迷子の宇宙人(2)
文字数 2,533文字
彼自身は懲戒免職になっても全然構わない。しかし、この愛すべき女性は、出来ることならば、お咎めなしに問題を解決させてあげたい。
純一少年は、宇宙人の迷子の子の前に歩いて行き、彼に話し掛けた。
「僕、質問していいかな? 君はどこから来たの? 君のご両親はどこにいるの?
何か分かることがあったら、少しでもいいから、お兄さんとお姉さんに教えてくれないかな……?」
純一少年は『ご両親は何しに地球に来たの?』と云う質問だけはしない。それを聞いてしまっては、単純な迷子の世話でなくなってしまう可能性があるからだ……。
宇宙人の子は、怯えながらソファの影に、段々と隠れる様に後退りしていく。
「純一君、駄目だよぉ……。怖がっているじゃない」
矢口隊員は、そんな純一少年を
「いいよ、無理して話さなくっても……。日本語、あまり得意じゃないよね。何も分かんなくても、このお兄さんがきっと何とかしてくれるから、大丈夫だよ」
「矢口隊員、無茶言わないでくださいよぉ」
宇宙人の子供は、突然、流暢に日本語で話し出した。
「ごめんなさい、急に質問されたので……つい。僕はエレメンタル星系の『大地』と云う所からやってきました。両親は科学者で、宇宙の謎を求めて世界を旅しています。
この星には、食料と水の補給、そして燃料の調達の為、立ち寄ったのです。
勿論、この星がこんなに文明化されているなんて想定外でした。ですから、僕たち家族は、この星の住人と要らない騒動を起こしたくないと考え、直ぐに立ち去る心算でした。でも、この星の戦艦に撃ち落とされて、不時着してしまったのです。
場所は良く分かりません。恐らく今いる場所の近くの、大きな川の河口付近です。僕たちの宇宙船は、河口付近の海の中に沈ませて、見つからない様にしています……。
暫くして、様子を見に外に出た僕は、この星の住人に見つかって追いかけられてしまいました。僕は命からがら逃げ出して、夜陰に隠れていたのですが、丁度そこを通りかかったナナさんに見つかり、包囲網の外へと助け出して貰ったのです……」
「この近くだとすると馬入川だな。で、僕たちは、どうすればいい?」
純一少年は、この子供が意外としっかりした対応をしてきたので、彼の要望を聞いてみることにした。彼の要求を飲めば、彼らの科学力で、この状況を解決することが簡単に出来ると考えたのだ。
「僕の両親の乗ってきた宇宙船には、ワームホールを作る機械が用意されています。ですが、その機械は他の場所から宇宙船内への一方通行になっているのです。ですから、両親が迎えに来さえしてくれたら、僕は両親と帰ることが出来ます」
「純一君、ワームホールって何?」
矢口隊員の質問に、純一少年は『狐の抜け穴』をイメージした。
「僕の知っているワームホールは、空間と空間を直接距離ゼロとして繋ぐ穴で、ある種の瞬間移動装置の様なものです。
その発現は、術者が身近に作成できる様ですが、行先はどう特定しているのか、自由なのか、決められた場所だけなのか、僕には正直分かりません。
この子の説明では、彼のワームホールの行先は、彼らの宇宙船に固定されているらしく、恐らく、彼らの道具があれば、自由にワームホールを作ることが出来るのだと思います。恐らく、宇宙船への緊急帰還用ですね」
「はい。そのハンドセットは、今、宇宙船の中にあります。両親がそれを持ってここに来てくれれば、直ぐにでも、ここから脱出することが出来ます。
済みませんが、僕たちが安全な宇宙人だと云うことを責任者の方をご説明頂き、出頭と云う形で構いませんから、両親をここに連れて来ては頂けませんでしょうか?」
純一少年は、ひとつの疑問を宇宙人の子にぶつける。
「お偉いさんを説得するのは、ちょっと簡単じゃない……。君がささっと、宇宙船に帰るってのでは駄目なのかい?」
「僕のこの姿では、恐らく検問に引っかかってしまいます。それは両親がここに忍び込むにしても同じことです。
今、僕たちの宇宙船の落下位置周辺は、この星の空軍に依って厳しい探索が行われているものと思われます。
僕がナナさんの車に乗って、検問に引っかからなかったのは、奇跡の様なものです」
「成程ね……」
純一少年は『それは矢口隊員が、AIDSの航空迎撃部隊の一員だからだ』と思ったが、その説明は省略した。
「まぁ、そういう状況なら簡単だな……。
お偉いさんを説得なんかしなくても、僕が君の宇宙船まで行って、ご両親に会ってくる。そして、僕のワームホールでお2人をここに連れて来ればいいのだろう?」
「そんなこと出来るのですか?」
「それほど難しくはないよ……。
一番の難問は、僕の姉さんの目を、どうやって誤魔化すかだな……」
「それは私が何とかするよ……。
純一君と私でチェスをしていることにするね。『彼が勝つまで止めないって頑張っているんだ』って新田先輩に説明するから、それで大丈夫だよ!」
純一少年は、そんなことで誤魔化せるものか、かなり心配だったが、ここは矢口隊員に任せることにした。
「それじゃ、夜の闇に乗じて、基地から得意のエスケープと行こうかな?」
純一少年はそう言うと、2人を置いて、さっと矢口隊員の部屋から出ようと扉を開ける。しかし、部屋の外には銃を構えた美菜隊員が、あきれ顔で立っていた。
「本当、あなたたちって何考えているのよ? これから宇宙人を、この基地に招き入れるですって?」
「で、どうします? 美菜隊員」
美菜隊員は銃を降ろした。
「責任は取りなさいよ。どうせあたしが反対したって、あたしを気絶させて拘束するんでしょう? 君のことだから……」
「ええ、勿論そうですよ。じゃあ一緒に部屋に戻りましょう。反対されなくても、僕は美菜隊員の唇を奪いたいのですけどね……。ついでに拘束して、目を覚ました後も抵抗できないようにしといた方がいいかな……?」
「変態ね……」
「はいはい、そうですよ。いいでしょ? 美菜隊員は僕の生贄なんだから……」
「仕方ないわね……」
純一少年と美菜隊員は、並んで自分たちの部屋に戻って行った。