聞書集、雑多メモ用ノート (書き手:堀沼慎一)

文字数 3,443文字

(堀沼慎一のノートより)
 ・赤犬→火付け
 ・あかで→凶器を持った強盗
 ・あかだれ→色情におぼれること
 ・あせごし→農作物を盗むこと
 ・あみだきょう→こんにゃく。
(阿弥陀経の中にニャークーという音が繰り返し出るから)
 ・エンコパン→握り飯
 ・からす→詐欺。
 ・がり→新参者。子供。(がりをくだす、で堕胎する。子供を捨てることか。)
 ・がせつう→偽造貨幣。
 ・がます→あこぎな騙し。
 ・きすごろ→飲んだくれ。
 ・じき→乞食
 ・どんぶり→風呂。板の間かせぎ。
 ・洋服細民→下級サラリーマン
 ・しゃ、のん、みみ、すけ、てら、はな、かぎ、ひょこ。のし。(123456789)
 ・がりまが
 マガリ、マガリマ、借り魔、狩り魔、ガリマガミ、サガリマ、マガツカヒ、マガツヒとも。
負の感情に支配された人、霊魂を一部の人々はこう呼ぶらしい。怨霊の類か。これを身のうちに強く飼う人は同じく、がりまが?が見えるという。負のアウラという奴だろうか。ある人の言うところによると、負の感情が共鳴、共感して増幅するのと同様に力も増す。良心等を強く思い出す事により、がりまがの支配から逃れる人間もいるが稀だという。有名な所では、狐憑きのように血筋に憑くものだとも言われる。→さんさんから。彼の素性は?

〇さんさんについて
・「さんさん」「さーさん」と呼ばれている、多分露天商のような人間。六、七十くらい?
・曰く付きの古品の話を彼はしてくれた。嵌めると老婆の見える指輪、首だけのこけしの話、人の歯が埋められていた焼き物など。
・がりまが、に戻る。禍津日神とは古事記に出てくる災の神だという。そういったものからの由来もあるのでは?
→彼は興味なさげ。以下、会話レコーダー書き起こし。

(雑音)
──がりまがの由来に興味はないのですか?
──由緒や来歴なんぞは、持ってきた瞬間それっぽきゃ、目の前の相手をだまくらかすには十分だろ。調べはしたんだがね。何しろ口伝とか、そもそも大本が何だかわかってねえのさ……。がり、ってのは……俺は子供なんじゃねえかと思ってるんだがな。まがりか下がりか。生きたかった奴ら……が元なんじゃねえかな。
まぁ、大抵の人間は裏の意味なんか考えてねえよ、兄ちゃん。
──僕は好きですよ、来歴。誰かが何かの意図を持って名付けたそれを、後で別の人が一生懸命判断して違う意味だと思ったとしても、何かは受け継がれていく訳ですから。
──それって、結構まずいことだとは思わないのかい。
──僕は他の人と違って、色の見え方がちょっと変なんだそうです。いわゆる、色弱というやつです。貴方のその服が、一般に言われる色の濃い赤なのか、緑なのか、茶なのか、黒なのか、青なのか。僕にはわかりません。人には人の考えやものの見方があって、完全に共有することは出来ませんから。
──へえ、偉いなお前さん。そりゃな。で、お前には見えんのか?
──何がですか?
──がりまがだよ。此処にいんだろ
(僕が振り向く音?)

──え?

(雑音。吐息)
──ははは、そう簡単に引っ掛かるようじゃ、ぺてん師に騙されるぞ。
──あ……ああもう、脅かさないでくださいよ!
──若者を誂うのが、じじいの楽しみなんだとよ、俺も年取ったもんだ。話を聞いた奴は、どうもお家筋……というか、親族に憑くものだとも言ってたが、珍しいもんでもないらしい。執着や憎悪といった心待ちを強く持つと、影だったそいつは力を増し、終には取り憑かれた人間そのものが化け物になっちまうとか……過ぎたる執着は自分すらも食い尽くすってな。仏教説話の派生っぽいんだ。元の話が。
 昔ある武士の一族の兄弟がいたが、その兄は自分の領地を守ることに酷く執着していた。少しでも疑わしいものがいればすぐに殺していた。弟がそれを止めようとしたが、兄は聞く耳を貸さなかった。弟は家臣と話し合い、兄を打った。兄は家臣と弟を末代まで呪うと言い、死に絶えた。実は弟は兄の妻が好きで、お互いに思いあっていた。
 だが妻は兄の子を宿していた。弟は生まれるはずだった子供を、殺したが、妻までも死んでしまった。弟はそれを悔いて、兄夫婦と子供の供養をした。次の妻も、子供を産み死んでしまった。次の妻も。そうして生まれた子供たちは、少しおかしかったらしい。母のように死にたくないと吠え、毒殺を恐れ何も食えなくなり、やせ細って死んだり、墓に埋めたが木乃伊の様になり、出てきて死にたくない、死にたくないと夜な夜な歩き回ったりという、化け物みたいな伝説がある。お前はもう死んでいるのだと敏し、炎で焼いたら消滅したそうだ。
 もう一人は大きくなり女の子と男の子をつくったが、息子に妻を取られるのではないかという妄想が膨らみ、たびたび息子の首を絞めるようになったんだとよ。腕はねじくれ、伸び、巻き付くような化け物になったという。息子が家を飛び出し、獣に食われて死んでしまってからは、元の姿に戻ったらしい。武家の弟は、兄の呪いを恐れ、人の業を嘆き仏門に入り、兄や狂ってしまった一族の菩提を弔うようになったという……そんな由来の寺があるんだよ、無縁仏がやたらと多い。地蔵もな。まあ、その血族はおかしい奴が生まれやすいそうだよ。
──嫉妬や怒りで気が狂うと言うことですね。怒りやすい親の元で育った子供は同じく怒りやすくなるという話もありますし、昔の人が度の過ぎた執着を諫める為に考え出したものなのかもしれませんね。
──ははっ、そうだぁな…放下箸、放下箸……この世は諸行無常、ってな。人、若しくは場所に憑くらしい。がりまがを埋めればそこから動けないから、がりまがを見つけたら村外れの小屋に移し殺して埋めた、なんて話もあったそうだ。分裂するとかしないとか、縛りが緩めばどうだとか、呪われた奴は美しい姿のままとか、人でなくなる代わりに力を得るとか……まあいろいろあるんだがな。忘れちまったよ。
──ううん……矢張り、お家の中で都合の悪い人間を殺す為の言い訳に使われたことも考えられますよね。伝説的に。そういう一族だから仕方ない、その先入観が呪いを産む可能性もあります。また、ただの自然現象や理不尽、誰にでも起きうる精神病などを「呪い」のせいにしてしまえばあきらめもつく。
──そうかもしれねぇな……。あー…ん?なるほどな、そりゃあ彼奴は……ははっ。だが、因果なんてもんはどこにでもある。
──そのお寺を作った弟さんは、どう思ったんでしょうね。
──自分から始まった因果がどうなるかを見届けるまでどこにも行けねえんだとよ。自分と土地が呪縛のかなめだとかなんとか。
──そんな、知り合いの様に言いますね。
──寺の坊主は知り合いだ。人の生き死にに良いも悪いもねえから、生きてやるべきことをしろとさ。投げやりじゃなく、全部がああこれでいい、幸いあれと思えれば勝ちだと言ってたが、まあなかなか、百年以上やったってそこにはなかなかたどり着けねえだろうよ。
──ああ、開祖じゃなくて、坊さんのお話ですか
──……そんなとこかな。
──ありがとうございます、面白かったです。
──学生さんよ、怪談好きも良いが、ちゃんと金儲けの勉強もしとけよ。おあしがなきゃ、話になんねえぞ。
──ああ、はい……最後に一番怖い事言わないでください、
──怪談は老後も話せるが、出世の階段は老後には登れねえんだよ、せいぜい励め。
──はい、また来ますね!就職相談、乗ってください、さんさん。
(録音終わり)

・意外といい人、面白い人、語りが好き?→ただの骨董趣味のおじいさんではない
・ここ何十年か東京を離れていたが、数年前、昔の知り合いが死んで戻ってきたらしい。
・周りの人は、数か月前から現れるようになって驚いたらしい
・昔の人は知っているらしく、彼を「さんさん」(三さん?山さん?)と呼んでいる。
・茶器や壺などいわゆる「骨董」に興味はない。ある古物を探しているらしい。
・僕に対して「学生さん」と呼んでくる。彼曰く、学生にはちゃんと勉強してほしいと、老いぼれは思うもの、らしい。特に、自分の不学を嘆く老人ほど。
 (趣味、雑多メモノートから。)

・骨董品や古書の裏の梵字や模様をがりがりと書き写す民族学選考の学生(僕のことだが!)に引き気味の店主が「ちょっとさーさん、なんとか言ってやってくれよ」と隣の男に声をかけたのがきっかけ。彼はスケッチに夢中になっている僕の肩に手を置き、「店の邪魔だ。あんたみたいな学生が喜びそうな話をしてやるからこっち来い。」と言われる。
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