#10 未来の高速鉄道
文字数 4,664文字
御嬢様たちが隠れた扉の前に、漸く立つことができた陽一である。勿論そこに待ち人はおらず、それを少々寂しく思ったりもしたが、扉の向こうで待っていてくれているはずだ、と確信するのであった。そうして、エイヤーと扉を開けると——そこは、またまた小さな劇場のように椅子が綺麗に並んでいるではないか。が、先程まで居た劇場風とは打って変わり、何か、——いや、全てが綺麗で整然としていた。そこでキョロキョロと目玉を動かし、更に頭と体も左右に振りながら探してみると、——ほら、隅っこの方で既に椅子に座って寛いでいる御嬢様と例の男である。それを見た陽一は、「ほら、やっぱり待っていてくれたじゃないか。……それもそうだ、俺が居なければ話にならないからな、うん」と一人納得し安堵した模様。
「そこ、いいかな」
男と御嬢様は席を一つ開けて座っていたのだが、その中間に視線を送りながら、どちらかに了解を得ようと話し掛けた陽一である。それに、微動だにしない男の態度を「好きにすればいいさ」という意思表示と理解し、片や、上目遣いで陽一を見た御嬢様は「そのまま立っていれば良いじゃない」というツレない御意向の様子である。それを、「まだまだ子供だから」と大人の了見で大目に見る陽一である。そうして二人の間にヨッコラショと場所を決めた陽一は、座るとすぐに「ふうぅ、楽だぁぁぁ、生き返るぅぅぅ。——なんか良い椅子だなぁぁぁ、満足だよぉ」と一人ご満悦の様子。
しかし、三人が座っている席の周囲に人はおらず、そのため、わざわざ『くっ付いて』座る必要も無いように思われるが、道中と運命を共にしたことで、何か離れがたいものがあったのかもしれない。——陽一は背中をゆっくりと背もたれに預けると、同じようにゆっくりと目を閉じ、瞼に先程までの苦難を映し出していた。そして、いろいろとあったものの、無事にこうしていられることの奇跡を垣間見ては、目頭に何やら熱いものを感じた、ようだ。「そういえば、とんでもない所に子供がいたっけなぁ。誰が連れて来たっていうんだよぉ、あんな『おっさん』ばっかりの所にさぁ、ねえぇ、ねえぇ……」
「御嬢様、お体に怪我などは御座いませんか? 擦り傷程度なら何とか……いや、奥様に怒られる……かも。ああ、どうしよう、大丈夫ですかぁ」
椅子から乗り出すようにして御嬢様を虱潰 しに調べる陽一である。それにギョッとして身構える御嬢様は椅子の肘掛をキツく握り、臨戦態勢に移行、「それ以上近づいたら……」を無言で伝えた、ようだ。そこに、
「何を今更言ってるんだ」と、例の男が割り込んだきた。それに、
「へえぇっ!」と、素っ頓狂な声を上げた陽一である。そして今度はジロジロと男の顔を観察するように見始めたのである。しかしそれは男の言ったことではなく、急に喋ったことの方が、割合としては大きかったかもしれない。
「今更って、何が……」
「何って、お前たち、ここをどこだと思っているんだ」
男の言っていることが全く訳が分からない、とばかり御嬢様に問いを繋いだ陽一、——ではあったが、御嬢様が知っている訳がないと、振り向た顔をプイッと戻してしまった。が、これが、頬を膨らませるプンプンの御嬢様になったことを知らない陽一である。
「どこって……、その、どっかの劇場? じゃないの、か?」
「ふっ、劇場か。まあ、それもいいだろう。知らなくても……無理はないか。ここはな、高速鉄道の、その車内だ」
「車内……だと? こんなに広いのにか? 嘘だろう」
「まあ、鉄道と言ってもレールの上を走っている訳じゃないからな。……それに、『超』が付く程こいつは速い。地の果てまでこれで一気にっていう訳だ。……良かっただろう? これに追いつける奴なんて誰もいないから、もう追われずに済むっていうものだ」
男の話に、最初はフーンと耳を傾けていた陽一でだったが、途中から顔面蒼白、体が急に暑くなったりプルプルしたりと異常を来 していた。それは、
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。だったらこれ、どうすんだよ、これぇぇぇ、これだよぉぉぉ。あんたも『ある』だろう、これがぁぁぁ」と、自分の首輪を『これでもか』というくらい引っ張りながら騒ぐ陽一である。そういえば、(お嬢様の)自宅から一定の距離を離れると、ドカーンだか〇〇するとかで、陽一が慌てるのも無理はないだろう。
しかしながら、同じ物を身に付けているはずの男が、こうも冷静でかつ、高速で移動する手段を取ったのは何故であろうか。その答えを説明するために、自身の襟元から、まさしく陽一と同じ首輪をチラつかせた男である。
「ああ、これか。……そうさな、俺も同じようなことを言われたが、……ふんっ、そんなのは嘘だ」
「そんなはずあるかぁ! とにかく、俺は降りる! どこにも行かないからな」
血相を変えて座席から立ち上がった陽一、であるが、それを制止する——わけでもなく、ただそんな陽一を冷ややかに見ただけの男である。が、一言、
「もう出発した」で、お先真っ暗となった陽一である。
「だって……、だってだってぇぇぇ」
駄々を捏ねる陽一がよほどウザかったのだろう、今にも目を閉じそうだった男は仕方なさそうに、
「安心しろ。もしそれが本当なら……よく考えれば分かることだ。今ここで何か起こってみろ、お前が連れているその子まで巻き添えになるんだぞ。それに、どこにいるかも分からないまま闇雲にそんな事をするはずがない、……出来るわけがないんだ。……その頭でよく考えてみろって」と言い終わると目を完全に閉じた男である。
これに、素直に納得した陽一、ではない。というより、サクッと思考を切り替えることが出来ない『お年頃』である。よって、暫しの時間と休息が必要になってくるはず。そのため、ただの椅子から座席に変貌したところに腰を下ろし、何かを考えようと試みた、ようだ。但し、それは永遠に空回りする、出口の無い迷路を走っている、ようなものらしい。
座席の背もたれに背中を預けた陽一は、隣で落ち着き払う男に倣 って自分も目を閉じ、試行錯誤、または支離滅裂に男の言った言葉の一つ一つを整理・整頓・破棄を行った。その結果——なんだか良く分からないという結論に達した、ようだ。それでも、「『もう出発した』という声が、今も頭の中で木霊のように、——いや、壊れた蓄音機のように繰り返し繰り返し繰り返すその中で、或る疑問に行き着いたようだ。それは、「これが電車で、えっと、もう動いてるだってぇ? ちょっとちょっと、ちっとも動いていませんが。ええ、とてもそんな感じが、そう、何も、何もかも感じないんだよぉぉぉ」と不満が噴出、その勢いで、「おい! こらぁ!」の視線を男に送った、——だけである。
そんな陽一の殺気を感じ取ったのか、目を閉じたまま口を開いた男である。
「そろそろ……だな」
「えっ? 何が」
「集会場が潰されたのは想定内だ。こんなことも……何があっても大丈夫なんだよ。この手にある限り、奴らは手も足も出ない。俺の勝ち……だ」
いつの間にか握り締められていた男の右手である。それをどこかで見たぞ、の陽一は、「そういえば、ほら、壇上でも同じことを、こう右手を上げていたっけな。で、その、それって、何を握っているんだよ」と気になって仕方がない気持ちを、顔の筋肉をピクピクさせることで表現していた。
「うん? これが気になるのか、そうか」
察しのいい男はそう言うと、ゆっくりと握られていた手を開いた——が、そこには何も握られていなかったのである。これには期待が大きかった反動で、今にも泣きそうな表情を浮かべるまでになった陽一である。しかし、察しのいい男である、
「何だ、何か有るとでも思っていたようだな。だがな……お前にも見えるはずだ。ここに、俺たちの未来と、そして『希望』が。どうだ、見えるだろう、俺たちの、俺たちにとって大切な……一番だ」と言い終わると、「ほれ、よく見ろ」と言わんばかりに右手を見せびらかす男である。
そんな、素朴とも言える男の行為に、騙された気持ちで溢れかえる陽一である。そして先程の泣き顔から一変、今度は不満を溜め込むように頬を膨らませたのであった。しかし、察しのいい男である、
「お前、『希望』が見えるのか? そんな形の無いものが見える訳がないだろう、当然だ。だが、……だがな、感じることは出来るだろう。そう、心に響く、……響く、そんなものを。それを『希望』、それが『希望』なんだ。そう、見るんじゃなくて、感じるんだよ、ここで」と、陽一の胸を空手の指で指したが、見えるのか見えないのかハッキリしない男である。
これには流石の陽一も呆れたようで、これ以上なにも聞くまいと、座席に深く腰掛け、そっと目を閉じてしまった。そうすると今までの疲れがどっと押し寄せ、瞼がグンと重くなるの感じたようだ。そこに現れた暗闇は、男の戯言 や、御嬢様の存在、ここが移動していることなどが闇に溶け出し、全てはどうでも良いことに思える、そんな心地良い『闇』という名の眠りに誘 われて行くのであった。
前を向いてしまった陽一に、話し相手というか揶揄 かう相手を失った男は残念そうな表情を浮かべたが、
「そろそろだな、おい」と独り言のように呟き始めた。
それを微かな意識の中で、「どうせ、中身の無い話だろう、きっと。むにゃむにゃ」と、すっかり男に興味を失くした陽一だったが、男の、
「おっ、始まったようだ」という声に、つい釣られて片目を開いた陽一である。
そこには、いつの間にか三人の目の前に横長い画面が展開されていたのである。それがどういう仕組みなのか陽一には分からなかったが、眠いこともあって然 して不思議にも思わなかったようだ。それは、今更という感じでもあったらしいが、映像が映し出されると、一瞬、興味がフツフツと湧いて来たようだ。しかし、——その期待とは裏腹に、画面一杯に男の姿が映ると、「なんだよ、またあんたか」と目を閉じてしまった陽一である。
そんな態度の陽一を超えて(——男は察しのいい男である)、ボケーっと座席に座る御嬢様に、
「お嬢ちゃん、今からとってもタメになることが始まるから、よく見ておくんだよ。きっと、お嬢ちゃんの、……世界中の人に役に立つことだから。それで、後でこのオジさんにも教えてあげるといい、きっと涙を流して喜ぶ……感謝するだろう、きっと」と、少々、いや、結構自慢げに鼻高々の男である。それに、
「はい」と、消え入るような声で返事をしたものの、「知らない人と話したり、付いて行ってはいけないという規則を破ったのか? それとも、全く知らない訳ではないので、——いいえ、この人の名前さえ知らないけれど、どうなんだろう」と、考えれば考えるほど深みに嵌 って行く御嬢様であった。
——それらはともかく、男の映る映像が何がしらを語り始めると、既に深い眠りに入ったような息遣いを立てる陽一、画面は見てはいるものの、明らかにつまらなそうな雰囲気を漂わせる御嬢様である。そんな二人の、やる気のない態度に「ふんっ、どいつもこいつも、全く、全くだ」と、せっかくの映像をよそに腕を組んで目を閉じてしまった男である。
◇◇
「そこ、いいかな」
男と御嬢様は席を一つ開けて座っていたのだが、その中間に視線を送りながら、どちらかに了解を得ようと話し掛けた陽一である。それに、微動だにしない男の態度を「好きにすればいいさ」という意思表示と理解し、片や、上目遣いで陽一を見た御嬢様は「そのまま立っていれば良いじゃない」というツレない御意向の様子である。それを、「まだまだ子供だから」と大人の了見で大目に見る陽一である。そうして二人の間にヨッコラショと場所を決めた陽一は、座るとすぐに「ふうぅ、楽だぁぁぁ、生き返るぅぅぅ。——なんか良い椅子だなぁぁぁ、満足だよぉ」と一人ご満悦の様子。
しかし、三人が座っている席の周囲に人はおらず、そのため、わざわざ『くっ付いて』座る必要も無いように思われるが、道中と運命を共にしたことで、何か離れがたいものがあったのかもしれない。——陽一は背中をゆっくりと背もたれに預けると、同じようにゆっくりと目を閉じ、瞼に先程までの苦難を映し出していた。そして、いろいろとあったものの、無事にこうしていられることの奇跡を垣間見ては、目頭に何やら熱いものを感じた、ようだ。「そういえば、とんでもない所に子供がいたっけなぁ。誰が連れて来たっていうんだよぉ、あんな『おっさん』ばっかりの所にさぁ、ねえぇ、ねえぇ……」
「御嬢様、お体に怪我などは御座いませんか? 擦り傷程度なら何とか……いや、奥様に怒られる……かも。ああ、どうしよう、大丈夫ですかぁ」
椅子から乗り出すようにして御嬢様を
「何を今更言ってるんだ」と、例の男が割り込んだきた。それに、
「へえぇっ!」と、素っ頓狂な声を上げた陽一である。そして今度はジロジロと男の顔を観察するように見始めたのである。しかしそれは男の言ったことではなく、急に喋ったことの方が、割合としては大きかったかもしれない。
「今更って、何が……」
「何って、お前たち、ここをどこだと思っているんだ」
男の言っていることが全く訳が分からない、とばかり御嬢様に問いを繋いだ陽一、——ではあったが、御嬢様が知っている訳がないと、振り向た顔をプイッと戻してしまった。が、これが、頬を膨らませるプンプンの御嬢様になったことを知らない陽一である。
「どこって……、その、どっかの劇場? じゃないの、か?」
「ふっ、劇場か。まあ、それもいいだろう。知らなくても……無理はないか。ここはな、高速鉄道の、その車内だ」
「車内……だと? こんなに広いのにか? 嘘だろう」
「まあ、鉄道と言ってもレールの上を走っている訳じゃないからな。……それに、『超』が付く程こいつは速い。地の果てまでこれで一気にっていう訳だ。……良かっただろう? これに追いつける奴なんて誰もいないから、もう追われずに済むっていうものだ」
男の話に、最初はフーンと耳を傾けていた陽一でだったが、途中から顔面蒼白、体が急に暑くなったりプルプルしたりと異常を
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。だったらこれ、どうすんだよ、これぇぇぇ、これだよぉぉぉ。あんたも『ある』だろう、これがぁぁぁ」と、自分の首輪を『これでもか』というくらい引っ張りながら騒ぐ陽一である。そういえば、(お嬢様の)自宅から一定の距離を離れると、ドカーンだか〇〇するとかで、陽一が慌てるのも無理はないだろう。
しかしながら、同じ物を身に付けているはずの男が、こうも冷静でかつ、高速で移動する手段を取ったのは何故であろうか。その答えを説明するために、自身の襟元から、まさしく陽一と同じ首輪をチラつかせた男である。
「ああ、これか。……そうさな、俺も同じようなことを言われたが、……ふんっ、そんなのは嘘だ」
「そんなはずあるかぁ! とにかく、俺は降りる! どこにも行かないからな」
血相を変えて座席から立ち上がった陽一、であるが、それを制止する——わけでもなく、ただそんな陽一を冷ややかに見ただけの男である。が、一言、
「もう出発した」で、お先真っ暗となった陽一である。
「だって……、だってだってぇぇぇ」
駄々を捏ねる陽一がよほどウザかったのだろう、今にも目を閉じそうだった男は仕方なさそうに、
「安心しろ。もしそれが本当なら……よく考えれば分かることだ。今ここで何か起こってみろ、お前が連れているその子まで巻き添えになるんだぞ。それに、どこにいるかも分からないまま闇雲にそんな事をするはずがない、……出来るわけがないんだ。……その頭でよく考えてみろって」と言い終わると目を完全に閉じた男である。
これに、素直に納得した陽一、ではない。というより、サクッと思考を切り替えることが出来ない『お年頃』である。よって、暫しの時間と休息が必要になってくるはず。そのため、ただの椅子から座席に変貌したところに腰を下ろし、何かを考えようと試みた、ようだ。但し、それは永遠に空回りする、出口の無い迷路を走っている、ようなものらしい。
座席の背もたれに背中を預けた陽一は、隣で落ち着き払う男に
そんな陽一の殺気を感じ取ったのか、目を閉じたまま口を開いた男である。
「そろそろ……だな」
「えっ? 何が」
「集会場が潰されたのは想定内だ。こんなことも……何があっても大丈夫なんだよ。この手にある限り、奴らは手も足も出ない。俺の勝ち……だ」
いつの間にか握り締められていた男の右手である。それをどこかで見たぞ、の陽一は、「そういえば、ほら、壇上でも同じことを、こう右手を上げていたっけな。で、その、それって、何を握っているんだよ」と気になって仕方がない気持ちを、顔の筋肉をピクピクさせることで表現していた。
「うん? これが気になるのか、そうか」
察しのいい男はそう言うと、ゆっくりと握られていた手を開いた——が、そこには何も握られていなかったのである。これには期待が大きかった反動で、今にも泣きそうな表情を浮かべるまでになった陽一である。しかし、察しのいい男である、
「何だ、何か有るとでも思っていたようだな。だがな……お前にも見えるはずだ。ここに、俺たちの未来と、そして『希望』が。どうだ、見えるだろう、俺たちの、俺たちにとって大切な……一番だ」と言い終わると、「ほれ、よく見ろ」と言わんばかりに右手を見せびらかす男である。
そんな、素朴とも言える男の行為に、騙された気持ちで溢れかえる陽一である。そして先程の泣き顔から一変、今度は不満を溜め込むように頬を膨らませたのであった。しかし、察しのいい男である、
「お前、『希望』が見えるのか? そんな形の無いものが見える訳がないだろう、当然だ。だが、……だがな、感じることは出来るだろう。そう、心に響く、……響く、そんなものを。それを『希望』、それが『希望』なんだ。そう、見るんじゃなくて、感じるんだよ、ここで」と、陽一の胸を空手の指で指したが、見えるのか見えないのかハッキリしない男である。
これには流石の陽一も呆れたようで、これ以上なにも聞くまいと、座席に深く腰掛け、そっと目を閉じてしまった。そうすると今までの疲れがどっと押し寄せ、瞼がグンと重くなるの感じたようだ。そこに現れた暗闇は、男の
前を向いてしまった陽一に、話し相手というか
「そろそろだな、おい」と独り言のように呟き始めた。
それを微かな意識の中で、「どうせ、中身の無い話だろう、きっと。むにゃむにゃ」と、すっかり男に興味を失くした陽一だったが、男の、
「おっ、始まったようだ」という声に、つい釣られて片目を開いた陽一である。
そこには、いつの間にか三人の目の前に横長い画面が展開されていたのである。それがどういう仕組みなのか陽一には分からなかったが、眠いこともあって
そんな態度の陽一を超えて(——男は察しのいい男である)、ボケーっと座席に座る御嬢様に、
「お嬢ちゃん、今からとってもタメになることが始まるから、よく見ておくんだよ。きっと、お嬢ちゃんの、……世界中の人に役に立つことだから。それで、後でこのオジさんにも教えてあげるといい、きっと涙を流して喜ぶ……感謝するだろう、きっと」と、少々、いや、結構自慢げに鼻高々の男である。それに、
「はい」と、消え入るような声で返事をしたものの、「知らない人と話したり、付いて行ってはいけないという規則を破ったのか? それとも、全く知らない訳ではないので、——いいえ、この人の名前さえ知らないけれど、どうなんだろう」と、考えれば考えるほど深みに
——それらはともかく、男の映る映像が何がしらを語り始めると、既に深い眠りに入ったような息遣いを立てる陽一、画面は見てはいるものの、明らかにつまらなそうな雰囲気を漂わせる御嬢様である。そんな二人の、やる気のない態度に「ふんっ、どいつもこいつも、全く、全くだ」と、せっかくの映像をよそに腕を組んで目を閉じてしまった男である。
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