夜歩く悪魔(2)

文字数 2,309文字

 下丸子隊員は、原当麻基地正門の外にある物陰に身を潜め、純一少年が現れるのを夕暮れの頃から待っている。時刻は……、もう夜中の12時を廻った頃だろう。

 思った通り、純一少年は正門を跳び越えて基地から抜け出して来た。

 作戦室での彼は、何をさせても不器用な奴で、ずっと黙って作戦室の椅子に腰掛けているだけの子供だ。運動も苦手そうだし、勉強も得意ではなさそうに見える。
 彼の長所と云えば、我慢強いこと……。
 誰からもそう見えた。

 だがそれは、このハードルより高い鉄製の門を、彼が軽々と跳び越えたことで、全て演技であったことが証明された。そして……。

 純一少年を見失った時、下丸子隊員は少年が常人でないことも理解した。

 そこは、隠れる場所のない一本道の筈であった。だが、下丸子隊員がそこに行ってみても、遥か前方も含め、彼の姿は、もう何処にも見当たらなかったのである。
「まかれた……か。仕方ない。本厚木でも行ってみるか。彼が本当にそこに行ったと云う保証など、何処にも在りはしないが……」
 下丸子隊員は、自分に言い聞かせる様にそう口にすると、携帯を取り出し、タクシーを呼ぶアプリを起動した。

 本厚木に着くと、下丸子隊員は先ず、市街から少し離れた住宅街の辺りを彷徨(うろつ)いてみることにした。
 もし、彼の言ったことが本当なら(それも信用できない話ではあるが)、純一少年は通り魔犯を追っている……。
 ならば、彼は人気のあまりない路地や、寝静まった住宅地を探索している筈だ。

 そう思った下丸子隊員の推測だが、彼の疑念に反し、いとも簡単に的中する。
 下丸子隊員が少し歩いただけで、彼は純一少年の姿を見い出すことが出来たのである。

 少年は、繁華街から離れた住宅街の中を、何かを求める様に歩いていた……。

 実際のところ、下丸子隊員が彼を見つけたのか、彼が態と下丸子隊員に見つかる様にしたのかは定かでない。
 純一少年ならば、下丸子隊員がそこにいることも分かっていただろうし、下丸子隊員が彼を追っていることも知っていた筈だ。
 それを、どうでも良いと純一少年が考えたのか、それとも、下丸子隊員に見て貰いたいと願っていたのか、実は純一少年自身も、分かってはいなかったのではなかろうか?

 そんな彼が、突然走り出した。
 勿論、下丸子隊員から逃げる為ではない。
 純一少年は十字路を右折した。下丸子隊員も無言で後を追う。
 下丸子隊員が右折した先で見たものは、純一少年の走り去る姿と、首の左側の動脈を切られたのだろうか、血をドクドクと流して仰向けに横たわる女性の姿だった。
 下丸子隊員は一瞬躊躇した。しかし、直ぐ彼は純一少年の追跡を諦め、警察と救急車の手配を優先することにしたのである……。

 一方、純一少年は女を追っていた。
 純一少年はその女に追いつくと、引き留めようと女の手を掴んだ。しかし彼女は、そのまま路地を、左へと曲がって行ってしまったのである……。

「手がすっぽりと抜けた。まるで、トカゲの尻尾の様に……」
 純一少年はそう言って、握っていたその手を投げ捨てた。そして、彼女の後を追って路地を曲がる。しかし、そこにはもう、誰1人いなかった。そう、煙にでもなって、消えてしまったかの様に……。

「純一君!」
 やっと追いついた下丸子隊員が、純一少年に非難の声を浴びせる。だが、少年は振り向きもしなかった。
「君が殺したのか?」
「僕じゃないですよ……」と、純一少年は呆然とした表情のまま反論する。
「じゃ、どうして君は逃げ出したんだ?!」
「僕は犯人を追いかけたんです」
「犯人を追いかけた? 仮に、もしそうだとしても、何故、救急車を呼ばなかったんだ? もう少し早ければ……」
「助かりませんよ……。
 あれだけの傷を負ってたのですからね。それに、警察なら下丸子隊員が通報してくれると思いましたから……」
「純一君! 君は!!」
 そう言って、下丸子隊員は純一少年を振り向かせ、彼の襟を掴み上げた。しかし……。

「姉さんの犠牲的ヒロイズムや、下丸子隊員の博愛的ヒューマニズムもいいですけどね。それを、僕に押し付けないでください。正直、迷惑です」
 純一少年はそう言いながら、彼の襟を締め上げていた下丸子隊員の両手を、右手一本で払いのける。そして彼を押し退け、元の少し太い道路の方へと歩き出した。
「邪魔しないで下さい。さっき、あいつが置いて行った右手を探すんです。何か手掛かりになるかも知れませんからね……」

 しかし、幾ら探しても、あの右手は何処にも落ちてはいなかった。
 純一少年は思う。
「あの右手は何処に行ったんだ?
 それに、(そもそも)、あの手は何かで切られたものじゃない。血も出ていなかったし、もっと……、そう、枯葉が自然に落ちた様な、滑らかな、つるりとした切り口だった。 
 あれは一体……?
 そして、消えた女も何処に行った?
 あいつは、間違いなく消えてしまっている。隠れたんじゃない! 脅威ごと消えてしまったんだ!!
 あいつは、正信(チーフ)の使う『瞬間移動』みたいな方法を取ったのか……?
 いや、そうではない……。『瞬間移動』で消えたのならば、もっと、デジタル的に、脅威が瞬間的に消滅する筈だ。
 あれは……。そう、もっと……、アナログ的な変化……、だんだんと薄くなる、そんな感じの消え方だった……」

 下丸子隊員が気が付くと、純一少年は何時の間にかいなくなっていた。どうやら純一少年は、彼の隙をつき、下丸子隊員を置いて去って行ってしまったらしい。
 で、下丸子隊員はと云うと……。
 終電も終わり、こんな深夜に基地に帰る訳にも行かないので、結局、本厚木のビジネスホテルで一夜を過ごすことなってしまったのである。
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

小山刑事、鈴木傳吉(鈴傳)刑事


刑事さんたち。小山刑事は警視庁捜査一課の刑事さん。鈴傳刑事は神奈川県警に所属している。

パク郎


下丸子隊員の知り合いの飼い犬。嗅覚は優れているが、誰にでも懐く、番犬としては役に立たない犬。

新田有希


新田純一と美菜の娘。

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