第4話 超越者
文字数 3,080文字
こうして快調に階段を駆け上がっていると、ポキっと脚が折れた、というより取れてしまったではないか。こうなっては、たった一段上がるにも苦労してしまう今日この頃だ。
仕方がないので、これ以上の上昇は諦めフロアに出ることにした。そこの通路をゴロゴロと転がって行き、行き着いた場所がまた窓際となったようだ。既に30〜40階くらいのはずである。ここまで移動してくれば居場所も検知されてはいないだろう。
そこで、なんとか片足で立ち上がり下界を見下ろすと、おお〜、絶景ではないか。既に俺のファンは帰ってしまったのだろう、一人も居ないように見える。ということは俺の母様、父様も家に帰ったということか。いくら不肖の息子とはいえ俺の一大事に、とも思ったが致し方あるまい。既に人のようで人にあらず。その存在を超えた存在なのだからな。これがヒーローの孤独というやつだろう。
そんな感傷に耽っていると、何やらパタパタという音が近づいてきたようだ。ムム、そうか、そうなのか。そのパタパタの正体はヘルコプターのようである。多分、俺を取材したい報道ヘリであろう。ということは第一声を考えなくてはならないようだ。さあ、何と答えてやろうか。もちろん俺が被害者であることは強調しなくてはならないな。
バタバタブンブン。
ヘリのパイロットはなかなか目が良いらしい。それとも聞屋 の勘か、俺が手を振っているせいなのか。いずれにしろビルの側面を降下しているらしい。その証拠に窓ガラスの振動が半端ない。
しかし、どうやって窓越からインタビューするのだろうか。まあいい、素人の俺が考えても仕方のないこと。きっと上手くやるのだろう。
それにしても強固なガラスだ。かなりの振動が伝わってくるがビクともしなところは流石である、と感心していると報道ヘリの到着だ。上手く操縦しないとローターが壁に当たってしまうぞ、と心配していると、スライドドアのようなものが開き、そこからテレビカメラのお出まし、お出まし、お出ましのはずだった。
「やけに先のとんがったカメラだな〜」
バリバリゾッコンホニャララパンプキントコトコダッパーン。
俺の体は小さな肉片となり、俺が俺でなくなってしまったようだ。無数に飛来する銃弾、それを受け止めきれない俺という体である。肉体に銃弾が減り込むとか、そんな次元ではない。骨から肉を剥ぎ取り、その骨までも粉砕している。
そう、テレビカメラと思われたそれはカメラなどではなくガトリング砲だったようだ。強固だと思われた窓ガラスも、そいつの前では紙切れ同然。ゾンビ王の俺とて為す術なく即死、いや、存在が消えてしまったところである。
だが俺も、ただ黙ってそれを見ていたわけではない。しっかりと己の最後を観察していたのだ。そして分かったことが一つだけあった。それは、ちょうど心臓の辺りだろうか、銃弾が何かの金属片を砕き、そのままどこかに飛んでいく様子を目撃したのだ。その金属片が何であったのかは分からないが、こんなことを思い出したのだ。
あれは俺とミヨちゃんが付き合い始めた頃、ミヨちゃんが口癖のように「最低でも二重化しないと安心できないの」と言っていたことだ。それと金属片に何か関係があるとは思えないが、俺の体にそんなものが在ったこと自体、不思議なことでもある、うん。
◇
こうして、ゾンビ王としての短い人生を終えた俺であるが、どうやら大きな勘違いをしていたらしい。それは、肉体という鎧から解放されたことによって新なる俺が誕生したからである。それはどんな俺かというと、聞いて驚け、インビジブル・俺の爆誕である。漲 るパワー、存在を超えた存在となった無敵の俺。それは神をも超えることであろう。
簡単に言ってしまえば魂だけの存在と言えなくもない。しかしどうだ、床の上に立っている感触、物を掴める能力、そして一番肝心なのが『俺の意思』が存在し続けていることだろう。もはやこうなっては誰も俺を止めらぬ。そして俺自身も止めることは不可能である。
◇◇
更に高みを目指す俺である。そして俺という存在、意識がどこまで進化していくのか見定めてしんぜよう。ということで、とりあえずビルの屋上を目指す俺である。そこで、もう階段ではなく一気にエレベーターで行くことにした次第だ。どんなに監視の目があろうとも俺でさえその存在が掴めていないのだ。きっと無人のエレベーターが動いたと驚くことだろう、へへ。
最上階に着き、更に階段で屋上を目指す。そこから飛び降りたら一体どうなることやら、と色々と興味が尽きないものである。そうして屋上への扉を開くと、開くと。
なんてこったい! 既に先客が居たようだ。それも全員が異様なマスクをした珍妙なる連中である。しかし俺がここに居ることは分かるはずがないのである。なにせ俺はインビジブル、透明人間なのだからだ。
「来たわよ。みんな、用意して」
珍妙団5人のうち、中央の人物はその声からして女性なのであろう。そして全員が殺虫剤らしきスプレーを俺に向けているが、それはあまりにも滑稽な姿。珍妙団と呼ぶに相応しい光景である。
シューシュシュシュのシュー。
なぬ! 何故か一斉に俺に向けて怪しげなガスを噴射してきた連中である。何故だ! なぜ俺に向ける、俺はインビジブル、透明なんだぞ!
おっとおおおおおおおおおおおおお!
意識が遠ざかっていくではないか。どうして俺のことが? 俺が見えているとでもいうのかー、と考えてみれば、そういえば屋上の扉をすり抜けることなく、わざわざ扉を開けたせいか。くく、一生の不覚。
意識不明瞭、視界不良、世界が萎んでいく、いや、俺の存在が意識が消えかかっているのだろう。もはやこれまでか。
それでもアレを思い出してしまう俺である。アレとは俺がミヨちゃんと付き合う前に、その条件として俺に健康診断を要求してきたことだ。俺にとってはそんなことは屁でもないこと。すぐに快諾したのだが、それが普通ではなく健康診断をミヨちゃんの研究所でやったこと、そして言葉通り血を吐くまで行ったことだ。
何故そんなことを今際の際 で思い出したのかは分からない。しかし、人を超えし存在と化した俺が最後に到達した彼岸ではなかろうかと思うのである。
◇
また、何処か知らぬ場所で行列に並ぶ俺である。行列といえばあの世、あの世といえば死後の世界である。ということで初めてではないので、そう驚きはしない。しかし前回よりも行列が長く感じるのは、おそらくゾンビテロによる被害者で賑わっているせいだろう。
「ちょっと、ここが何処かお主、知らんかいな」
後ろに並ぶご老人から質問されたが、どうやらそのご老人、自分がどのような運命にあったのかを未だ知らぬようである。ではここは気の利いたセリフでもぶちかましておいてやろう。
「爺さん、ここはな……知らぬ方が」
「あっ、よいよい。もう分かったから」
「なっ」
せっかくのチャンスを奪ってしまう爺さんである。しかしここで怒っても仕方がないこと、穏便に「ふん!」と言ってやるだけにしたものである。
そして、また何やら紙切れを持っていたことに気がつき、それを眺めると例によって何かの申請書のようである。またこれを受付に渡すのだろうが、長い行列のため、それが何時になるのか見当がつかない。仕方なしにその申請書を読んでみると、最終形態の欄に『ゾンビウィルス群体』とあるではないか。
どうやら俺は人でもなかったようだ。まあいいだろう。それにしても長い行列だ。今度こそ申請書が受理されることを祈っておこう。
仕方がないので、これ以上の上昇は諦めフロアに出ることにした。そこの通路をゴロゴロと転がって行き、行き着いた場所がまた窓際となったようだ。既に30〜40階くらいのはずである。ここまで移動してくれば居場所も検知されてはいないだろう。
そこで、なんとか片足で立ち上がり下界を見下ろすと、おお〜、絶景ではないか。既に俺のファンは帰ってしまったのだろう、一人も居ないように見える。ということは俺の母様、父様も家に帰ったということか。いくら不肖の息子とはいえ俺の一大事に、とも思ったが致し方あるまい。既に人のようで人にあらず。その存在を超えた存在なのだからな。これがヒーローの孤独というやつだろう。
そんな感傷に耽っていると、何やらパタパタという音が近づいてきたようだ。ムム、そうか、そうなのか。そのパタパタの正体はヘルコプターのようである。多分、俺を取材したい報道ヘリであろう。ということは第一声を考えなくてはならないようだ。さあ、何と答えてやろうか。もちろん俺が被害者であることは強調しなくてはならないな。
バタバタブンブン。
ヘリのパイロットはなかなか目が良いらしい。それとも
しかし、どうやって窓越からインタビューするのだろうか。まあいい、素人の俺が考えても仕方のないこと。きっと上手くやるのだろう。
それにしても強固なガラスだ。かなりの振動が伝わってくるがビクともしなところは流石である、と感心していると報道ヘリの到着だ。上手く操縦しないとローターが壁に当たってしまうぞ、と心配していると、スライドドアのようなものが開き、そこからテレビカメラのお出まし、お出まし、お出ましのはずだった。
「やけに先のとんがったカメラだな〜」
バリバリゾッコンホニャララパンプキントコトコダッパーン。
俺の体は小さな肉片となり、俺が俺でなくなってしまったようだ。無数に飛来する銃弾、それを受け止めきれない俺という体である。肉体に銃弾が減り込むとか、そんな次元ではない。骨から肉を剥ぎ取り、その骨までも粉砕している。
そう、テレビカメラと思われたそれはカメラなどではなくガトリング砲だったようだ。強固だと思われた窓ガラスも、そいつの前では紙切れ同然。ゾンビ王の俺とて為す術なく即死、いや、存在が消えてしまったところである。
だが俺も、ただ黙ってそれを見ていたわけではない。しっかりと己の最後を観察していたのだ。そして分かったことが一つだけあった。それは、ちょうど心臓の辺りだろうか、銃弾が何かの金属片を砕き、そのままどこかに飛んでいく様子を目撃したのだ。その金属片が何であったのかは分からないが、こんなことを思い出したのだ。
あれは俺とミヨちゃんが付き合い始めた頃、ミヨちゃんが口癖のように「最低でも二重化しないと安心できないの」と言っていたことだ。それと金属片に何か関係があるとは思えないが、俺の体にそんなものが在ったこと自体、不思議なことでもある、うん。
◇
こうして、ゾンビ王としての短い人生を終えた俺であるが、どうやら大きな勘違いをしていたらしい。それは、肉体という鎧から解放されたことによって新なる俺が誕生したからである。それはどんな俺かというと、聞いて驚け、インビジブル・俺の爆誕である。
簡単に言ってしまえば魂だけの存在と言えなくもない。しかしどうだ、床の上に立っている感触、物を掴める能力、そして一番肝心なのが『俺の意思』が存在し続けていることだろう。もはやこうなっては誰も俺を止めらぬ。そして俺自身も止めることは不可能である。
◇◇
更に高みを目指す俺である。そして俺という存在、意識がどこまで進化していくのか見定めてしんぜよう。ということで、とりあえずビルの屋上を目指す俺である。そこで、もう階段ではなく一気にエレベーターで行くことにした次第だ。どんなに監視の目があろうとも俺でさえその存在が掴めていないのだ。きっと無人のエレベーターが動いたと驚くことだろう、へへ。
最上階に着き、更に階段で屋上を目指す。そこから飛び降りたら一体どうなることやら、と色々と興味が尽きないものである。そうして屋上への扉を開くと、開くと。
なんてこったい! 既に先客が居たようだ。それも全員が異様なマスクをした珍妙なる連中である。しかし俺がここに居ることは分かるはずがないのである。なにせ俺はインビジブル、透明人間なのだからだ。
「来たわよ。みんな、用意して」
珍妙団5人のうち、中央の人物はその声からして女性なのであろう。そして全員が殺虫剤らしきスプレーを俺に向けているが、それはあまりにも滑稽な姿。珍妙団と呼ぶに相応しい光景である。
シューシュシュシュのシュー。
なぬ! 何故か一斉に俺に向けて怪しげなガスを噴射してきた連中である。何故だ! なぜ俺に向ける、俺はインビジブル、透明なんだぞ!
おっとおおおおおおおおおおおおお!
意識が遠ざかっていくではないか。どうして俺のことが? 俺が見えているとでもいうのかー、と考えてみれば、そういえば屋上の扉をすり抜けることなく、わざわざ扉を開けたせいか。くく、一生の不覚。
意識不明瞭、視界不良、世界が萎んでいく、いや、俺の存在が意識が消えかかっているのだろう。もはやこれまでか。
それでもアレを思い出してしまう俺である。アレとは俺がミヨちゃんと付き合う前に、その条件として俺に健康診断を要求してきたことだ。俺にとってはそんなことは屁でもないこと。すぐに快諾したのだが、それが普通ではなく健康診断をミヨちゃんの研究所でやったこと、そして言葉通り血を吐くまで行ったことだ。
何故そんなことを
◇
また、何処か知らぬ場所で行列に並ぶ俺である。行列といえばあの世、あの世といえば死後の世界である。ということで初めてではないので、そう驚きはしない。しかし前回よりも行列が長く感じるのは、おそらくゾンビテロによる被害者で賑わっているせいだろう。
「ちょっと、ここが何処かお主、知らんかいな」
後ろに並ぶご老人から質問されたが、どうやらそのご老人、自分がどのような運命にあったのかを未だ知らぬようである。ではここは気の利いたセリフでもぶちかましておいてやろう。
「爺さん、ここはな……知らぬ方が」
「あっ、よいよい。もう分かったから」
「なっ」
せっかくのチャンスを奪ってしまう爺さんである。しかしここで怒っても仕方がないこと、穏便に「ふん!」と言ってやるだけにしたものである。
そして、また何やら紙切れを持っていたことに気がつき、それを眺めると例によって何かの申請書のようである。またこれを受付に渡すのだろうが、長い行列のため、それが何時になるのか見当がつかない。仕方なしにその申請書を読んでみると、最終形態の欄に『ゾンビウィルス群体』とあるではないか。
どうやら俺は人でもなかったようだ。まあいいだろう。それにしても長い行列だ。今度こそ申請書が受理されることを祈っておこう。