新田家の惨劇(6)

文字数 1,796文字

 惨劇のあった新田家の玄関先には、砕き氷状になった血肉や骨が、人間1人分、広範囲に巻き散らされている。
 そして、そこには、それをした園児が1人、唯、無表情に立っていた……。

「有希ちゃん……」
 驚きの声を上げる母親に、有希は大人びた表情で事情を説明する。
「ご免ね、ママ。今まで黙っていて……。でも、大悪魔って話は、ママもあたしに話してたんだよ……。
 最初、どうして(みんな)、話しているのに聞こえない振りしているんだろうって、ずっと思っていたの……。
 それで一度、盈小母さんに聞いてみたんだ。そしたら、あたしの大悪魔としての能力らしいって……。他の人は、口を開かないで話す話は、聞こえないんだって。そっちだと(みんな)、本当のことを言うのにね……。
 盈小母さんは『大悪魔なら、私の力を受け継げ』って、あたし用の水晶玉を作って、それを使わせてくれた。そして、指切りをしたの。能力は大悪魔にしか使わないって。
 あと、盈小母さんは、色々な事を教えてくれたよ。水晶玉の作り方とか、魔法使いの呪文とか……」
「有希ちゃん、あなた……」

 有希は、美菜の心の声を聞き取った。
「あなた、大悪魔なの? 人間じゃないの? だから……大悪魔とは云え、パパの姿をした人を、眉ひとつ動かさないで粉々にして殺せるの? あどけない顔をしながら、今まで、あたしを騙していたの? 怖い! 怖い! あたし、この子が怖い!!」

 有希は母に尋ねた。
「ママ、有希が大悪魔じゃ駄目? ママの子でいられない?」
「有希ちゃん、ママは自信がないの……。これから、あなたを育てて行けるか……」
「有希、ずっとママの子でいたい。魔力を使っちゃ駄目なら、絶対使わない」

 美菜は、悲しみか何か分からないが、興奮のあまり、目から涙が溢れ出していた。
「パパも昔、あたしにそう言っていた……。でも、結局パパも能力を使ったわ。有希ちゃんだって、我慢できないよ……。
 あたし、あなたを怖くて叱れない。あなたと本気で喧嘩することなんて、ママは怖くて、もう出来そうもない……」

 有希はそれを聞くと、こくっと下を向いた。母の口から出ている言葉は、母の心の声と全く違いのないものだった……。

「分かった……」
 有希は美菜の脇を通り、玄関を入って行くと、自宅の奥へと戻って行った。
 美菜は、涙が溢れない様に上を向いていることしか、何も出来ることがなかった。

 少し経ったあと、有希が着替えを終えて玄関までやって来た。リュックサックに幾つか荷物を詰め込んでいる様だ。
「ママ、元気でね」
 有希はそう言うと、下を向いたまま美菜の脇を抜けて、外へ行こうとしている。
「有希ちゃん、何処行くの?」
「どっか遠く……。多分、別の時空……」

 美菜は、そんな有希の背中に、涙声で言葉を掛けた。
「有希ちゃん。ママ、もう有希ちゃんを、ちゃんと育てられないかも知れない……。
 でも、もう少し一緒にいてくれないかな?
 あたし、有希ちゃんがいなくなったら、やっぱり、とっても寂しい……。
 ちゃんと叱れない、駄目なママだけど、許してくれないかな? 叱る時は、パパに頼むから……」

 有希は立ち止まりはしたが、そのまま振り返らずに言葉を返した。
「有希、ママを殺しちゃうかも……」
「それでもいいよ……。それでも、有希といたいもの……」
「ママの子でいていい?」
「有希はママが生んだ子だよ。有希はずっとママの子だよ……。
 今までも、これからもずっと……。
 もし、この家が嫌になって出ていっても、それは変わらないんだよ。でも、今はまだ、一緒にいて欲しいんだ……」
 有希は振り返ると、何も言わず美菜の方に突進して行き、その勢いのまま、彼女の腰にしがみついた。そして、そのまま声も立てず涙を流し続けている。

「有希、お家に入ろう」
 美菜は有希の肩に手をかけ、家の中に入る様に促した。有希もこくんと頷く。
「でも、有希ちゃん、強いね。ママ、驚いちゃった……」

「あの小母さん、誰も愛してなかった。
 盈小母さんが言っていた……。
『誰かに愛されている間は、自分は決して負けない。だから、自分を愛して貰える様に、私は皆を愛するんだ』って……。
 有希、パパもママも大好き。幼稚園の先生も、お友達も、(みんな)大好き。有希、(みんな)に愛されたいから、(みんな)を愛するの。だから……」
「そうだね。そうだよね」

 美菜と有希は、涙でぐちゃぐちゃの顔をしたまま、お互いを見つめ合って笑った。
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

小山刑事、鈴木傳吉(鈴傳)刑事


刑事さんたち。小山刑事は警視庁捜査一課の刑事さん。鈴傳刑事は神奈川県警に所属している。

パク郎


下丸子隊員の知り合いの飼い犬。嗅覚は優れているが、誰にでも懐く、番犬としては役に立たない犬。

新田有希


新田純一と美菜の娘。

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