夜歩く悪魔(4)
文字数 1,734文字
「純一君、これからは雑談ですけどね。
もし君が、もしですけど……、君が目撃者だったとしたら、君は一体何を見たんでしょうか? 想像でいいから、話してくれると嬉しいんですけどねぇ……」
「いいですよ。想像でいいのでしたら……。
その僕に似た少年は……、面倒なので、僕にしますね、僕は前方の角を右に行った道に怪しい気配を感じました。
僕は直ぐ様、角を右に走り出し、その光景を目の当たりにします……。
そこには、女性の背後から、片手で口を押さえ、反対の手で首を絞めている1人の怪しい女性の姿がありました。
僕は、そいつを殴り倒そうと駆け寄ったのですが、そいつは僕が近づく前に逃げ出しました。そして、どうやったのか分かりませんが、逃げる前、そいつが相手の首を絞めていた右手をすっと引くと、女の首は剃刀で切られた様にザックリと切られたのです。
被害者の女は、頸動脈を深々と斬り裂かれた様で、首からは血が噴き出していました。
僕は躊躇いもせず、逃げた方の女を追いました。それを不満に思っている人も、1名いるみたいですけど……。
しかし、そうまでしたのに、僕は犯人に逃げられてしまったのです……。僕はそっちの方が、大いに不満です!」
「で、他に何か、他に思いつくことは?」
「その時の犯人は女だったんですけど、僕が聞いていた話では、恐ろしい怪物だとか、怪しい幽霊だった筈なんです……。
それから、その女は忽然と消えています。まるで霧散する様に……。
そして、その女から何やら花の匂いがしていました。ただ、僕に分かるのは、その匂いが月下美人の香りでは無かったこと……。
そんなこと位ですかね……。女の顔も良く見えなかったし、背格好も中肉中背。特に特徴無しですね」
「しかし、君が見失うとは……。相手もなかなかですねぇ……」
「ええ、僕も正直、驚いてますよ」
「でしょうね……」
そう言うと、小山刑事は床に置いてあった鞄から、一枚の地図を取り出し、テーブルに広げる。
「これは、本厚木の地図なんですけどね、バツ印が犯行現場なんですよ……。
どうです? 意外と一か所に固まっていると思いませんか? 君だったら、これをどう解釈しますか?」
鈴傳刑事が「おい、そんなことまで」と口にしかかったが、小山刑事が制止した。
地図のバツ印は、確かに繁華街から少し外れた、住宅街の一角を中心に狭い範囲に集中している。
あの様な猟奇殺人が、まだ4、5件とは云え、こんな狭い範囲に、よく集まったとしか言い様のない程、異常な集中だ。
「へ~、面白いですね。僕には2つの解釈が出来ますね。ひとつは犯人のアジトがこの狭い範囲の中にある場合。もうひとつは、その様に見せかけた工作……」
「どっちとも取れると云うことは、手掛かりにはならないですか?」
「いいえ! 非常に興味深い情報です……」
純一少年は二重否定の言葉を口にしてから、その理由を小山刑事に説明する。
「もし前者なら、どうしてそんな、アジトが特定される危険のある、アジト近くで犯行を重ねたのか?
後者なら、どうして、態々そんな工作をする必要があったのか?
もし捜査を攪乱する目的だったら、もっと犯行現場を分散する方が、アジトの特定は難しくなりますし、敢えて別の場所を警戒させてアジトを隠す必要など、現時点では、まだ無いように思えますからね……」
純一少年は口許に不敵な笑みを浮かべ、獲物を狙う隼の様に目を輝かせた。
それを見て、小山刑事は少し考え込む。そして彼は、突然気が付いたかの様に腕時計を眺め、話の終わりを切り出して来た。
「大分、時間を取らせましたね……。最後にひとつだけ、いいでしょうか?」
「どうぞ……」
「君が犯人じゃないとして、この事件の管轄は、警察だと思いますか? それともAIDSだと思いますか?」
「証明できないのが残念ですが、僕はこの事件はAIDS管轄だと思っています……」
「俺もそう思うぜ、小山」
2人の意見を聞いて、小山刑事は満足そうに立ち上がった。そして、純一少年と握手を交わすと、そのまま満足そうに食堂を出ていき、鈴傳刑事と2人、基地の出口となる正門の方へと真っ直ぐ進んで行ったのである。