迷子の宇宙人(1)

文字数 1,750文字

「ねぇ、純一君……」
 一人でいる処を見計らっていたのだろう、作戦室に向かう通路を歩いていた純一少年に、後ろから、矢口ナナ隊員が声を掛けてきた。
 純一少年は、過保護と云うほど姉の美菜隊員に四六時中見張られている。恐らく、トイレから戻る時くらいしか、他人が話しかけるチャンスはない。
「何ですか?」
「ちょっと相談事があるのだけど……。私の部屋に今晩来てくれないかな?」
 彼は今、魔封環という腕輪を嵌めていて、この誘いが安全なのか、危険なのか? 判別が付かない。
「僕は別に構いませんが……、いつ頃がいいですか?」
「いつでもいいよ。ご免ね……」
 丁度その時、彼の姉、新田美菜隊員が心配し、彼を探そうとして、作戦室から顔を出した。それを見た矢口隊員は後ろを向くと、作戦室とは反対の方へ、小走りに去って行ってしまう。
「どうしたの? 純一」
「いや、何でもないです」
 美菜隊員の質問に、純一少年は適当に言葉を濁した。

 本日の職務を終えて部屋に戻る際、純一少年は自分の部屋に直接向かうのではなく、そのまま矢口隊員の部屋に寄って見ることにした。美菜隊員は丁度当直で、まだ作戦室に残っている。
 彼は矢口隊員の部屋の前まで来ると、まず腕輪を外していることを確かめてから、彼女の部屋のドアを二回ノックした。
「矢口隊員、僕です、純一です」
「開いてるよ、入ってきて」
 部屋の中から矢口隊員の声が聞こえる。彼はこの部屋に特に危険が無いことを確認すると、扉を開いて中に入った。そこにはリビングのソファに腰かけた、私服に着替えた矢口隊員の姿があった。
「ご免ね、迷惑じゃなかった?」
「別に迷惑じゃないですよ……。で、どうしたのですか?」
 彼の質問に、矢口隊員はひどく話辛そうにもじもじしている。それでも意を決したのか勢いをつけて話を始めた。
「あのね、この子のことなんだけど……、どう思う?」
 彼女が指差した(かた)には、少し河童に似た、学童位の年齢の子供が、不安そうにして立っている。その子に気がつかなかった自分の迂闊さに、純一少年は愕然とした。
「矢口隊員、この子、どうしたのですか? どうしてここに?」
「それがね、この子、宇宙人らしいんだ。お父さんとお母さんと(はぐ)れちゃったみたいで。それでね、実家に帰った帰り道、この子に『助けて欲しい』って頼まれちゃったのよ。純一君は、この子が宇宙人だからって、そう云うの気にしないよね? この子、大丈夫だよね? スパイじゃないよね?」

 どうやら矢口隊員は、純一少年を宇宙人だと思っているらしく、宇宙人の純一少年なら、宇宙人だからって差別しないで判断できると思って相談してきたらしい。
 そう期待されているとなると、AIDSの隊員としての常識的な判断を伝えても仕方がないだろう……。
 純一少年は『自分は宇宙人ではないのだが……』と思いながらも、「僕が見た感じでは、単なる迷子にしか見えませんね」と、矢口隊員に答えた。
 勿論、純一少年は「何故なら、自分がこの子に脅威を感じない……」とまでは、伝えはしない。そして、そんな話は彼女も期待してはいなかっただろう。
「良かった! 純一君も、そう思ってくれるんだね!!」
「でも……、どうするのです? (そもそも)、どうやって基地(ここ)に連れ込んだんです。矢口隊員は、どうしたいと思っているんです?」
 少々興奮した純一少年は、矢継ぎ早に質問を繰り返した。それは彼自身、怒った様に聞こえたのではないかと心配するほどだった。
 しかし、矢口隊員は、ニヤニヤしながら少しも動ぜず、マイペースで自分が答えたい答えだけを返した。
「出来れば、純一君の不思議な力で、この子のご両親を探して貰って、宇宙に返してあげられたらいいなと思っているのだけど……。駄目かな?」
 良識的な判断なら、この事を蒲田隊長に伝え、判断を仰ぐのが正解だろう。だが、そんなことをして、自分を頼ってくれた矢口隊員を、窮地に落とすのも面白くない。
 彼女はAIDS隊員としての責任より、彼女自身の気持ちを優先した。基本はアウトローの純一少年にとって、このルール違反は非難すべきことではなく、愛すべき行動であったのだ。こうなると彼も、この信頼に応える必要がある。
「分かりました。でも内緒ですよ。こんな事がばれたら、二人して懲戒免職ですからね」
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

小山刑事、鈴木傳吉(鈴傳)刑事


刑事さんたち。小山刑事は警視庁捜査一課の刑事さん。鈴傳刑事は神奈川県警に所属している。

パク郎


下丸子隊員の知り合いの飼い犬。嗅覚は優れているが、誰にでも懐く、番犬としては役に立たない犬。

新田有希


新田純一と美菜の娘。

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