夜歩く悪魔(10)

文字数 1,169文字

「どうしたんです? 生気を吸い取るんじゃなかったんですか?」

 純一少年の顔は、悪魔の右手に隠されていたが、その奥に彼の嘲笑を浮かべた表情があるのは明らかだった。
「お、お前は……?」
「悪魔は、悪魔の生気は吸えないんですよ。そんなこともご存知ないのですか?
 悪魔の生気を吸うのにはね、琰と云う、特別な法具が必要なんですよ……」

 純一少年は、彼の顔を覆っていた不気味なマスクを左手で掴んで毟り取り、そのまま、それを手の上で炎に包み込み、黒炭にしてからぐっと握り潰した。
 そして、自信過剰だった愚かな悪魔の、呆然とした顔を満足そうに眺める……。

「どうしたんです? 逃げないのですか? だったら、今度は僕の番ですね……」
 追い詰められた悪魔は、もう逃げることなど出来はしない。彼の足は、既に鉛の様に重くなっていたのだ。
 そして少年は、懐から15センチ程のお守りの剣を取り出し、剣を鞘から抜く。
 そうして、(おもむろ)に、その刃の付いていない剣の刀身を、大悪魔の額へとそっと押し当てたのであった……。

「これで、終わりだ……」

 純一少年がマンションに戻ってみると、既に謎の女性と水棲人の姿は無く、そこには唖然として座り込んでいる下丸子隊員と、彼の足を人懐こそうに舐めているパク郎がいるだけになっていた。
 ただ、彼女がいた証しとして、下丸子隊員の首には、赤い口紅で出来たキスマークがしっかりと付けられている……。

「下丸子隊員、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。命の方は大丈夫な様だ……」「……」
「彼女を追いかけようとしたんだが、腰が抜けたのか、全然力が入らない……」
「盈さんが何かしたんですね……。少し休めば大丈夫ですよ。
 あの人、根は悪い人じゃないんですけど、直ぐ人を脅かすんです……」
「盈さんって言うのか……。美しくて、恐ろしい人だね。彼女は……、彼女は人間なのかい? それとも宇宙人なのかい?」
「う~ん……。彼女、宇宙人では無いんですけど、それ以上ですね……」
「それ以上か……」

 下丸子隊員の回復を待つまでの間、純一少年が、そのマンションの内部を見回していると、洗面所に、凶器として使用された髭剃り用の剃刀と、ダマスクローズの香りのオードトワレの瓶が置かれているのが目に入った。

「結局、単に大悪魔(やつ)の趣味だったと云うだけのことか……」

 そして、その翌日……、
 鵜の木隊員が寮を出る時、新田姉弟の部屋から大声が漏れ聞こえて来る。
 鵜の木隊員が首を捻った様に、その内容までは彼に聞き取れなかったのだが、それは、実はこんな台詞だったのである……。

「純一! 君、下丸子隊員と何処で外泊したの? 花火大会なんて、どこでもやっていなかったじゃない!
 下丸子隊員は、何か、妙に、ニヤけた顔をしているし……。
 それに、なんで君の服から香水の香りがするのよ? ちゃんと説明なさい!!」
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

小山刑事、鈴木傳吉(鈴傳)刑事


刑事さんたち。小山刑事は警視庁捜査一課の刑事さん。鈴傳刑事は神奈川県警に所属している。

パク郎


下丸子隊員の知り合いの飼い犬。嗅覚は優れているが、誰にでも懐く、番犬としては役に立たない犬。

新田有希


新田純一と美菜の娘。

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