#5.2 決まっている未来

文字数 3,059文字

ムッとして答えたケンジは、その表情の中に、「デートの約束が無かったとしても、先生からの誘いは誰だって断るだろう。それに例えが悪過ぎる」を(にじ)ませていたのは言うまでもないだろう。

「ほら、君は今、確定した未来の影響を受けた、ということが分かるかね。週末のデートのために君は私からの誘いを断った。それは、私だけではなく君自身も変えることの出来ない未来なのである、どうだ?」

鼻をフンフンさせる先生と、何だかやり込められた(・・・・・・・)感じのするケンジである。しかし、言われてみればそんな気もしなくもない、というのも素直な感想でもあるようだ。それで、

「うーん、分かったような、どうなんだろう」と、心揺れる青年は多分、詐欺にも遭い易いことだろう。だからこそか、畳み掛ける先生である。

「焦る必要はない、ゆっくりと理解すると良いだろう。更に話を進めると、本の各ページは、それぞれのパラレルワールドを表している。ほれ、こうして本を横にして見ると各々のページが重なっているだろう。見ての通りこれが本を並行世界に見立てて説明するにはもってこいなのだ。……先ほど説明したように、本のページは過去と現在、そして未来を表している。そこで、適当に前のページを開けば、それは過去の世界を垣間見ている、と言えるだろう。正確には別の世界の過去(・・・・・・・)ということである」

「過去が、別の、世界……なんか変だぞ、変じゃないか?」

独り言のように呟き頭を抱えたケンジは、自分の過去を振り返って描いたそれが別の(・・)、と言われてもシックリこない。それではまるで過去が、今までの人生が否定されたかのに思えたからのようである。

そんなケンジの悩みを吹き飛ばす準備は既に出来ている、と言わんばかりの表情を浮かべる先生である。

「お困りのようだね。では、スッキリする例を出そう。……ここにタイムマシーンがあるとする。もちろんタイムマシーンとは時間を遡ることが出来る乗り物である。それに乗って君は過去の君に出会い、……少し物騒ではあるが、過去の君を殺害したとする。まあ良くある例えだね。すると君はその瞬間どうなってしまうのだろうか」

「パラドックスですね。それは……この場合、そもそも僕は自分の過去と出会えない、とかではないですか?」

「そう来たか。しかしそれは不正解である。しかも余計に正解から遠ざかってしまったようだ。正解は『会える』となる。そして君の使命は見事に果たされるが、君には何ら変化は起きない。何故なら……聞きたいかね? 良かろう。何故なら君が訪れた過去はパラレルワールド、つまり別の世界なのだ。君が知る過去とは別の、平行して存在する世界であり、君が君を殺害したのではなく君が他人を殺した、ということである。……この、殺人鬼め」

言い終わった先生の得意そうな表情から察すると、最後の一言が言いたかったのだろう。しかしそんな先生の洒落(しゃれ)を蹴とばし、考えを整理するケンジである。複雑な話には何処かに矛盾が見え隠れしているはず、それを指摘して先生にギャフンと言わせたい、そんな欲求が高まったようだ。

「途中までは分かったような気がするのですが、……僕がそこで何かをする? した訳ですから、歴史的、とまでは言いませんが、何かが変わるのではないでしょうか。少なくとも、その世界の僕は未来には存在しない、ということですから」

「……うむ。なかなか君には洞察力があるようだね、感心だ、着眼点がいい。それで、その解答についてはもちろん用意されている、……いるのだが、それは飽くまで私の持論であって仮説である。それを今ここで披露しても良いのだが、それでは却って君の考えに悪影響を及ぼしてしまう可能性が、私は否定できなのだ。よって、君の邪魔をしないように敢えて言わないでおこうと思う。君の未来は君自身で開いていくものであるからして、その疑問は君が解き明かすべきだろう。……そうして、ある結論に達したとき、また議論しようではないか。それまで私は待っているよ。……ああ、その時が楽しみだね〜」

言い終わった先生はクルッと反転し、何故かケンジたちに背中を見せてしまった。それは、これで講義は終わったことを告げるものなのか、何か都合でも悪くなったか、それとも単に外の風景が急に見たくなったのだろうか。

その時それを待っていたかのように、久しぶりに登場するサユリは椅子から立ち上がり、

「ちょっと出てくる」と、ケンジに言い残しつつさっさと出口に向かい始めた。それに、「付き合おうか?」と言ったケンジを睨む? ようにチラッと見ただけで、部屋に入って来た時と同様、大きな、今にも壊れそうな音を立ててドアから外に出て行ったのである。

その音に驚いたのか、先生の肩が一瞬、ピクッと動いたようだ。そして序でに振り向き、視線を左右上下に動かした後、ケンジに照準を定めたところで、

「これは、言うか言うまいか悩んだのだが、君には言っておいたほうが良いだろう。……彼女が居てはなかなか言いづらいことなのでね」と妙に真面目な顔で切り出した先生である。

「覚悟は出来ています。どうぞ、(おっしゃ)ってください。僕は大丈夫ですから」

何が飛び出して来ても、それを受け止めるだけの覚悟は出来ている。そんな覚悟は微塵も持ち合わせていなかったケンジだったが、雰囲気的にそう言って見たかったようだ。——しかし、急に立ち込めた異質な雰囲気に飲まれたのはケンジだけではなく先生も同様の様子。重い口が開きかけると、そこからツバが弾け飛ぶ! キッタネー。

「では言おう、敢えて言おう、心の(わだかま)りを吐き出そう。ではでは、……実は、君たちの友人は戻って来ない、……いや、戻って来られないと言うべきか。どちらにしろ、それは本人が望む望まないとに関係なく、巻き込まれた以上、そこからの生還、……いや、復帰は不可能であると言わざるを得ない。それが私の見解である。……すまない。決して君たちを(おとし)めるために言っているのではないことは理解して欲しい。……今まで説明してきた通り、残念だがそれらは全て、この結論に到達してしまうのだ。……それは、高い所から低い方へ水が流れるが如き、自然の摂理に我々は逆らうことは出来ず無力なのである、……ある」

先生の言葉により一気に張り詰めた研究室。それは二人とも無言になったせいか、まるで時が止まってしまったかのような——ではなく、静かになったことで古びた時計の秒針がカチカチ・カチカチ・カチカチ・カチカチ・カチカチ・カチカチと、耳障りになるくらいケンジの耳に届いたようだ。それが、額に滲む汗が行き場に迷ったかのようにケンジの心を乱し——ではなく、音の一つ一つを数え、何かの機会を図っているのか、それに合わせるかのように口元を動かすケンジである。

「そうですか、分かりました。僕もそんな気がしてたんです。……やはりと言うか、そういう事になるんですね。……分かりました、それが分かっただけでも十分です。……後は、そうですね、後のことを考えないといけませんね。後は……」

そうして再び、無言になった二人は互いの視線を大きく逸らすと、それぞれの思いを部屋の隅々に漂わ始める。それは(あたか)(とき)という海原(うなばら)に浮かぶ小舟のように、宛てもなく彷徨い続けるようだ。

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登場人物紹介

スライム

異世界でスライム生を謳歌している俺。

ゴーレム

異世界で少女を守りながら戦う俺。

ゴーレムの創造主
自称、魔法使い。ゴーレムからは魔法少女 または 魔法おばさん または ……

エリー

エルフの私です。
エルフの里で育ち、エルフの母に姉と弟、それに友達も皆、エルフです。
耳は長くはないけれど、ちょっとだけ身軽ではないけれど、
すくすくと育った私です。
だから私はエルフなのです。

ステンノー

ゴルゴーン三姉妹の長女

エウリュアレ

ゴルゴーン三姉妹の次女

メデューサ

ゴルゴーン三姉妹の三女

シルキー

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