夢よ、再び

文字数 5,252文字

夢は男が彼女と初めて出会った時に遡る。宮殿から出てきたオスカーと彼女、適当に挨拶を交わした後、男と彼女、その後ろにオスカーの順で歩き出した。そうして人の往来が多い街中に差し掛かる。そこで、前から歩いて来た女性が男とすれ違いざまに肩がドヒャーンとぶつかった。いやいや、どう見てもワザとだろうと思えるが、その勢いで弾き飛ばされる男である。

「キャアー、大変」とは彼女の反応、だがどこか余所よそしい。倒れた男を見ているだけだ。序でにオスカーも見ているだけで、男に手を貸してやろうとはしない薄情な二人である。

「おい、大丈夫か」と女性が手を差し出すとが、男はそれには触れず立ち上がる。その一連の『倒れたら立ち上がる』動作は随分と慣れている感じを漂わせている。

「すみません、私が避けられないばかりに。お怪我はありませんか」と男は自らに非があると女性に謝罪すると。

「なぬ? お前が悪いのか、そうか。それなら私に惚れても良いぞ」
「えっ?」

男は当然、狼狽える。いきなり打つかった相手からのトンデモナイ申し出に、どう答えて良いやら分からぬ男だ。そこでやっと彼女が動き出した。彼女は男の腕を引き寄せたが、男の肘あたりが彼女の胸の辺りに接触か。それに敏感に反応する男だが、やや離れているオスカーには何が起こっているのかは都合よく見えてはいない。

「行きましょう」と彼女は男の腕を引っ張るように先に進むが、若干、引きずれられ気味の男はチラッと女性を見るも、そのまま彼女に持って行かれた。

こうして女性と離れると彼女は男の腕を離し、

「あの女の人、戦士かしら。強そうだけど無骨よね」と男に話しかけるが、それは男ではなく、打つかった女性の方を見ながら、その目は侮辱も含まれていただろう。その時、お互いの視線が合ったような気がした彼女たちである。

ぶつかった女性は男よりも背が高く、部分的に鎧を身に纏い、彼女が言う通り戦士か女剣士風に見えた。そして彼女が嫉妬しそうなくらい整った顔立ち、長い髪が特徴的というか、印象に残る女性だった、と夢では語られている。

◇◇

話は進んで男と彼女が密会するようになった頃。二人が出会っているのは密会と言うわりには街外れの公園である。そこであれば男女がアレコレとしいても不自然ではないだろうと彼女が選んだ場所だ。彼女にとっては人目を避けたいという思惑があったが、かと言って誰もいない場所では不自然である。そこで人が多くも少なくもない場所となった訳だが、人目を避けようとする時点で怪しい。

そのような理由から二人が公園で落ち合うのだが、10分程度会話するだけの、ごく短時間で別れている。彼女からしてみれば男を繋ぎとめておくための口実、片や男にとってはこの世の春、だろーな。

公園を去って行く彼女の後ろ姿を、鼻の下を伸ばして見送る男。その視線の先のベンチに怪しげな女性が座っている。それも服装は彼女とよく似ているが、勿論、男には認識されていない。そこで一生懸命、瞼をパチパチパチパチと男に合図を送っているが、それでも、いや、そんな小さな変化が男に見えるはずがない。

彼女が公園から見えなくなった頃、男はため息をつきながらベンチに腰掛けた。それは、いくら彼女と恋を深めても先がないことを重々承知していたからだが、彼女の方は残念ながら全くそのようなことは考えてはいなかった。そこで、いい加減に気がつけよ、と男の肩を叩く者が男の隣に『いつの間にか』座っていた。

「おい、また会ったな」とは隣に座り男の肩を叩く女性である。まだパチパチパチパチの術が解けていないらしく、見ている男の方が目を回しそうである。

「どこかで……お会いしましたか? 人違いですよ」
「なぬ、私を忘れたのか? 惚れていないのか?」

男は「人違いです」と言いながらベンチを立ち上がると女性も一緒に立ち上がった。だがそれで男は自分より背の低い女性を見て、より確信したようだ。

「本当に人違いです」
「私だ。ほら、お前に突き飛ばされた私だ。また会うとは奇遇なり。私たちは強い縁で結ばれているのだ、観念して惚れるが良い」

またまた何を言われているのか分からない男は、

「いいえ、私と打つかったのはこう、もっと背の高い方ですから」と自分の手を自身の頭より上に掲げて説明した。

「なんだ、そんなことか。お主の好みに合わせて小さくしたのだ。それに、どうだこの服、アレと同じであろう。どうだ、参ったか、惚れたか」

「そんな馬鹿なことが。人はそんなに大きくなったり小さくなったりしません。それに先程から惚れるとかなんとか、それこそ人違いです」
「ならば、あの小娘が好きなのか? あれはダメだぞ」
「何を言い出すんですか! 彼女はそのような人ではありません。何がダメなのかは知りませんが彼女に対して失礼ですよ」

女性は黙ったまま男の言い分を聞き、何も言い返さず、ただ男を見つめ続けた。そして遂にその目には涙のようなものが浮かんだような気がした男である。

「すみません、言いすぎました、本当にすみません。私はこれで」と男は言い残すと、その場を去ってしまった。

◇◇

数ヶ月後、男は待ち合わせの公園で彼女を待ち続けたが、彼女はなかなか現れない。そして陽が暮れる頃になっても彼女の姿はそこにはなかった。男はそれでも待ち続けた。何か事情があるのだろう、もう少し待てば、と繰り返すことは何度目だろうか。辛抱強いのか、それとも諦めが悪いのか。

男は次の日も公園を訪れたが、それはすでに約束されていない事である。それでも偶然、彼女と出会えるかもしれないと淡い期待をしつつ、次の日も、また次の日も公園を訪れた。しかしそんな都合の良い偶然が起きる事はなく、奇跡が起きない限り有り得ない事と思いつつも男は彼女を待ち続けた。

そうして、男もやっと諦めかけた頃、例の女性が男の肩を叩いた。

「また会ったな。いい加減、私に惚れた頃だろう」
その女性の背丈は男と同じくらいに見えたが、男はもうそれを不思議とは思わなくなっていたようだ。

「人……違いだと思いますよ」
男は遠くを見つめたまま、その言葉に力はなく殆ど独り言のように呟いた。その様子を見た女性は男の手を取ると、

「お前が待つ『彼女』とやらの様子を見に行こうじゃないか」
「それは……無理です」
「なんだ、彼女に会いたくないのか? ずっと待っているのだろう」
「それは――」
「無理なら無理で構わん。その目で見てから判断するがよい、行くぞ」
「えっ?」

女性は男の手を強く握ると、あっという間にどこかに移動したようだ。それに驚く男だが、そこはどこかの家の庭、それもかなり広く、そこの茂みになっているところから家の中が覗ける好位置でもあった。

「ここはどこだ?」と女性が男に聞くと、「オスカーの館、だと思う」と男は答えた。そこで女性が、ある部屋を指差すとそこには彼女とオスカーの姿が見える。

「アレは、二人は何をしている?」
「挨拶をしているだけです。普通のことですよ」
「ふ〜ん、ではアレは?」
「近くで話して合っているだけです。良くあることです」
「アレは?」
「部屋が暑いのでしょう、それだけです」
「アレは?」
「あれは、あれはお互いを温め合っているだけです。多分、寒いから」
「アレは?」
「あれは――」
「いい加減にしろ! 子供じゃないんだから、見れば分かるだろう」

男は涙を堪えながら黙り込んでしまった。それは必死に声を出さないようにとしながらも、それでも次第に体が震えだしてしまう。それを見兼ねた女性は男の手を握ると、その場を移動し元いた公園に戻った。そうして泣き崩れる男の側で、女性は男が泣き止むまで傍に寄り添うのだった。



その後、オスカーと彼女の婚約、そして結婚後、数ヶ月で彼女は出産と目紛しく事は起こったが、その頃には既に男と女性は一緒に暮らし始めている。この二人が結婚したかどうかは曖昧にされているが、男の中で彼女は過去のものとなり、それなりの幸福を堪能したことだろう。

それは、男が崖から落ちそうになれば女性が引き上げ、男が熊に襲われればそれを撃退、雨漏りする屋根の下には受け皿を、稼ぎの悪い男を叱咤激励しながら女性好みの男に改造されつつあったとも聞く。

こうして幸せな月日が過ぎた頃、例の跡目相続が起きるが、それによる宮殿からの招集に奮い起つ男である。『格』の低い男にとっては出世のチャンスでもあるが、『格』とはそのまま財力を示していると言ってもいいだろう。

小さな家に住み、誰を雇うわけでもなく、よく言えば質素、悪く言えばド貧乏であり、貴族とは名ばかりの存在である。そんな事情でも男が貴族でいられた理由は、先祖の活躍があればこそなのだが、それも今となっては遠い昔の話である。これを国側から見れば、何時までも貴族の称号を持っていられては体裁が悪く、不要な存在として疎まれていたようでもある。

そこで、ちょっとした内紛が起こった場合などに、男のような『格』の低い者を率先して駆り出し、序列と秩序、そして威厳を保つなどの名目のもと、足切りが行われていやようでもある。

女性は勇み足で家を出ようとする男の前に立ち塞がる。それは男を説得し戦場に行かせまいと両手を広げて阻止した。

「どうしても行くのか」
「国王の命であれば選択の余地はない。それが貴族たる務めなんだ」
「お前が帰って来なかったら私は一人になってしまう。それでも行くというのか」
「そのお前たちを守るためにも行かなくてはならない」
「行ったらお前は死ぬぞ」
「務めを果たす。それが私のすべき事なんだ」
「何を言っても無駄なようだな」
「すまない」
「では、私を倒してから行くがよい」
「そんな、馬鹿な」

結局、このような遣り取りの末、ボコボコになって家を後にする男である。到底、男が女性に敵うはずもなかったが、女性がワザと作った隙を見て家を抜け出し、宮殿へ向かった。

戦場の手前の丘で急襲される男は5人の槍隊に囲まれ万事休す。言葉の通り、後はヤりたい放題されるだけである。無言で向けられる鋭い刃、多勢に無勢。剣の達人とは程遠い男の命運も確実にここで尽きることだろう。男もある程度、覚悟していたに違いない。その脳裏には女性との日々が浮かんだかもしれない。それが最後の思い出として。

暗闇でよく見えない最中(さなか)、長く伸ばした槍が男を貫くその寸前、どこからか一本の大きな剣が男と槍の間に割って入った。そして、男以外、味方は居ないはずなのに、男の肩を叩く者が居た。

「お前は私が守る、そう言っただろう」
女性は大剣を握ると、問答無用で5人の槍隊をバッサバッサと切り倒していく。これに慌てた丘の上に陣取る者たちが、所構わず矢を放った。しかし、それはことごとく跳ね返され、ここで初めて強者の存在を知ることになった。

「何故、来たんだ!」と男は女性に怒鳴るが、それで命拾いしたのも確かである。この状況で男が真っ先に考えたのは、ここから逃げることだけだ。咄嗟に女性の手を引き丘を駆け下るが、敵側もこの暗闇で何が起こっているのか把握できてはいなかった。とにかく、強者の存在に怯えた兵士たちが一人、また一人と後退すると、それは全体が退くこととなった。



これで漸く、男の夢の辻褄が合うことになった。しかし、ベットに横たわる男と女性以外の家族の姿は見えない。小さな家の狭い部屋、風で音を立てる窓。それらは変わらず、男は静かに目を閉じている。

女性は男が一番好きだった頃の姿で、そっと男の頬に手を添えた。そして、夢の中で夢を見る男はどんな夢を見ているのだろうかと男の表情から読み取ろうとしたが、穏やかな顔からは想像するのは難しいと思った。

男の夢は、戦から生還したその後、特に何事も無かったかのように平穏な日々が続いたことだろう。もし、これを現実に当てはめれば戦から逃亡した男に平穏が訪れるはずがない。だがこれは飽く迄、その先があった場合のことであり、今の男の夢には何ら関係ないことである。

女性が見せた夢が、男にとって良いものであったかどうかは分からない。もっと私たちの出会いの機会を、もっと早く出会っていれば、と女性は少し後悔したが、残念ながらそれをやり直す程の時間は男には残されてはいない。

こうして男が目を覚ますことが無くなると、場所は暗闇が支配する丘の途中、そこに倒れる男と傍にバルキリーが剣を地面に突き刺した姿がある。

「良い夢を見られただろうか。それだけが気がかりだ」

バルキリーは剣を地面から引き抜くとそれを収め、暫しその場に佇んだ。そうして誰かが見た時、そこには誰も居なくなり、暗闇が薄れていくのを不思議そうに見たそうだ。
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スライム

異世界でスライム生を謳歌している俺。

ゴーレム

異世界で少女を守りながら戦う俺。

ゴーレムの創造主
自称、魔法使い。ゴーレムからは魔法少女 または 魔法おばさん または ……

エリー

エルフの私です。
エルフの里で育ち、エルフの母に姉と弟、それに友達も皆、エルフです。
耳は長くはないけれど、ちょっとだけ身軽ではないけれど、
すくすくと育った私です。
だから私はエルフなのです。

ステンノー

ゴルゴーン三姉妹の長女

エウリュアレ

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ゴルゴーン三姉妹の三女

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