#3 導く者

文字数 4,607文字

胡散臭い教授が生息する大学、それ即ちケンジの通う大学であるが、構内にケンジが入ったのは夕刻になってからである。それは朝方までアレコレと調べた結果、朝日を迎えてしまったため、そこから一眠りして教授に会うつもり(・・・)だったらしい。その前に、「事情に詳しい人に相談してくる」とサユリにメールを送ると、即座に「私も一緒に行く」と返事が返ってきた。これで、サユリも寝ていないと分かり、尚更、怪しい教授の元には連れては行けないと、一人で行く決心を固めたケンジである。

そうして、ケンジが目覚めたのは昼を過ぎた頃だったが、それでも朝一番で行くつもりだったらしい。そこで、慌てて支度をした、という訳ではなく、しっかりと昼食を摂った後、日課にしている観葉植物への水やり、昨日まで読んでいた本の続きを読み、情報収拾のためのネット検索、録画しておいたドラマの鑑賞、などなど、普段と変わらぬ生活をこなした結果、大学に行くのが遅くなった、ということらしい。

これらは決してケンジが友人の失踪を軽んじていた訳ではなく、寧ろ事の重大さ故に冷静を保つため、と普段と変わらない習慣を心掛けた末のようである。しかし、それらの中に、授業を受けるというのが含まれていないのは——細かいことは抜きにして先を急ごう。



目当ての教授が居る研究室は、大学でも一二を争い、古さを誇る五階建ての研究棟にある。そこの階段を(古いのでエレベーターなどは無い)を最上階まで登り、そこから更に突き当たりまで進むと(途中の通路は、真っすぐな所が無いくらい、床も壁も天井も、全てがそれなにりに歪んでいる)トイレに行き当たる。その入り口と見分けがつかない程の小さなドアをノックすれば(叩けば)、その向こうに教授が居るはずである。

一応、ドアのようなものをノックしたケンジだったが、当然のように反応が無い。それが何故当然(・・)かというと、ロッカーや清掃用具などが入ったドアのようなもの(・・・・・・・・)を叩いたところで、返答があると思う方が不自然だろう。しかし、それを乗り越えねば先に進めない、とあっては、何であれ躊躇している場合ではない。「事前にメールで連絡してあるので、不在ということはないはず」と、部屋の中に教授が居ることは分かっているケンジは、そのままドアを開け、すり抜けるようにして進んだ。但し、教授からのメールの返信は無かったが、得てして教授とはそんな人種だろうと気にしてはいない。

入り口が狭い、ということで、ドアの先は細長い作りになっている。その両脇には書棚が並び、差し詰め狭い図書館のよう——とは言いたくない程、薄汚れた本のようなものが乱雑に置かれているだけである。その先には窓があり、そこからの光で、なんとか部屋の様子は見て取れるが、照明の類は()いてはいない。その窓が部屋の一番奥となり、その手前には大きな横長机、窓と机の間で椅子に座り後頭部を見せているのが教授その人だろう。声を掛けようとしたその時、

「誰だね? 取材ならお断りしているのだが、ね」と、振り向くことなく教授に言われてしまったケンジである。

◇◇

「違います。教授にお話を伺いに来た者です。……メールで連絡してあると思うのですが」

「メール? それは知らないね。用があるのなら直接来たまえ」

「ですから、直接(・・)来ました」

「……それも、ある、な。……一理ある。……有るが、有ることには有るが、今は多忙でね、一昨日(おととい)来てくれないか」

教授はそう言うと小刻みに椅子を左右に振り、小声で「一昨日(おととい)って、どうやって来るのか見ものだな。……いや、来る訳がないか。それはそれで詰まらないな」と呟いたようだが、狭い部屋とあって、その声は反響し、しっかりとケンジに聞こえたようだ。

「それは無理なので、今がその時(・・・)、ということで如何でしょうか」

自分の声は聞こえていないと思っていた教授は、座ったまま肩をピクッと動かした。それは普段、一人でいることで無意識に声にしてしまったことに驚いたのかもしれない。教授は椅子をクルッと回すと、机の前に立っているケンジをチラッと上目遣で、

「君は……誰だね?」と、(いぶか)る視線をケンジに向けた。

その視線に眉間を狭めたケンジは「僕は」と言い掛けたところで止め、ここで押し問答をしても仕方ないと考えた。——それと、ネットで調べた教授は60代となっていたが、見た目は40代、若しくは50代前半といったところだろうか。それで、見た目とネットの情報、どちらが正しいのか、と、暫し考えてしまったようだ。だが、一刻でも早く用件を済ませたいケンジは単刀直入に、

「異世界について知りたいんです、お願いします」と切り出し、頭を下げた。

「異世界?」

そう言ったまま口をポカ〜ンと開放してしまった教授である。だが、これくらいのことで怯むケンジではなかった。事は急ぐ必要があるからだ。

「異世界です。ですが、重要なことはそこに連れ去られてしまった人がどうなるのか、無事に戻って来れるのか、そこが知りたいのです、教授」

ケンジの言葉を聞いても、それでもなお口を開けたままの教授である。その態度をチラッと見たケンジは——殴ってやりたい衝動をぐっと堪えた、ようだ。

そうして一時(いっとき)後、漸く口を閉じた教授は、今度はその口をムニムニさせると、

「異世界? ……君の言う異世界とは何のことだね。……異なる、世界、こことは別の何か。……くっくっく、異星人は異世界人? うん? ちょっと違うか。まぁいいだろう。……とにかく、いきなり来て早々、異世界がどうこうと問われても返答に困惑する私だ。そんな私を救ってはくれないか、君」と、至って真面目な表情をケンジに向ける教授である。

顔を上げたケンジは、「ここは異世界研究室だろう! あんたはそこの教授じゃないのか! 異世界がどんなのかなんて、こっちが聞きたいくらいだ。だから来たんだろうが、わざわざ!」と、心の中で黒魔術の呪文を唱えた後、スッキリした顔で、

「失礼しました。僕は何か勘違いをしていたようです。これで」と、教授に背中を向け、部屋から出る仕草をすると、

「冗談、ジョークだから」とケンジを引き留める教授である。「それと、君は……ここの学生? だよね。そのまま帰したとあっては私の面目が立たん。本来は学生であっても私の講義は有料、つまり別料金なのだが、今は暇……時間が空いてる関係上、特別に無料相談として受けよう。それで、……異世界? だったなか。君、君は運が良い方だろう。ちょうどそれを研究しているところなのだ。なにせここは『異世界研究室』と言うくらいだからね、クックッ。さぁ、話を聞こうではないか、悩める青年よ。異世界がどうした? 行きたいのかね? 君も、うん?」と、今にも揉み手でもしそうな教授に一変、変身トウォォォ。

これは、普段はきっと一人寂しく時を過ごしているに違いない。なのに、せっかくの話し相手を自分のツンで台無しにしては元も子もなくなってしまうではないか。そこで急遽(きゅうきょ)、態度を変えた、くらいのことは既にお見通しのケンジである。

「教授、話が長くなりそうなので、出来れば椅子に座ってお聞きしたいのですが」と、椅子を催促したケンジ、——だったが、

「それでは、始めるとするかね」と、聞こえなかったのか、又はその振りなのか、今度は真面目な顔になった教授である。

これでケンジは椅子を諦め、「やっぱり60代というのは本当らしい。既に——」と思いつつ書棚に寄り掛かったが、それがギシギシと音を立ててしまったので、仕方なくそのまま立つことにしたようだ。

「教授に伺いたいことは、……まず、昨日友人が強烈な光りに包まれる? 覆われて? というか、それでパッと消えてしまったんです。それで僕なりに調べた結果、最近、似たような事が起こっているらしく、それは異世界に連れて行かれたらしい、という説が大半でした。そこで、本当に友人が異世界に連れて行かれたのかどうか、そして、一番重要なのが、友人は異世界から戻って来れるのかどうか、ということです。……これらについて、ぜひ教授の意見とか見解が聞きたいのです、どうでしょうか」

ケンジの話を目と口を閉じたままウンウンと頷き——話終わっても(なお)ウンウン教授のままである。これで、「この人、本当にダメかもしれない。帰るか」と思いかけたケンジだが、その心を読んだかのように目と口を開いた教授である。

「椅子はねぇ、生憎だが、見ての通り私のしか無いのだよ。まぁそれでも君は若いから、大丈夫だよね」

質問に、一周遅れで回答するのは何かの芸風なのではないか。そんな疑問と疑心が湧いてくるケンジである。「立っていることは問題ないが、こんな耄碌(もうろく)爺さんを相手にするのは無理かもしれない」と、今度こそ、もう帰ろうと思ったその時、そのタイミングを図ったかのように話出す教授である。

「それともう一つ。さっきから気になっていたんだがねぇ。私は、正しくは教授(・・)ではなく、()教授なのだよ、()ね。……まぁ変な肩書きになっているけど、気にしないでくれていいよ。……まぁ世間からは副ちゃんって呼ばれているからね。もちろん親愛のつもり、だとは思うけど、クックッ。……まあ、君もそう呼んでも構わないよ。慣れているしね、構わないよ」

教授の——副教授の言葉に「ああ、面倒臭い」と思ったのはケンジだけではなく、万人に共通する思いだろう。更にこちらの反応を伺っているよな副教授である。その期待値をグッと下げてやりたい、と思ってしまったとしても無理はないだろう。

「では、先生(・・)と言った方がいいでしょう。それで、先程の件はどうでしょうか、先生」

御預けを食らった犬のように、少々ガッカリしたような表情になった副教授——先生だったが、どうやら切り替えの方は速いようである。口元をムニムニさせると、

「質問を質問で返すのは申し訳ないのだが、重要なことなので確認させてもらうよ。……君は本気で、異世界を信じているのかね。そんな、どこにあるのかも、噂のような虚構を信じる・信じ込むのはバカ者……若者の特権だが、それでいいのかね。……よく考えてから答えてほしい。時間はあるから、待ってるよ」

ここは『異世界研究室』。その根源である『異世界』、——多分、それの存在を信じるか否か。世間では異世界に関する虚構に溢れているが、心霊の世界で霊を信じるのとは根本的に異なることである。それは、『異世界』自体が作り話であり、真実どころか事実の一つも存在しないからである。それを、(あたか)も現実に起こりうる現象として扱い、研究対象にしているなど、イかれているにも程があるというもの。——但し、『異世界』に関する市場調査でもしている、というのなら話は別であるが、その様な真面目さは微塵も感じられない『研究室』と先生である。

「異世界ですか。もちろん、僕は信じていません」

「そうか、信じていないのか。……合格だ。では講義を始めよう」

◇◇
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登場人物紹介

スライム

異世界でスライム生を謳歌している俺。

ゴーレム

異世界で少女を守りながら戦う俺。

ゴーレムの創造主
自称、魔法使い。ゴーレムからは魔法少女 または 魔法おばさん または ……

エリー

エルフの私です。
エルフの里で育ち、エルフの母に姉と弟、それに友達も皆、エルフです。
耳は長くはないけれど、ちょっとだけ身軽ではないけれど、
すくすくと育った私です。
だから私はエルフなのです。

ステンノー

ゴルゴーン三姉妹の長女

エウリュアレ

ゴルゴーン三姉妹の次女

メデューサ

ゴルゴーン三姉妹の三女

シルキー

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