幕間

文字数 856文字

 父の不在にも慣れた食卓。疲れた様子の母が夕食を食卓に並べ始める。いつもと変わらない日々。少し明かりが暗い夕食。家のチャイムが鳴る。
「はーい……え?」
 玄関に向かった母が訝しげな声をあげる。私は慌ててそちらに向かった。
「慎一君⁉」
「秋元さんですね、すみません、こちらの場所しか分からなかったもので……。蓮さん、いらっしゃいますか」 
 聞き覚えのある声に、私は固まった。間さんに肩を借りて慎一さんが立っている。玄関に座り込む彼に駆け寄り、どうしたの、と尋ねた。
「いや…なんか、道を歩いていたら具合悪くなって、そこでこの方にちょっと助けてもらって。間さんっていうんだけど。」
 確かに彼の顔色は悪い、が。その言い方はまるで、間さんと初対面であるかのような話し方ではないか。私は彼の肩を掴む。
「何言ってるのよ、慎さん──」
「秋元蓮さん。」
 間老人は、低く私の名前を呼んだ。冷たい、灰色の瞳。彼は、一枚の紙きれを私に差し出した。
「お父様に、これらを渡していただけますか。それで、もう、三太郎と小桜の事は──忘れちゃくれませんかね。もし良哉さんが、何か聞きたいとなったとしたら、そこに連絡先は書いてあるので」
 以前より深い煙草の香り。何だろう。空気が違う。私は思わず立ち上がり、彼を真っ直ぐに見据えた。明るい蛍光灯に照らされた、家の日常の外の、影をまとったような来客を。
「……慎さんに、何かしたんですか。」
 母が困惑したように、私達を見つめる。知り合い?と、無言でその目は問うていた。
「何もしやしませんよ。ただ、これっきりにしてください」
「何のつもりですか、脅す気ですか。」
 何が面白いのか、間さんは少し笑った。
「蓮。知り合いなの?夫に何か御用ですか?」
「……少し、私の知り合いが昔、世話になっただけです。失礼いたしました。良哉さん──、良くなるといいですね。」
 一礼して彼は去った。そう口にした時の彼の表情は、陰になっていて見ることができなかった。これ以上、誰も巻き込むわけにはいかない。私は、渡された紙切れを握り締めた。
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