夜歩く悪魔(5)
文字数 1,396文字
「姉さん。休暇日ですし、僕、今日外出しようと思ってるんです……。済みませんが、一緒に外出できませんか?」
「え、困るわ。今日は忙しいの……」
突然、外出相談を受けた美菜隊員は、いかにも困った様な表情で、その純一少年の要望を却下した。しかし、それを後ろで聞いていたのか、下丸子隊員が現れて口を挟む。
「僕が行こうか? 有給余っているし……。蒲田隊長に相談してOKだったら、僕と一緒に行こうよ。それとも、僕じゃ嫌かい?」
「いいえ、そんなことありません。有難うございます。是非、お願いします」
美菜隊員は、純一少年の監視が出来なくなるこの展開に、かなり不安を感じている。だが、下丸子隊員のいるこの場所で、それを表立って口にすることは出来なかった。
「で、純一君は何処に行きたいんだい?」
「海老名か本厚木のデパートに行きたいんです。ちょっとアロマテラピーってのに興味が出来て、確かめたい匂いがあるんです」
「ほう……。ところで、僕が君の探している匂いを当ててあげるよ。それは、ダマスク系の薔薇の香りじゃないかな……?」
「ダマスクローズ?」
「ああ……。でも、丁度良かった、僕も確かめたい匂いがあってね……。
それが分かるか分からないが、月下美人って言うのは、どんな香りがするのか、ちょっと確かめたい気になっていたんだ……。
少し、待っていてくれないか? 蒲田隊長に許可を取ってくる」
下丸子隊員はそう言うと、作戦室の方へと歩いて行ってしまう。それを見ながら純一少年は「お願いします、下丸子隊員……」と小声で呟くのだった。
こうして、純一少年と下丸子隊員は、2人そろって原当麻駅から電車に乗り、海老名に向かった。
原当麻から海老名までは、相模線と云う、首都圏にしては酷くローカルな感じの電車を利用する。その殆ど乗客のいない車内で、下丸子隊員は純一少年に話を始めた。
「ところで純一君、君は『被害者は助からない』って断言してたよね。あれ、どうして言い切れたんだい?」
「……」
「僕はあの時、被害者の出血が、妙に少ないのが気になっていてね……。もしかすると、被害者は既に死んでいて、死んだ後に首を切られたんじゃないかって思っている。
君はそのことが分かっていたんじゃないのかい?」
純一少年は、その質問にも答えなかった。だが、「そんなこと、分かる訳ないじゃないですか……」と彼は否定をしなかった。下丸子隊員には、それだけで充分、質問の答えになっている。
「純一君、今晩なんだが……。君、外出するのかい?」
「ええ、そんな夢を見る様な気がします」
「夢じゃなくて、本当に外出してみないか? 本厚木の方で、君と花火でも見ようかなと思って、蒲田隊長にも外泊していいか、許可を申請してあるんだ。君さえ良ければ、隊長に連絡するけど……」
「ん? 今頃、花火大会ですか?」
「海老名に僕の知り合いがいてね、そこの犬、パク郎って言うんだけど、彼がとても鼻がいいんだよ。もし、何かの臭いの分かるものが手に入ったら、きっと何かの居場所が分かるんじゃないかな……?」
「流石、下丸子隊員ですね。その花火大会、僕も見学したくなってきましたよ……」
「さぁ、この悪夢に決着を付けようか?」
「正直、この悪夢も飽きて来ましたからね」
2人は顔を見合わせて、にやりと笑った。