夜歩く悪魔(1)
文字数 1,325文字
その時、彼の目に留まったのは、AIDS基地の寮のある棟から、正門の方へと歩いていく純一少年の姿であった。
無許可で基地外に出るのも勿論違反だが、
「こんな時間に、何処に行くのだろう?」
下丸子隊員は、純一少年の動きを目で追ってみた。だが彼は、基地の門をさっと跳び越え、そのまま基地の外へと出て行ってしまい、行先を突き止めようにも、もう追い掛けることは出来そうにない。
門を警備していた守衛も、彼の動きの素早さに脱走者がいたことに気付けなかった様で、彼を追おうとする者はいなかった。
こうなってしまうと、下丸子隊員も、その夜はもう何も出来ない。結局、彼は、純一少年の行動に疑念を抱きつつも、眠れぬ夜をひとり、ベッドに潜って過ごすしかなかったのである。
翌日、下丸子隊員は、純一少年を廊下で捕まえると、昨夜のことを問い質してみた。
勿論、彼が本当のことを言う筈もない。だが、単純に彼を侵略的宇宙人と決めつけ、射殺する勇気もない。結局、下丸子隊員は質問すると云う、一番解決にはならないであろう方法を選択したのである。
彼には以前、敵の捕虜になった時、沼部隊員と2人して助けられたことがある。
沼部隊員にその話をすると、「あれは純一君とは別人だ……」と彼は言うが、間違いなくあれは純一少年だった。
彼には得体の知れない、何かひとに言えない特別な秘密がある……。
「純一君、君……。昨日の晩……」
「あれ? 見られちゃいました? う~ん、不味いなぁ……」
純一少年は、意外と簡単に無断外出したことを白状した。
「実はね、矢口隊員の弟さんの渡君、彼の情報なんですけどね。
本厚木界隈に出るらしいんですよ……。
夜な夜な、街を徘徊し、人間を襲って命を奪っていく恐ろしい魔物が……。
で、僕は、そいつを捕まえようと考えていたんですけどね……」
「本厚木の通り魔殺人のことを言っているのかい? まさか、君、そんな噂話を信じているんじゃないだろうね?」
「半分信じていますよ。それに、少し気になることがあるんです」
「気になること?」
「ええ、被害者の体から、花の匂いがするって言うんです。もし、それが月下美人の香りだとすると、僕には思い当たる節がある」
「君の知り合いの宇宙人に、そんな奴がいるって言うのかい?」
純一少年は、下丸子隊員の言葉に思わず笑い、それが治まってから話を続けた。
「僕に宇宙人の知り合いはいませんよ……」
彼は、そこから先の決意は自分の心の中に止め、下丸子隊員には伝えなかった。
「夜な夜な街を彷徨い、人間の生気を奪う魔物。僕が知っているのは大悪魔だ。この世界の
彼女
が、人間を襲う魔物だとしたら、僕は彼女
を倒さなければならない……。どんなに恐ろしい強敵だとしてもだ!」下丸子隊員も、純一少年とは別の決意を固めている。
「今晩は、彼に悟られない様、蒲田隊長に外泊許可をとり、彼が何をしようとしているのか確かめよう……。それが結果、彼女を悲しませることになるとしてもだ!」
2人は、お互いに、その後は何も語らず、それぞれの持ち場へと戻っていった。