第1話 長い行列
文字数 3,609文字
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ここは教会である。豪華絢爛な、と言えば失礼かもしれないが、敢えて言わせてもらおう、『豪華である』と。
そこは、重厚なステンドガラスがいくつも並び、高い天井には高価な照明がぶら下がっている。それが落ちてきたらイチコロであろうが、それよりボールでもぶつけようものなら、その請求金額は俺の想像を遥かに超えることだろう。しかーし、敢えて言わせてもらおう、俺に文句を言ったところで『そんな小銭は持ち合わせていない』とな。
俺がここに居るということには訳がある。まあ、別に悪いことをして、その懺悔をしに来た訳ではない。実のところ自分で言うのも
ドカーン・バキバキ・コナゴナ・ドッピューン。
せっかく俺が控えめに自慢している最中だというのに、それを快く思わない輩が居るようである。何がそんなに悲しいのか、それとも急いでいるのか。とにかく、盛大に教会の入り口を吹き飛ばした罪深い御仁の登場である。
なあ、もう少し待てないものだろうか。世の中には順番、秩序というものが有るであろう。それを無下にしては道理が立たぬではないか。ここで更に言わせてもらおう、『無粋』であると。
「おらぁぁぁ、どいつだぁぁぁ。面倒だぁぁぁあ、全員殺っちまううぞぉぉぉ」
ここは教会である。当然、そんな場所に俺が一人で居るわけがない。そう、大勢の中で唯一の、清楚・純真・正義・真心を兼ね備えた俺様である。というわけで、その他大勢が小火器を構えた乱入者によって蜂の巣にされている、されかかっている、されてしまった、ようだ。おっと、順番を間違えたな。
ダダダーのダダダ。
おお神よ。何故このような悲劇を止めてはくださらないのか? なに? そんなに暇じゃない、だとぉ? まあ、許してやらんでもない。だがこのままでは我が身が危うい、最善を尽くそうではないか。
「待てぇぇぇ! 待ってくれぇぇぇ。俺は人間だぁぁぁ」
交渉相手に少しでも人の心があれば、俺の提案に耳を傾けるはずだ。だが、その返答は、「しゃらくせえええ」だ。全くもって人とは悲しい生き物である。それ故、言葉というものが有るのではないか? まあ、いいだろう。しかーし。
交渉のために振り向いた序でに、俺の後ろに立っていた奴が乱暴者のアタックで粉砕、俺の右腕まで持って行きやがったぞ。おっと、また忘れるところだった。
ダダダーのダダダ。
クソー、俺は右利きなんだぞぉ、腕がぁぁぁ、腕がぁぁぁ。ああ、仕方ない、今、吹き飛んだ奴の右腕を貰うとするか。なに? そんな芸当が出来るのかって? おっと、その前にカチャッと腕を装着、続けよう。
おいおい、俺様を一体誰だと思っているのだ? サイボークでもアンドロイドでもないぞ。そう、俺はゾンビである。おっとぉぉぉ! そんじょそこらのゾンビと一緒にされては困るし迷惑でもある。ゾンビはゾンビでも生前の意思と心を持った『スーパーゾンビ』様であ〜る。
なに? 俺がどうしてそうな高貴なる存在だと言い切れるのかって? まあ待て、その話をしてやろう。そして驚くがよい、俺の数奇にして運命的な宿命とやらを。
◇
今から数時間前、俺がこの近くを歩いていた時だ。もちろん人間としてだが。ちょうど交差点に差し掛かった時、その反対側に俺の彼女である『ミヨちゃん』を見つけた。もちろん二人の絆はガチンコだ、敢えて確認する必要はないだろう。
偶然に出会った二人、——いやいや、何が偶然なものか! 運命が、宿命が俺たちをドラマの主役にしたくて仕方がないのだ。ならそれに逆らうは愚の骨頂、いざ行かん。
おっと、交差点の信号は赤である。だがこれで人生が終わるわけではない。暫し時を我慢しさえすれば良いこと。実に善良なる俺であることか。しかーし。
法は破るためにある、などと戯言をぬかす愚か者は後を絶たない。それも人生の終盤で一世一代の愚行を犯すご老人を確認した。赤信号の横断歩道を我関せずと歩む爺さん、当然、車道にはルール厳守の貨物自動車が往来中である。
「おい! 爺さん。信号は赤だぞ」
もちろん俺は親切丁寧にそのご老人に注意した、但し心の中で、である。なに? なぜ声に出さぬのかと。その疑問は当然であり見当違いでもある。何故なら見ず知らずの他人に声を掛けるなど危険極まりない行為だからだ。こちらの親切を恨みに思い仇で返すなど日常茶飯事、『君子は危きに近寄らず』である。しかーし。
見て見ぬ振りをする俺に鋭い眼光を射る者が。その正体を恐る恐る探ると案の定、俺の彼女であるミヨちゃんである。ミヨちゃん、正式にはミヨ子なのだが、彼女は正義と平和をこよなく愛する女神様なのである。よって俺の、今の振る舞いに激怒しているぞビームが俺の良心に突き刺さり、呵責に堪えない俺である。
というのは冗談である。俺の中にも正義の炎がメラメラと燃えているのだぁ。ということで、
「待たれよお爺さん。いま渡っては危険である」
と何故かまた心の中で呟いてしまった俺である。これはおそらくSNSのし過ぎなのだ。ということは現代社会の構造的欠陥がもたらした因果であろう、よって俺を責めるのは筋違いというものだ。
しかーし。そんなことを考査している場合ではなかった。既にルール厳守の貨物自動車が赤信号を無視するご老人に狙いを定めてしまっている。だが、法の上ではご老人の方が強者である。そう、飽くまで法の上での話だ。実際はルール厳守&時間厳守でもあるようだ。そこのけ・そこのけと警笛が鳴り響き、問答無用で我が道を行くつもりの貨物自動車である。
「ああああああああああああああああぁぁあ!」
やっと俺も声が出せた。これで俺の満足度は跳ね上がり、ミヨちゃんの要望にもしっかりと応えることが出来たことだろう。ご老人は、まあ、あの世で反省でもしてくれ。
◇
「若造、何か言ったか?」
ご老人が突然振り向き、俺に何か言ったような気がしたが、そんなはずはないだろう。残念だがご老人、あなたは既に……おや? 先ほどのご老人とは別人ではないか。それに、いつの間にか行列に並んでいる俺であるぞ。
ここはどこだ? 先が見えないくらいの行列、序でに後方も然りだ。それに何やら心地よい雰囲気と満たされマックスのハート。これは一体、……など、どうでもよくなってきたぞ。
「お爺さん、ここはどこですか?」
心が軽くなったせいか、口まで軽くなったようだ。その勢いで前のご老人に尋ねてしまう俺である。
「ここか? 知らぬなら知らない方がましじゃ」
どうやらこのご老人は意地悪ジジイだったようだ。だからこんなところに居るのだろう。俺は、『たまたま』ここに居るに過ぎないのだから、な。
行列の進みは遅く、そうなってくるとオシッコがしたくなってきた俺だが、……いや、もうどうでもよくなってしまった。でも腹が空いてきたぞ、何か食べたい……それもどうでもよくなってしまった。こう待たされるとつい眠く……それもどうでもよくなってしまった。
俺の煩悩が一つ、また一つと消え去り、本来の純真無垢な俺に戻っていくのを感じる。そうして、あぁそうかと思い出したようだ。それは、ルール厳守&時間厳守の貨物自動車が、よりによってご老人を神業で避け、俺に直撃したようだ。うむ、ルールを厳守したことは誉めてやろう。それに……今となってはどうでも良いこと。すべては水に流そうぞ、の俺である。
長い時間、待たされた俺だが、それも苦にはならない。全ては神の御心であるのだから、それに異議などあろうはずがない。こうして突然、不慮の死を迎えたとしても、それがなんだの境地だ。ほら、その証拠に目の前のヒゲジイさんとも笑顔で接することができる仙人級の俺だ。
「やあジイさん。あんたが神ってやつかい?」
全てを許した俺だ。もう俺を止めるものは何も無く、ただ素直に全てを晒け出すだけの仙人である。
「違う。申請書を見せろ」
なんだ、せっかく神とやらに会った気分でいたのに、これじゃぁ台無しじゃないか。それに申請書とはなんだ? おや、いつの間にか俺の手に何やら紙切れが。こんなもので俺を推し量ろうというのか! 無礼者め、こうしてやるわい。
俺は神を、いや、紙を丸めてポイッとしてやったのだ。どうだぁ、マイッタか降参か。ところがだ。目の前の、ただの受付をするだけしか能がないはずのオッサンが、これまたいつの間にか俺の申請書を手に持っているではないか。そしてロクに見もせずに、
「うむ。これはダメだ、要件を満たしていない。国外退去」とホザいたではないか。当然、それに「はあ?」と答えた俺だ。それに国外退去って、ここはどこかの国なのかよぉぉぉ、と言っておきたい。
◇