愛されない組織(3)
文字数 1,842文字
美菜隊員は作戦室に戻るなり、オペレータ席で寛いでいる純一少年に食って掛かる。
「純一! 君は、今回の出撃もデマだって知っていて、私と替わったんじゃない?!」
「あれ? デマだったんですか? 宇宙船の襲来って通報は……」
それには鵜の木隊員が答えを返す。
「ああ、またシルバーメタルのビニール風船の群だったぜ」
「AIDS反対派のメンバーの仕業でしょうかね、もしかしたら通報したのも、同じ奴かも知れないですね」
下丸子隊員も椅子にどっかと腰を下ろし、疲れた様にそう言い放った。
「ひどいよね~。こっちだって好きで仕事している訳じゃないのにね~」
「矢口は嫌々やってんのかよ」
「鵜の木隊員は好きなの? 宇宙人と闘うのが……」
「いや、そう言うのが、別に好きって訳じゃないんだけどな……」
最後に蒲田隊長が、皆に労いの言葉を掛け、自分の席に着く。
「ご苦労さん。沼部も純一君もお疲れさん」
結局、その日の出撃も無駄足で、大量に飛ばされた風船がレーダーに反応したのと、金属光沢のある飛行物体を、宇宙船と勘違いした一般人の通報によるものとして、原当麻基地の調査は終了した。
だが、それについて、「反対組織に因る作為的なものではないか?」と疑問を呈する声も少なくはない。
確かに、ここのところ、何回かはこの様なデマの通報が寄せられており、AIDS首脳部でも、故意による妨害行為ではないかと見方が大半を占めている。
ただ、実害を受けている原当麻基地自身は、この犯人探しに消極的で、基地の統括管理を任されていた新田参謀も、航空迎撃部隊の蒲田隊長も、特別
それについて……、
彼ら自身が、AIDSでの任務の終活をしているからで、今更AIDSの存在意義を主張する気が無いのだと言う者も、全く無い訳ではなかった……。
そんな、終活云々の話が出て来る理由は、AIDSの激務にある。
AIDSクルーの緊張によるストレスは、計り知れないものがあった。
戦闘時のミスは、即刻死亡事故に繋がるし、自分が死ぬのみではなく、市街地に墜落すれば、多くの市民の命も同時に失われることになる。
それは演習中だとしても同じこと。
演習とは云え、墜落事故など重大なミスは、一般人を巻き込む大災害の恐れがある。
仮に、事故にならない小さなミスだったとしても、AIDSクルーのミスは新聞沙汰の不祥事となり、社会的には決して許されるものではない。
まぁ中には、純一少年の様に、全く緊張感のないクルーもいるが、通常は24時間緊張の連続で、そのストレスの為に病気になる者も少なくはない。
新田作戦参謀も、蒲田隊長も、そのストレスに耐えかねて、侵略的宇宙人に対する闘志が失われてしまい、遂に現役を引退しようとしてるのではないか?
そして、彼らの闘いのアルバムとも云うべき、この原当麻基地を閉じて、最後の時を共に迎えようとしているのではないか?
そう考える者もいる。
実際、闘志が薄れたと云うことだけなら、全く無かった訳では無いだろう……。
彼らも毎年、一歳ずつ年を重ねる。年齢に反比例して体力も気力も衰えていく。それも仕方のないことだ。
新田武蔵に至っては、もう還暦まで10年を切っている。彼には養女とは云え、愛する娘がおり、彼女の結婚も近いうちにある。彼が、孫の顔でも見ながら平和に暮らす夢を見ても、何も不思議なことではない。
蒲田禄郎も、隊長の激務に全身が悲鳴を上げている。もう、何時リタイアしても誰も無責任と責めはしないだろう……。
しかし、蒲田隊長たちが犯人探しに消極的な理由としては間違っている。
彼らは市民の敵ではないのだ……。
市民を糾弾することは、新田作戦参謀も、蒲田隊長も、例えどんな被害を受けていようとも、それをすることを好まない。
それが、自分たちの組織を否定する意見の持ち主だったとしても、市民に怒りを向けることが彼らには出来なかったのである。
それは、他のAIDSクルーには分からなくても、航空迎撃部隊のメンバーには良く分かっている。彼らも上司の影響からか、根本となる思想に違いが無い。
ただ、それだけに、市民による彼らへの仕打ちは、メンバーにとって、裏切られた感が強い。それは怒りではなく、寂しさとして彼らの心に刻まれていく……。
その日は、そう云う悶々とした雰囲気の中、宿直の純一少年を残して、航空迎撃部隊は早々に解散した。