#9 脱出、そして走る

文字数 1,715文字

どこをどう走ったのか記憶が定まらない陽一である。ただ必死に男の後頭部だけを頼りに、文字通り闇雲に走りきったようだ。途中、何度も御嬢様を放り投げ——落としそうになったが、その都度、御嬢様は()りっ(たけ)の力で陽一の首を締め上げたのであった。

人通りの少ない通路や建物の隙間を通り抜け、もう安心と思われる場所を、——既に走ってはいなかったが、無言で歩き続ける陽一たちである。スタスタと歩く男の後ろを、今にも倒れそうな陽一が、——とうとう倒れてしまったが、それを気にする様子もなく、背中で「ああ、お前はここまでのようだな。それもいいだろう、お前にしては上出来だ。そこでゆっくりとするがいい。俺は先に行くからな、じゃあな」と語ったようだ。

殆ど虫の息といったところの陽一、その脇で二の腕を震わせる御嬢様は離れて行く男の背中を睨み付けたのである。その目付きは「ちょっと貴方。私たちをここまで振り回しておいて、それは無いんじゃないの?」と抗議しているようでもある。

それに応えたのは例の男の方ではなく、走馬灯を鑑賞中の陽一のようだ。夢現つの、ある場面において、「もういいんだ。俺は、もう、精一杯頑張ったから、もういいんだよ。それに、もう付いて行く理由なんて無いじゃないか。ここでゆっくり、休もう。うん、それがいい、それでいい」と自分を(いた)わった、ようだ。

時空を超えた『何か』が、世界の秩序と安定を保つため、——そんな大層な理由ではなかろうが、一陣の風が男の歩みを止めた、ようだ。それは、(いにしえ)の風習であった『友情』とかなるものかもしれない。——そうして、「ああ、分かったよ。……そうだな、関わった以上、途中で見捨てるのは、俺は好きじゃない。……ほら」という意味を込めた右手を振るのだった。

これを、「おい、付いてきな。但し、この先は地獄かもしれないぞ。それでも良けりゃぁ付いて来るんだな、お嬢ちゃん」と受け取り、善は急げとばかり、——いや、少々違う気がするが、とにかく路上に寝そべっている陽一を叩き起こして、先を急ぐ御嬢様たちである。



ある建物に侵入すると、やや狭く白い壁が続く通路を右や左にと駆け抜けて行く御嬢様たち一行である。例の男を先頭に、ご自分の足で走る御嬢様、それに続く陽一は、いつ倒れても不思議ではないくらいの様子だが、最後の喘ぎとばかり奮闘している。そうして何処かの扉を開けると、吹き抜けになっている広い空間が目の前に広がった。そこは、人は(まば)らで、みな他人事のように歩いているだけであった。きっとここが終着だろうと立ち止まる陽一だったが、——勢いはそのままに、一向に止まる気配を見せない男と御嬢様である。

その二人を見送るように見ていた陽一は、「ねえ、ねえぇってばさぁ。もう動けないよ、ちょっと待ってよ、待ってくれよぉぉぉ」と心の中で唱えたが、そんな呪文が効力を発揮することはなく、どんどんと遠ざかって行く二人である。そして広い空間を横切るように進むと、反対側の壁に到着。そこの扉を音もなく開けると(もちろん、陽一に聞こえるわけもないが)、男はスクッと中に入り、御嬢様は一瞬、陽一を心配そうに振り向いたように見えた、が、それは陽一の『気のせい・願望・そうであってほしいという思いが強すぎて、見てしまった錯覚』である。

こうして、置いてきぼり(または見捨てられた)陽一は、「なんだよそれ。それって『あり』かよ」と一人不貞腐れたが、「うん? あそこが出口なんだな、そうだよ、そうに決まってるじゃやん」と気持ちを入れ替える(または現実を無視する)ことで自身を奮い立たせたのであった。そうして老骨にむち打つようにパンパンと両足の太ももを叩き、大きく深呼吸することで血圧の上昇を抑え込んだ。その体は御嬢様という負荷が無くなったこともあって、心と共に軽量化したようだ。

「さあ、行きますか、……行きますよ」

陽一の、新たなる一歩が始まった、ようだ。しかし、相変わらず足は重く、本人は走っているつもりのようだが、どこをどう見ても歩いているようにしか見えない陽一である。

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登場人物紹介

スライム

異世界でスライム生を謳歌している俺。

ゴーレム

異世界で少女を守りながら戦う俺。

ゴーレムの創造主
自称、魔法使い。ゴーレムからは魔法少女 または 魔法おばさん または ……

エリー

エルフの私です。
エルフの里で育ち、エルフの母に姉と弟、それに友達も皆、エルフです。
耳は長くはないけれど、ちょっとだけ身軽ではないけれど、
すくすくと育った私です。
だから私はエルフなのです。

ステンノー

ゴルゴーン三姉妹の長女

エウリュアレ

ゴルゴーン三姉妹の次女

メデューサ

ゴルゴーン三姉妹の三女

シルキー

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