再生

文字数 4,547文字

俺は少女を守ると誓ったまま、この世界にやってきた。いくら少女と彼女が似ているからといって、同一人物ではないことは承知している。それに彼女を守る者が既に居るようだ。なら俺はどうすればいい。そう考えた時、以前のように陰ながら守れば良いのではないかと思いついた。それがこの世界での俺の役目だと悟ったようなものだ。

あれから仕事にも慣れた頃、助手として勇者に似た男と同行することになった。そして大型トラックの助手席に座り、目的地に向かう途中でのことだ。それまで大して話すこともなかったが、トラックが人里離れた山道で寂しく光る自販機を見つけた時、男は何か飲もうと言ってきた。そこで俺は自販機の前に立ち、何にしようかと悩んでいると、いきなり俺を置いてトラックが走り出してしまった。

これは一体どういうことだ? と考えたが、俺を置き去りにしたこと自体が答えだろう。生憎、携帯や財布もトラックの中だ。そう、お金は男から預かったもので、思えば貴重品はトラックのコンソールに入れておけと言われていた。それが目的だったのかと分かったが、こんな場所で俺を一人にした理由が分からない。ここまで普通に会話していたことがまるで嘘のようだ。

せっかくなので自販機で買ったものを飲んでいると、なんだ、トラックが戻ってきたじゃないか。きっと何か急用があったのだろう。それとも友達になるための悪ふざけのつもりだったのか。どっちにしろ戻って来たのなら問題はない、少しだけ驚いただけだ。

俺に近づいてきたトラックは、そのまま速度を落とすことなく、ああ、俺めがけて突っ込んでくるじゃないか。これは冗談でもきつい。道幅は広くなく逃げる場所も無い。きっと直前で止まるはずだ。そのはず……なんだが。

俺は正面からトラックに衝突した。これが普通なら弾け飛んでいたことだろう。だが俺は体が硬くなり岩のように屈強なものになったようだ。そしてトラックに押されながら漸くしてトラックは停車した。その時の俺はゴーレムそのものだった。しかし全てが止まった瞬間に俺の体は元に戻っていた。

俺はトラックに轢かれたことよりも自分の体の変化について驚いていた。俺は転生し人間になったはずだ。しかし一瞬とはいえゴーレムになったことを不思議に思った。しかしその答えが分かるはずもない。これは、もしかしたら万一の時、先祖返りするのではないかと自分を納得させた次第だ。そうでなければ説明がつかないだろう。

トラックは正面が潰れてはいたが走行には支障がないようだ。そこで運転席で心神喪失のようになっている男を引きずり出し理由を尋ねたが、うわごとのように「俺は悪く無い」と繰り返すばかりだった。そこで代わりに俺が運転しトラックを走らせて会社に向かったが、途中で観念したかのように話し始めた男である。

「俺は、俺は」
声を出したはいいが、その先がなかなか続かない。そこで根気よく待っていたが一向に埒が明ないので代わりに説明しよう。

どうやら男は俺と彼女の関係を疑ったそうだ。俺にその気はなくても同じ屋根の下で暮らす仲である。まして圧倒的に俺の方が彼女と接触する機会が多い。そこで彼女を取られた、若しくは取られそうだからという理由だけで俺を亡き者にしようとしたとのこと。ああ、小さい男であることよ。逆にお前たちを応援していた俺である。そのような事が起きるはずが無いのである。

俺は彼女の将来を守るべく、この件を不問にする事にした。二度と間違いを犯す事がないようにと男と約束し、まっとうな人生を歩めと送り出した。多分、これが神が言っていた『支える』という事だろう。それにしても彼女が全く俺に興味が無いとは言い切れないかもしれない。こんな勇者崩れと比較されるのも嫌なものだが、あの男が勘違いするのも無理からぬ事だ。それ程、俺は良い人間なのである。



あれから男は心を入れ替えたように俺への態度を改めた。しかしだからといって俺が横柄な態度をとるようなことはない。陰ながら二人の行く末を応援する俺である。それからというもの、そうだな、日々平穏な時間が流れていくだけでであった。そう、あの事が起きるまでは。

ある日の夜、そろそろ寝ようとした時だ。彼女からの突然のメールが舞い込んできたのだ。同じ家に住みながらメールとは、と思ったが、何がしら事情があるのだろう。そのメールには相談したい事があるので深夜に埠頭まで来て欲しいという内容だ。そこで俺が考えたのは、二人の関係が上手くいかず、両方を知る俺に相談したい、ということだろうと当たりをつけた。

彼女からの頼みでは、たとえ雪が降ろうが行かねばなるまい。そこで布団を蹴飛ばしトラックを駆り、約束の時間前に埠頭に立つ俺だ。今夜は穏やかな天気で、遠くの星まで良く見える絶好のデート日和である、いやいや、これはデートではない。あくまで相談事を聞くだけである。そうして俺は彼女と、序でに相手の男も支えてやろうと暗い海に誓うのであった。

少し時間に遅れて一台のトラックが走ってきた。良くは見えないが音からして間違いないだろう。しかしトラックとなると、それは彼女ではなく、あの男なのか、それとも一緒に来ているのだろうか。それも会えば分かることだ。彼女と二人っきりではないのが少々残念だが、それは仕方ないだろう。二人まとめて面倒を見てやろう。

俺に近づいてきたトラックだが、何故か速度を落とさずに向かってくる。嫌な過去を思い出したが、俺の後ろは海だ。万が一、俺をトラックで轢こうものなら一緒に落ちてしまうだろう。さすがにそれは考えづらいところだ。

だがしかし、俺はそのトラックに轢かれ、咄嗟にゴーレム化した俺はトラックを堰き止めるような形になった。ずるずると後退する俺の体。止める気配のないトラック。これで確実に俺の命を狙っていることが分かった。だがその俺を狙うお前も、このままでは海に落ちてしまうのだ。何が狙いなのか、それとも心中しようとでも思っているのか。

全身に力を込めながら、誰が運転しているのかと頭を上げると。

ああ、なんてこったい。ハンドルを握っているのは彼女じゃないか、それも一人でだ。その顔は憎しみに溢れてはいたが、どこか悲しげで涙を流している。それを見た瞬間、俺は力を失い、一気に後退した。しかしなんであれ俺が退いたら彼女も海に落ちる。それだけは避けなければならない。俺は考えることを止め、全身に力を込めた。

そんな時だ。トラックを押し返すことだけを考えていた俺の脳裏に彼女の声が、いやそれは思いだろう、それが流れ込んできた。
「あなたが悪いの、あなたが居なければ彼は苦しまずに済んだの。あなたが居なければ私は悩むことはなかったの、あなたが居なければ、こんなことにならなっかたの。あなたが居なければ」

これが彼女の思いなのか、それとも俺が勝手に想像したことなのか分からない。だが、「俺が居なければ」と繰り返す彼女の思いは絶望的で希望が無い。そして勿論、俺にも希望の無い言葉だ。

そうして彼女の心の奥底に、「この化け物」という意識を感じた。ゴーレムと化した俺を見たら誰でもそう思うことだろう。まだ完全にゴーレムに戻ったわけではないが、このまま堪えていれば時間の問題だ。

何かの本で読んだ一節を思い出す。それはこの世界に有り得ない存在は存在しないということだ。つまり、俺のようなゴーレムは、この世界には本来、存在しないものだ。それがこうして変態し、この世に存在しないものへとなる。それは世界が、(ことわり)が許さない。よって世界は俺を、ゴーレムをこの世界から弾き出すことだろう。その行き先は分からない。

しかし俺がここで消滅するわけにはいかない。何故なら俺が居なくなると彼女の乗るトラックが海に落ちてしまうからだ。それだけは避けたい。そこで俺は渾身の力でトラックを横に倒すことにしたのだ。だが、俺が力を込めれば込める程、俺のゴーレム化が進んでいく。そうしたら俺は消える。トラックが倒れるのが先か、俺が消えるのが先か、それは運次第ということになるのだろう。

躊躇している暇はない。とにかくひたすらに力を、気合を入れる俺だ。人間としての思考が薄れていくのを感じる。この世界でゴーレムになるということは、人としの思考を失うことでもあるようだ。まあ、それもそうだろう。体もそして頭も石のようになってしまうのだから。ならば一つのことだけを考えよう、彼女に幸あれと。

俺とトラックは同時に倒れ、そして力尽きた俺は自身を支えることが出来ず、そのままヨロヨロと海に落ちた。ほぼ完全にゴーレムと化した俺は、間も無くこの世界から消えることだろう。それは彼女の希望の通り、俺が消えることで彼女に希望げまた芽生えてくることを祈ろう。

海に沈んで行く俺。世界が俺を拒絶し、どこかに弾き飛ばすまでの僅かな時間。それは人としての俺の終わりでもある。なら、思い出そう。俺は世界を、この世界を支えることが出来ただろうか。いいや、俺が出来たことは、たった二人を支えたに過ぎない。世界は俺にとって支えるには大き過ぎたようだ。

消えゆく俺の意識が最後に見たもの、それは俺の体が海に溶け出し、砂のように脆く砕けていく様だった。そう、世界は砂になったゴーレムを受け入れてしまった様だ。形を無くし、ありふれた物として、この世界に留まることを許したのだろう。だから俺は、どこかに弾き飛ばされることなく、この世界で、この世界から消えてしまったようだ。



俺の意識が何かに引き寄せられ、そして最初に聞こえてきたのは何かの呪文のような響きだった。それはとても心地よいもので、何時までも聞いていたと思ったほどだ。呪文のようだと思っていたのが、本当に魔法の呪文であると気がついた時、俺は元いた世界で目を覚ましたようだ。

俺を呼ぶ声、俺を創り出す呪文の声、それは紛れもなく、あの少女だった。その呪文が終わると、俺は俺に戻った、そう、ゴーレムに戻ったのだ。
「もう、私に黙って死ぬなんて許さないから」
かなり怒りの籠った口調で言いながら俺を見る少女、その目には何故か涙を浮かべている。それは怒っているのか、それともそうじゃないのか俺には分からない。だが、こうしてまた、あの少女に出会えた俺は半端なく嬉しいと思うのだ。

「約束を守れなくてごめん。俺は、その、」
「言い訳は聞きたくないの。あなたが何度死んでも、何度でも生き返らすから覚悟してちょうだい」
「ああ、分かった、覚悟しよう」
「わかったのなら、行くわよ」

少女は俺に背中を向けたが、「行く」と言ったきり歩き出す様子がない。これはもしかして少女も俺と再会したことを嬉しく思っているのではないかと自惚れてみた。だから人間界で覚えた言葉を言ってみることにしたのだ。

「ツンデレの魔法使い、行かないのか?」と。そうしたらどうだい、しこたま殴られたじゃあないか。だけど少女の顔は、どこか嬉しそうだったと勘違いすることにした。何故なら俺の呼び方は、まんざら間違ってもいないようだからだ。
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登場人物紹介

スライム

異世界でスライム生を謳歌している俺。

ゴーレム

異世界で少女を守りながら戦う俺。

ゴーレムの創造主
自称、魔法使い。ゴーレムからは魔法少女 または 魔法おばさん または ……

エリー

エルフの私です。
エルフの里で育ち、エルフの母に姉と弟、それに友達も皆、エルフです。
耳は長くはないけれど、ちょっとだけ身軽ではないけれど、
すくすくと育った私です。
だから私はエルフなのです。

ステンノー

ゴルゴーン三姉妹の長女

エウリュアレ

ゴルゴーン三姉妹の次女

メデューサ

ゴルゴーン三姉妹の三女

シルキー

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