御の利かない逆噴射のため爆発、それは小さな、そして大量の破片となって火星の空に散ってしまったのでした、合掌。

人類初の火星移住を目指し、それも片道という決死の覚悟も失敗に終わったことは、人類にとって大きな損失でしょう。しかし、この失敗を糧に人類は尚も先を目指すはずです。失敗は成功のもと、何度でも挑むことでしょう、そこに火星がある限り。

さて、シルキーですが悲惨な事故とは関係なく、ヒラヒラと火星の大地にメイド姿で舞い降りていきます。着陸船の爆発で多少は吹き飛ばされましたが、それは大して問題ではありません。空気もなく重力は地球の3分の1しかありませんが、そんな法則が適用されるシルキーではありません。構わず軟着陸成功! です。

シルキーが降り立った場所、そこはどこかの砂漠? と思ったシルキーです。何せ地球を離れたことがない田舎者ゆえ、そこが火星だとは知らないのです。そして遠くを見ると居住施設を発見、早速そこに向かいました。

施設のエアロックを通過し中に入ると、そこは結構な広さがありますが、当然、誰もいない静かな空間です。そこでは様々な機器が稼働していますが、それを操作する人もなく、機械ながら虚しく動き続けるのでした。

出来立てホヤホヤの居住施設とあってシルキーの出番はありません。仕方なく椅子に座って時の過ぎるのを待ちました。その間地球では着陸船の事故により、三ヶ月後に予定されていた第三陣の打ち上げは中止、再開のメドは立っていません。

時を持て余したシルキーは施設の中をウロチョロするばかりです。外出しても、そこはどこまでも続く砂漠のような光景が広がるばかり。小高い場所に登ってみても誰も街も無い、無い無いづくしでした。

そんなシルキーに出番が巡ってきました、砂嵐です。外はゴーゴゴ、吹き荒れる風で施設のあちこちから軋む音が聞こえ、窓から見える外は瞬く間に暗くなっていきます。それが通り過ぎると施設の周囲は砂だらけ。早速、庭に躍り出たシルキーは掃き掃除に余念がありません。久しぶりの仕事にイキイキハキハキするシルキーです。

箒の柄が何かに打つかりました。それが倒れそうになりましたので、そっと直しておくシルキーですが、この事が地球では大騒ぎとなったようです。それは、誰も居ないはずの火星にシルキーの姿がカメラの映像に映ったことでしょう。斜めになったカメラを立て直し、レンズの汚れを拭き拭きするシルキーの姿が見える? 見えない? のような感じで記録されたのです。

あれは火星人だー、いやいやあれはロボットだよ、いや、誰かいるー、亡霊だー、と数々の噂が立ちましたが、その真相を知る手立てはありません。そこで施設内のカメラを総動員してその正体を探しますが、これがまた、シルキーの姿を見つけるこは出来なかったのです。それは、見ようとすれば見えない、探そうとしても見つからない、そんなシルキー本来の存在だったのかもしれません。ふー。

「こちらは地球、そこに誰かいたら返事をしてくれ」
通信機器から音声が聞こえてきました。それに「(只今留守にしております)チッ」と返事をするシルキー。ですが最後の『チッ』が回線切断の音と勘違いした地球側は繰り返し呼びかけを続けたのでした。



あれから10年の年月が過ぎました。そしてとうとう中止されていた第三陣の火星移住計画が再開し、ロケットが打ち上げられたところです。その軌跡を追うシルキーです。地球からの通信により自分が火星に居ることを知ったシルキー、とんでもない場所だと気付いたものの、帰る場所が分からず途方にくれた10年でもあります。

驚異的な存在であるシルキーですが、何でもかんでも可能、というわけではありません。地球に戻りたければ、そう思うだけで戻ることは可能でしょう。しかし、その戻るべき場所、地球がどこにあるのか、帰り道が分からなければ流石のシルキーでも自由にならないのが世の理というものです。

ということで、こちらに向かってくるロケットを観察しているというわけです。そして三ヶ月と三日の後、火星の大地で着陸してくる船を出迎えるシルキーです。それに大きく手を振って、先人として新しい住民たちを迎えます。

今度は無事、着陸に成功。わらわらと人が船から出てくるのを見届けると、シルキーも地球への帰り道が確認できました。そうして地球の、帰りたい場所を思い浮かべます。あのお婆さんの居たお家、それはもうありません。次に思うのはお姉さんと暮らしたあの街です。ですが、これといった思いがありません。さて、どうしたものかと記憶を辿ると……ありました。あの、初めて見た大きな湖、本当は海なのですが、その時の情景が浮かんでまいりました。そうしてそして――。



美しい海岸沿いの道を走る真っ赤なボロ車、それを運転しているのは例のお姉さん、いえ、今では立派なオバさんになりました。そしてその助手席には大きな犬が乗っています。時は夕日が映える時刻、ちょうど渋滞で車が止まった時でしょうか、隣の犬が吠えまくって仕方ありません。

「どうしたのよ? 何か美味しいものでも臭うの?」とオバさんが犬を宥めようとしましたが、その声も聞かず、とうとう窓から飛び出てしまいました。それはあたかも「アバヨ」とか「世話になったな」と言った風に感じられたオバさんでした。

仕方なく車を止め犬を追いかけると、犬は誰も座っていないベンチの前で尻尾をフリフリしながら吠え続けます。それに追いついたオバさんが「こら!」と犬を叱ると、誰もいなかったはずのベンチに人が、それもメイド服を着た女性が座っていることに気がつきました。その姿を見た瞬間、オバさんはシルキーを思い出したのですが、それは絶対に違う、あの子は死んだのよと自分に言い聞かせますが、それを確認したくて声を掛けずにはいられなかったようです。

「こんばんわ」
「(こんばんわ)チッ」

相手の顔をまじまじと見つめるオバさんです。どう見てもシルキーに見えて仕方ないのですが、そんなはずがあるわけがないと考えようとしますが息切れ動悸が止まりません。しかしそれでも確認せずにはいられないオバさんです。

「貴女、この街は初めて?」
「(いいえ)チッ」
「そうなんだ、初めてなんだ。そうよね、そうよ」

オバさんはやっと落ち着いたのか、それとも力が抜けたのか、ゆっくりとベンチに腰を下ろしたのでした。そして深呼吸、また深呼吸して暫く黙りのオバさんです。そうしていると遠くでは夕日が海に沈み、そのせいなのか海風がピューとオバさんの顔を吹き付けました。それで心のどこかでつっかえていた何かが飛び出てしまったようです。

「私ね、貴女とそっくりな人を知っているのよ」
「(そうですか)チッ」
「それでね、私、その人に、とっても悪いことをしたのよ。それがね、ずっと忘れられなくてね、謝りたいんだけど、その人、もう居ないのよ、それでね、それでね」

何故か既に半泣きのオバさんです。それが何故なのか自分でも分からないようです。それに初めて会った見知らぬ人に言っている自分自身も信じられないようで、頭の回路がショートしてしまったのでしょう、その口は開いたま閉じることはありませんでした。

「約束ですから、チッ」
メイド服を着た女性がそう応えると、オバさんは目を丸くしてその女性を見つめ、傍に居る犬と一緒になって次の言葉をねだるのでした。

「約束したことですから、あなたが謝る必要はないですよ、チッ」と言葉を頂いたオバさんは涙を拭うとサクッと立ち上がりました。きっとどこからか力が湧いてきたのでしょう。

「そうよね、約束だもんね。そうよ、約束よ、そうだった」
半泣きのオバさんは何処へやら、笑顔満開のオバさんです。そうして海に向かって「ウオォォォォイ」と叫ぶと気が晴れたのでしょう。
「邪魔しちゃったね、じゃあね」と言い残して歩き出しました。そこで犬を忘れていたことに気が付いたオバさんは「おいで〜」と振り向くと犬は走って来ましたが、序でにベンチには誰も座っていないことにも気が付きました。でも、それはどこかに行ってしまったのだろうと思ったようです。

シルキーは一人海辺を歩きながら、次の場所、自分の居場所を探すように、打ち寄せる波を見ているのでした。
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登場人物紹介

スライム

異世界でスライム生を謳歌している俺。

ゴーレム

異世界で少女を守りながら戦う俺。

ゴーレムの創造主
自称、魔法使い。ゴーレムからは魔法少女 または 魔法おばさん または ……

エリー

エルフの私です。
エルフの里で育ち、エルフの母に姉と弟、それに友達も皆、エルフです。
耳は長くはないけれど、ちょっとだけ身軽ではないけれど、
すくすくと育った私です。
だから私はエルフなのです。

ステンノー

ゴルゴーン三姉妹の長女

エウリュアレ

ゴルゴーン三姉妹の次女

メデューサ

ゴルゴーン三姉妹の三女

シルキー

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