森のお爺さん

文字数 4,476文字

森といえば川が付き物である。その川に向かって一直線、ドボンが宿命の爺さんではないか。日頃、神に悪態をついていたことがバレてしまったのか、どう見ても考えても避けられぬ運命。さぞかし、その胸中は無念であろう。だが諦めるにはまだ早いはず。何故なら爺さんの往生際の悪さは天下一品、神さえも目を背ける代物である。孫の俺が言うのだから間違いはないだろう。

しかーし、運命は強制執行されるもの。それに贖うなど到底不可能だろう。まして一介の司祭ごときが人生のタイムテーブルを変更し、奇跡を起こすなど恐れ多い。今更ジタバタしても時すでに遅し、ここは静かに天命を受け入れるだけじゃ。

しかーし、何事にも偶然、予期せぬ出来事、想定外という一生に一度か二度くらいの機会は巡ってくる場合もあるだろう。そうでなければ俺のじっちゃんの名を名乗る資格はないはずだ。

勢いよく大回転する爺さんの行く手には川が。そこにドボンの予定だが、それは飽くまで予定であって、約束は破るためにするもの。その道理で小さな小石に躓いた爺さんの体は空中高く舞い上がり、クルクル、スー、クルックル、スー、クルクルドンと向こう岸まで跳ねた、そうだ。

しかーし、狂った予定は是正される場合も有り得るということを覚えておこう。川にドボンを免れた爺さん、かのように思えたが、それは長い人生で見れは大したことではないだろう、誤差の範疇と言えることである。川岸に落下した爺さん、その安堵もつかの間、今度は逆回転し川に向かって真っしぐら。これは、いわば運命の強制執行とでも言うべきではないだろうか、ふむ。

ジャボーン。めでたく、というより予定通り川にハマる爺さんだ。もはやこれまでかー、と思いきや、何やら術が解けたのか、それとも転がり序でに体がほぐれたのか、体の自由を取り戻した途端、これまた暴れまくる爺さんである。その甲斐あってか息を吹き返したのであった。

さて、我に返った爺さん、ここはどこ、俺は……正義の味方、司祭の俺だー、と残念ながら正気を取り戻し、この状況を不屈の精神で乗り越えるべく、クンカクンカと三姉妹の匂いを嗅ぎ分けようとする爺さんだ。しかし、そのような行動は、もはや人、人間の所業ではあるまい。爺さんは正気が戻ったのではなく野生が、野獣の感覚を呼び覚ましてしまったようだ。その証拠がクンカクンカである。

だが、いくらなでも匂いを嗅いだところで、それが何になる? と普通に思っていると、俺はどうやら爺さんのことを見くびっていたようだ、すまん。

脱兎のごとく川から離れると体を反転させ、今度は川に向かって跳躍、飛んだー、だが、心は野獣でも身体は爺さんだ。その勢いも虚しく川の途中で落ちてしまう。が、それを物ともせず泳ぎまくって対岸へ、そして闇雲に走り出したかと思えば、森の中を疾走する爺さんである。

ホーホケキョ。森の住民が鳴き声を轟かせるが、それも無視しつつ三姉妹の住まう家を探し尽くす爺さんだ。しかし、先程から爺さんの軌跡は平坦な道ばかり。坂を転げ落ちた割にはその坂はどこに行った? これには流石の爺さんもおかしいと思ったに違いない、が何分、目隠し状態で転げたため気のせいだろうと自身をゴマかす爺さんでもある。要はどこまでも自分に都合の良いように、言い方を変えればポジティブなのだが、それをこの爺さんに適用しても良いものかどうか悩む俺である。

ホーホケキョ。森の住民が日没を知らせてきた。それはもはや、人がここに居てはいけないという警告でもあるのだろう。森の住民による一斉『帰れ』コールである。そうでなくとも嫌われ者の爺さんだ。森の平穏を乱し秩序に従わぬ者、これ即ち愚か者なり。

これで流石の爺さんも森を後にする気になったようだ。しかし本当のところは後ろ髪を引かれる思いで森に背を向けたらしい。それでもそうしたのは単に腹が減ったからだろう。空腹には勝てない爺さんでもあったようだ。



後日、教会にて神との神聖なる対話を邪魔したのは例によって例の新妻たちである。今日も明日も、そのまた明日の分の平穏を神に誓わせていた爺さんは、教会入り口の扉を蹴破って乱入する新妻たちに、仕事が遅いと口撃と攻撃で破壊されたのである。因みに、彼女たちは毎回、入り口の扉を蹴破っているのだが、撤退時にはご丁寧にも自分たちで修復していくのである。よって毎回、扉を蹴破ることが可能となっている。

司祭である爺さんの仕事とは、家を出たきり戻らぬ夫たちを探し連れ戻すことである。しかし新妻たちの凶暴で破壊的な所業を知る者としては彼女たちの元に戻らぬ男どもの気持ちも、何となく察せられるというものだ。どうしてあんな、と言っては言い過ぎかもしれないが、出会ってしまったのだろうかと、他人事ながら不憫に思わずにはいられない俺であ〜る。

彼女たちの役に立ちたい、とは爺さんは思ってはいないだろうが、あの三姉妹には『もう一度』、なんて(よこしま)な気持ちが無くなった訳でもあるまい。しかし、なんど森に出かけようとも一向に三姉妹の住む家が見つからないでいる。



ククク。森を彷徨う爺さんである。されどその視界に入るのは木、木、木ばかりで気が滅入ってくる爺さんである。どこを探しても、どこを見ても、それは見果てぬ夢ばかり。

「ああ、もう一度会いたい。私はここに居る。何もしないから、本当だよ、あんなことも、こんなこともしない。だって俺は『司祭』だよ? なあ、また出てきておくれよ」と心の呟きを誰も人が居ないことをいいことに口に出して喜ぶ爺さんだ。

ククク。そんな爺さんを嘲笑うかのように森は薄笑いを浮かべるばかり。お前の欲しいもの、お前の望みはなんだ? ああ、そんなものは此処には無いのさ、と言いたげな森である。

そんな森に『負けるものかー』と腕を振り上げては己を鼓舞する爺さんである。しかしだ、良く考えてみたまえ。森の中にひっそりと暮らす三姉妹、それって、どこかおかしくないか? 一体、3人はこんな場所でどうやって暮らしているというのだい。そう、そうさ。冷静になって考えれば誰にでも分かることだ。さあ、目を覚ませ、現実を見ろ、と俺は言ってやりたい。それは、これでも一応、身内であるのだから、これ以上の恥を晒さないでくれという俺の願いでもあるのだよ、ククク。



毎日、扉を蹴破り、爺さんに『結果を出せ』と迫る鬼嫁たち、いくら探しても見つからない三姉妹。これらの板挟みにより、特に強靭な精神を持ち合わせていなかった爺さんも、そろそろ根を上げ始めたところである。その証拠に、食欲不振、不眠症、仕事へ意欲のさらなる低下、肌荒れなどの諸症状が爺さんを苦しめた。そこで、それらの鬱憤を晴らそうと三姉妹との出会いを日記に書くことにしたようだ。その出だしはこんな風だ。

うららかな散歩日和。風に誘われ神の祝福を浴びながら私は歩いたのです。その足は自然と森に誘われ、前人未到の奥地へと参ったところです、はい。
その森は私を快く歓迎し、友情を育み会話を弾ませたのでした、はい。
時が過ぎるのも忘れ、森と一体となった私は子供のように、何気ない出来事にも喜びと感謝を感じたのでした、はい。
そんな私に、親切なお嬢さんが『寄ってらっしゃいな』と親切に声を掛けてきたのですよ、うん。
それを一体、誰が断れましょうか。私はお嬢さん方を待たせないようにと急速発進したのです! これが私の全力疾走、全力の全開なのです!
……
ところが、どうしたことでしょう。私の目の前で急に扉を閉じたではないか! なんだ! なんなんだー。
どうやら俺の目は曇っていたようだぜ、(あいぼう)よ。
当然、そんなところはこっちから願い下げだだだ。「あばよ」と言ってやったぜ。
ところがどうだい、向こうは俺のクールな対応に腹を立てたらしい。いきなり俺を蹴飛ばすアバズレどもだ。
だが、それだけでは飽き足らず無抵抗の俺を川に突き落とすという残虐非道の限りをつくす未開人であったようだ。皆の衆、あれらには警戒を怠ってはならん、死ぬぞ。
そうそう、奴らの人相を書き記しておこう、今後の役に立てられよ。
一匹目のケダモノはモジャモジャ頭で世にも恐ろしい顔をしていたぞ。語尾には必ず『まてまて』と付けるので、それが目安だ。名称は……ステンノーとしよう。
次のケダモノは一匹目と同様にモジャモジャ頭だが、一匹目と比べると一回り小さい。語尾は『ジャンジャン』である。名称は……エウリュアレとしよう。おそらく小奴が一番凶暴だ、心してかかれよ。
最後のケダモノは三匹の中では一番小さいのが特徴だ。他と同様、モジャモジャ頭だが、これはおそらく蛇の化身だと思われる。名称は……メデューサとしておこう。
さて、これら三匹それぞに名をつけたが、こやつらは常に一緒に行動していると思われる。だから三匹まとめてゴルゴーンと名付けた。
では、これらに運悪く遭遇してしまった場合だが、あれはら厄介な術を操るため、目が会う前に逃げるのが一番だろう。貴君らの検討を祈る。
親切丁寧で皆が自慢する司祭より。



日記を書き上げた爺さん、怒りや悲しみ、そして叶えられぬ夢を書き綴ったおかげだろうか、幾分、気持ちが晴れたりした爺さんだ。その後は心穏やかに過ごし天寿を全うしたと聞いている。良かったな、爺さん。

だが、話はここで終わりではない。爺さんの後にやってきた司祭が、たまたま爺さんの日記を見つけ、いけないと思いながらも、ついつい読んでしまったそうだ。それがなんと、その新しい司祭のツボに嵌ったのだろう、日記の内容を彼方此方で吹聴しまくり、その結果、ある出版社の、これまた変な奴の耳に入ったそうだ。

そしてそして、爺さんの日記は、これまた彼方此方彷徨い、ネタと肥やしになって、とうとう一冊の本となった。それが『森の三姉妹』という誰もが知る物語になったと言われている。

ということで、元ネタは爺さんなのだが、誰も、そう、全世界中の人には全く知られることなく作者不詳の大ベストセラーとなってしまったようだ。では、何故俺が爺さんの元ネタだと知っているのかというと、それは原本である日記を持っているからだ。

あの爺さんの情熱を思えば疑う余地はないだろうと、頑なに信じている俺である。だから作家として尊敬する意味で爺さんを『1号』と呼び、その偉業を軽く飛び越えるため、敢えて『2号』の名を名乗っている俺である。

さて、これで爺さんの思い出話は終わりである。しかしそれを今、俺が思い出し検証しているのには訳がある。それには、こんな経緯が……まあ、待ってくれ。

これから俺の物語を始めようではないか。俺という輝かしい未来と健康のために、取り敢えず乾杯しておこう。そして杯をテーブルに置いたなら、俺と、そう、目の前で踏ん反り返っている例の三姉妹との戦いが始まるのである。では、いざ出陣!
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登場人物紹介

スライム

異世界でスライム生を謳歌している俺。

ゴーレム

異世界で少女を守りながら戦う俺。

ゴーレムの創造主
自称、魔法使い。ゴーレムからは魔法少女 または 魔法おばさん または ……

エリー

エルフの私です。
エルフの里で育ち、エルフの母に姉と弟、それに友達も皆、エルフです。
耳は長くはないけれど、ちょっとだけ身軽ではないけれど、
すくすくと育った私です。
だから私はエルフなのです。

ステンノー

ゴルゴーン三姉妹の長女

エウリュアレ

ゴルゴーン三姉妹の次女

メデューサ

ゴルゴーン三姉妹の三女

シルキー

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