鏡の国のカマタ(4)
文字数 1,614文字
「恐らく、ミラーマンは鏡像になっている。エイリアンは鏡像になっていない。しかし、それはあくまで仮説だ……」
「ただ考えているだけでは、先に進めない。兎に角、情報を集めるのだ……」
「ミラーマンとは、NPCなのだろうか? 自分と自由な会話は可能なのか?」
「自分は、まだ何も分かっていない……」
彼が基地内を歩き回っていると、散歩から帰った美菜隊員が、玄関ロビーを丁度歩いて来る処だった。
彼女ひとり。今は、純一少年はいないし、パク郎の姿もない。服装だって先程と同じ様だ……。しかし、何処か違和感がある。
「新田隊員……」
「隊長、お疲れさま」
彼は、美菜隊員を注意深く観察しながら、何か、何処かにヒントがあるのではないかと、彼女との会話を続けた。
「純一君はどうしたんだい?」
「忘れたんですか? 『ペットの飼育厳禁』って言ったのは蒲田隊長ですよ。彼はパク郎を返しに行きました。小一時間は帰って来ないと思います」
「成程……」
彼は、美菜隊員に、それ以上は何もしなかった。と云うより、
何か
をすることが出来なかった。しかし、美菜隊員に感じた違和感……。
それに何故、2人一緒でなく、純一少年だけが犬を返しに行き、彼女は1人で基地に戻って来たのか?
結局、美菜隊員への、彼の疑惑が消えた訳ではなかった。
彼は、地下の射撃練習場へと移動した。そこには、時間さえあれば射撃練習をしている男がいる筈だ……。
「いた……。鵜の木和志だ」
鵜の木隊員の射撃も、物凄い違和感を彼に感じさせる。
鵜の木隊員の射撃練習を数分見ていて、彼は違和感の正体に気が付いた。右利きの鵜の木隊員が、左手で銃を撃っているのだ。
鏡に写った反転画像と考えると、その図は途端に普通に見えてくる。
「美菜隊員への違和感もこれか……」
確かに良く考えると、服装などポケットなど左右が反転していたし、表情もいつもと異なっていた。恐らく、これも、左顔と右顔が逆になっていたからであろう。
「寧ろ、違和感を感じない奴がエイリアンであると考えた方が良いのかも知れんな……」
彼はそう呟くと、射撃練習場を後にした。
作戦室には、沼部隊員と下丸子隊員が宿直とも云うべき位置付けで、連絡係兼任で待機を続けている。
「沼部、下丸子、お疲れさん」
「どうです? 楽しむことは出来ましたか、暇ってやつを……」
沼部隊員の台詞に、今の状況を示し反論しようかとも彼は考えたが、常識人の沼部隊員では、まずこの状態を信用して貰えないだろう。それに、下手をすると、彼自身の精神状態の方を疑われてしまう危険がある。彼は無難な答えを返すことにした。
「そうでもないな……」
「でしょうね。隊長は暇に慣れていないからですよ。少しはそう云うのにも、慣れた方がいいんじゃないですかね」
沼部隊員はそう言ってから、背凭れに寄り掛かりながら大笑いをしている。彼はそれを耳にしながら、無言で作戦室を後にした。
「どうすれば、エイリアンとミラーマンを区別できるのだろう……?」
彼は少々途方に暮れて、玄関ロビーのソファに腰を掛けていた。
兎に角、絶対的な確信がなければ、仲間を撃つことなどは出来ない。疑わしいでは駄目なのだ。左右が逆だとか、違和感があるだとかでは、絶対に駄目なのだ。
偶然に撃った相手がエイリアンで、自分がこの世界から脱出できたとしても、それでは彼自身が自分を許せない。自分が助かりたい為に、仲間を撃ったと云うことと、それでは何も変わりがないのだ。
「自分の部下の隊員でなければ、職員であるならば、自分は撃てるのか……?」
矢張り、それも彼にとっては許しがたいことであった。赤の他人を撃つよりは、仲間に銃を向けた方が自分としては寧ろ潔い。
かなり長い間、そこで頭を抱えていたのだが、そんな彼に、基地の正門から入って来る1人の隊員の姿が目に写った。
純一少年……、要鉄男であった……。