愛されない組織(4)

文字数 2,289文字

 最近、純一少年が1人で当直をしていても、美菜隊員が確認に来ることは殆どない。
 根底には、婚約者である純一少年への信頼があるのだろうが、ここ数日に関して言うと、彼女自身の疲労の蓄積が、多分に影響していることは否めない……。
 主に連絡係をしていた美菜隊員ですら、これなのである。スクランブル発進に参加するメンバーのストレスと疲労は、もう限界を越えるものがあった。

「皆、疲れが溜まっている……」
 美菜隊員が来ないことに、少し寂しさを感じながら、純一少年は独りごとを呟く。

「でも、どうして人間って、こんなことするのだろう? こんなことしたって、政府の対宇宙人防衛費が、無駄なフライトで消えるだけじゃないか……。
 もし、AIDSの不要論を訴えるのだったら、AIDSには、すべき仕事が無いことを証明する……。即ち、僕たちに、仕事をさせない様にしなきゃ駄目だろう……。
 それとも、僕たちを疲れさせ、事故でも起こさせたいのかなぁ……。
 不祥事が起きたら、確かに不要論の追い風にはなるけど、その不祥事で、誰かが死ぬかも知れないし、最悪、町が消滅してしまうかも知れないんだぜ……。
 そうなったら、彼らの言う通りAIDSが無くなって予算を節約できたとしても、本末転倒……、復興に掛ける費用だけでも、AIDSの何年分もの予算になってしまうんじゃないのか?
 ま、僕の方は、AIDSなんかさっさと辞めたいから、基地が無くなってくれる方が、寧ろ嬉しいんだけどね……」

 その夜は、幸いなことに、スクランブル発進の要請は1件もなかった。

 翌朝のことである。
 純一少年が矢口隊員と交代後、徹夜明けの仮眠を取ろうと部屋に戻ろうとした時、玄関前で沼部隊員と鵜の木隊員が言い争いをしているのに出くわした。

「どうしたんです?」
 純一少年が声を掛けると、鵜の木隊員がやって来た彼に事情を説明し、純一少年に同意を求めてくる。
「もう限界だぜ。純一もそう思うだろう? きっと純一が会った少年は、何か知っているんだと俺は思う。無駄足だっていい。このまま何もしなけりゃ、何も変わらないじゃないか? そして、いつか大事故が起こる様な気がするんだ……」
「そんなことは許さない。鵜の木がどう考えようが、市民に迷惑を掛ける行為を見逃す訳にはいかない。第一、隊長の指示も無しに行動を起こすことは規律違反だ」
「今日、俺は非番だぜ。休日の行動に隊長たちの指図は受けたくないな。
 俺だって、休日は一般市民だ。行動の自由くらい認められてもいい筈だろう?」

 確かに、鵜の木隊員の方が筋が通っている。AIDSクルーとしての良識の範囲内であるならば、休日の行動について、誰であっても個人の自由を否定されるものではない。
 だからであろうか、沼部隊員は口調を改めて、鵜の木隊員の説得にあたる。
「鵜の木、俺は一度だけだが、お前の言葉に感動したことがあった。お前はこの純一君に『AIDSの隊員は百万回偽情報で騙されたとしても、その次も信じる』と言ったんじゃないか? それが、俺たちの誇りだったんじゃなかったのか?」

 これには、鵜の木隊員も思わず黙り込んでしまう……。

 そう、あれは随分昔、まだ純一少年の正体も分からない中、鵜の木隊員と純一少年の2人で、箱根までドライブに行った時のことだった……。
 鵜の木隊員は宇宙人の疑いのあった純一少年を信じ、侵略者の基地を破壊した。純一少年にも懐かしい思い出だ。

「ああ、そうだな。理屈じゃないな。俺たちの誇りだったな……」
 鵜の木隊員には、沼部隊員の言葉には感じる物があったのだろう。彼もその怒りの鉾を納めた様だった。
 だが、そうは言っても、この状態が続けば、彼らも正常な精神状態を維持できなくなり、感情のコントロールも乱れてくる。
 彼らが暴動を起こすことは流石に無いだろうが、ミスによる事故を起こさないとは、ちょっと言えなくなってしまう。

「だったら、純一がデマだって判断したら、あたしと純一だけで出るよ。それで、(みんな)は休んでて……」
 陰で聞いていたのだろう、美菜隊員が玄関前に出て来て、一つの提案をした。
「新田……」と沼部隊員。
「純一、いいよね。デートも兼ねて、ガルラで空のドライブしよう? デマの際の出撃なら、純一も安心でしょ? お転婆な婚約者が、そんなんで殉職する心配もないし……」
「勿論、OKですよ。元々、僕は宇宙人となんか、闘いたくないですし……。それに、宇宙人の襲来なら、僕は数日先まで検知できますからね。その日まで、(みんな)には、休養を取って貰っていても大丈夫です」

 済まないと思いながらも、沼部隊員も鵜の木隊員もそうして貰いたいと思った。いや、もう、そうするしかないと判断した……。

 ここにいる者は、全員納得できた……。
 あとは、それを蒲田隊長に進言して、了解を得るだけだ。そして蒲田隊長も、恐らくその意見に反対はしないであろう……。

 反目がなくなり、少し余裕が出来てくると、鵜の木隊員はいつもの様に、少し下品な冗談を交えてくる。
「2人で空のデートは良いけどな、空の上でHなことはするなよな……。ガルラが墜落したら困るだろ?」
「あら、駄目かしら……?
 ガルラには自動操縦機能があるじゃない? それに、ベッドや、シャワー室だってあるし。ホテル代わりにしても、何も問題ないんじゃない?」
 美菜隊員はそう言って、何程のこともないと云った表情で笑みを浮かべた。
 沼部隊員は「女は覚悟を決めると、男以上に肝が据わって来るよな……」と、口許から思わず苦笑いが溢れる。

 純一少年も、偶然だが、丁度沼部隊員と同じ様なことを考えていた。
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

小山刑事、鈴木傳吉(鈴傳)刑事


刑事さんたち。小山刑事は警視庁捜査一課の刑事さん。鈴傳刑事は神奈川県警に所属している。

パク郎


下丸子隊員の知り合いの飼い犬。嗅覚は優れているが、誰にでも懐く、番犬としては役に立たない犬。

新田有希


新田純一と美菜の娘。

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