はざまの会話 其の壱

文字数 1,937文字

──多分あれも、そのうちお陀仏だよ
──真逆。
──本当だ。お前は、はらわたを抜かれたまま生きている自分を訝しむことはないのか。速く死ね。楽だぞ。
──違いねえか。いや、あんたも俺が作り出してる幻かもしれねえ。本当は皆死んじまってて、俺が縋ってるだけかもしれねえ。
──それでも良い、良い。
──そうか。
──まだ、浮かばれんのか、逃れられぬのか。
──俺は消えられねえ、消えたくとも此奴を野放しには出来ねえ、こいつは──誰の言うことも聞かねえから、蓮子さんを探さねぇと……日に日に日向を歩けなくなってくる。呪か心持ちか知らねえが。



 ──あの人はやっぱり、あたしをかわいそうだと思っているのよ。可哀想。可愛い。愛しく想うべし……ふふ。お前死んでも寺へはやらぬ……。焼いて粉にして酒で飲む……和尚さん、身を焦がした女の酒よ、一杯いかが?いっぱい、ええ、沢山いかが。飲まれて溺れて、あたしを食べてくださらない?
──お前は、誰だったかな、五代目の当主の妹か?
──あたしは分からない。あたし達はみんな、狂い桜に埋められた。かわいそうな桜の餌食。花を散らすが好きな男の、刃は紅い華咲かす……。輪廻はくるくる、男を食らう、あはははは、ふふ。
──ああ、ならそれは、五代目の時だ。いや、そもそも混ざっているのか……の、露姫。
──ひとだまふたくせみちあるき、よもつひらさかいつまでむくろ、なくこえはざまのさくらのとおり、れいからひとにまたひとつ……。狂い桜に埋められる子は、きれいなきれいな女の子……。
──お前たちはいつも、「その顔」をしている。

  ◇

──かえりたい。
──何処へ帰ろうと言うのかね。
──かあさんの胎の中へ還りたい、でもかあさんはもう子宮を取ってしまった。あの中は空っぽで、僕の還る場所はない。だから、僕は、ねえさんにお願いしたんだ。僕に胎盤をください。
──姐さんは、何と言ったのだ
──馬鹿なことを言うな、気持ち悪い、きちがいめ!──和尚さん、僕は、僕はきちんと胎児になれているでしょうか、僕の腹から出ているこれは臍の緒なのに、僕のおなかにまた戻っているのです、これでは、僕は僕にしか還れない──嗚呼、かえれ、どこに帰れば、和尚さん、僕のかあさんは、見ませんでしたか。
──お前が、腹を裂いたのだろう。
──あ、あああああああああ、違う、ちがう。還ろう、かえるんだ、あの温かい場所へ
──お前はもう、其処へはどう足掻いても……辿り着けまいよ。

   ◇

──ひとつとせ 人里離れた奥の家 ひとり入るな鬼が住む こりゃ逃げなんせ
ふたつとせ 服を脱がされ転がされ ふいに皮まで剝がされる こりゃ恐ろしや
みっつとせ 蓑を被った伯父様の 右手に見たかよ首がある こりゃ悪いこと
よっつとせ 夜の開ける前に火を消すな 横から死人が入り寄る こりゃ防がんと
いつつとせ 医者を呼ぶより犬隠せ 稲荷の怒りは強いもの こりゃ急ぐぞえ
むっつとせ 無明菩提の難しさ ろくに悟れず経を読む こりゃ愚かさよ
ななつとせ 名無しのあの子はどこへ行く 菜の花片手に人身御供 こりゃ悲しさよ
やっつとせ 八岐大蛇のおそろしさ 焼き打つ炎の広がりは こりゃ神頼み
ここのつとせ ここらでもう目を覚まさねば 起きれば窮地の一つ前 こりゃ夢か否
とおつとせ 弔いの鐘が鳴り響く とうとうあいつも御仕舞か こりゃめでたいな

──蓮子さん、かな。歌が好きか。お前はがりまがではないのかな。
──呪われております。呪われる方も、罪なのでしょう……弔いの鐘が鳴り響く…とうとうあいつが死んだかえ……。ふふ。呪われた方が美しく残るとは、面白いものですね。和尚様。あたくしももうすぐここへ参るのでしょうか……あなたも執心はある。あたしにも。でも、化け物になるほど醜いものではなく──化け物を超えられるほどの形は持てなかった。あの子らは……。
──九代目は。
──祖父と兄と父の混ざった肉塊に。弔いの骨を探し当て、とうとう因果も御仕舞か……そりゃ、そうなったらめでたいね。あの子らは。あたしを見つけて、和尚様。兄さんより早く.それかもう、信じましょうか、あの子らを。
──お前の娘の因果は、何なのだ。あれは。
──あたしと兄とは……その生まれもどうしょうもない。その娘だ。どうしょうもない、どうしょうもないんだよ和尚様。悪くなくてもああなることもある。苦しいねえ、それでも、あんたは偉いねえ……和尚様、愚かな子孫を、恨むがいいよ。
──最後の一人まで、見届けようと思うた。お前は、娘には逢わぬのか。
──あれは、あたしの形見を受け取らなかった。そういうことです。それでいい。あの子は判っている。互いに嫌な思いをすることはないと。それかもう、彼のこと以外はどうでもいいのでしょう。

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