#51 - 教示②

文字数 1,755文字


 夕食を食べて少し仕事をしてお風呂に入ったり一通りを終えてベッドに入った。本を読み始めたが少しすると、今日SHU(シュウ)の車の中で話した事がいろいろ思い出された。
同時にアタシは誠の事を思い出した。
『タイミングは間違えるなよ』とSHU(シュウ)は言った。
アタシは高校生の時、誠のことを好きだったのにちゃんと伝えられなかった。すでに1度タイミングを間違っていたようだ。
アタシは本を読むのを止めてベッド脇のサイドテーブルに本を置いて、代わりにスマートフォンを手にして誠に電話した。
『はい……』
と、寝ぼけた声の彼が出た。
「あ、誠ごめん、寝てたよね。切るよ」
『大丈夫、どうした?』
明らかに寝ていた声だったが、優しい口調で聞いた。
「いろいろあって……」
『おまえのその“いろいろあって”には、昔みたいに付き合ってられないぞ。オレは店の借金返さないとなんねぇし今は自分の事で大変なんだから』
「ごめん、そういうんじゃないの。ただ誠の声聞きたかっただけ」
『ならいいけど』
「明日も海入るから早いんだよね、ごめんね、急に。」
『いいよ、別に。本当にそれだけ?』
誠が心配そうに聞いた。もうアタシの心配はできないと言ったばかりなのに。アタシの言い方も何かあったふうで悪かったと思ったがおかしくて笑った。
「本当だよ。遅くにごめんね。おやすみ」
と、言って電話を切った。切れた電話のディスプレイの時計はまだ22時前だった。
「そんな遅くもねぇじゃん」
思わず独り言が出た。また本を手に取り続きを読んだ。

 次の日、目覚めると誠からメッセージが来ていた。
<何かあったなら言えよ いつでも電話して>
結局彼はアタシを心配しているので返信した。
<高校の時の事思い出して話したくなっただけなの。心配させてごめん。っていうか寝るの早くね?>
<心配させんな この町は早寝なの>
誠はなんだかんだ言って、まだアタシには優しい。それがうれしかった。

 数日たって家で仕事をしていると、昼過ぎに誠から電話が来た。
『オレ、今新宿なんだけど、メシおごれよ』
突然でだいぶ厚かましい連絡だったが
「いいけどぉ……アタシ支度しないとだからどっかにいて」
と、返事をして急いで支度をして新宿まで行った。
会うなりアタシの髪を撫でる。
「ちゃんと手入れしてんな」
と、確認のために。彼は美容師だしアタシには慣れたことだけど、周りからどう見られているかと思うと恥ずかしい。
「誠、仕事は?」
「火曜日」
曜日感覚のないフリーランスのアタシはすっかり忘れていたが今日は火曜日で美容院は休みだった。
イタリアンのランチに行って2人でパスタを食べた。
誠は特に用事があるふうでもなく、くだらない話をしていた。高校の時と変わらず勢いよく沢山食べる姿を見ておかしかった。アタシが笑っていると、
「おまえ、元気そうじゃん」
「え? 病気とか言った?」
「いや、この前の電話さぁ」
数日前の夜、誠の事を思い出して意味深な電話をしてしまったことを言っていた。
「それでわざわざ来たの?」
アタシが思わず聞くと
「そういうわけじゃねぇけど、休みだったから」
と、誠は下を向いたまま言った。
本当に心配するほどの事は何もなくて、思わず電話してしまっただけだと説明した。
きっと心配して会いに来てくれた優しい誠に心が打たれたが、それを見せるのも言うのも恥ずかしかったので
「アタシのも食べる? おいしいよ」
と、聞くと「おぅ」と言ってアタシのパスタの皿を自分の方に引っ張って食べだした。
アタシがよく食べる誠を微笑ましく見ていると、誠が顔を上げて目が合って2人共笑顔になった。こんなこと昔もあったなと、思い出していた。
 誠は本当にランチを食べただけで帰って行った。
貴重な休みにわざわざアタシに会いに来てくれたのは明白だった。
アタシは恥ずかしがっている場合じゃない、タイミングは大事だとSHU(シュウ)に教わったばかりだ。
<ありがとね。会いに来てくれて嬉しかった。>
直接言うのはやはり恥ずかしいのでメッセージを送った。
<素直なおまえ怖いんだけど>
と、ひどい返信が来たが、本心じゃなくこれも彼の照れ隠しだということは解っていた。

 それからアタシと誠は月1度誠の美容院に行くくらいで会うことはほとんどなく、自分の仕事をしてそれぞれの生活をしながら、たまに電話したりメッセージをやりとりしていた。
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