#26 - 怠惰

文字数 2,713文字

※ 映画“アリスの恋”(1974年)のネタバレがあります。

◆◆◆

 あっという間に夏休みは終わり、2学期が始まった。まだ暑く、屋上はまだお預けだ。アタシは変わらず独りで自分の世界に入り込んで過ごしている。
いつも通り学校を終えて小さな地元の電車に乗って帰る。イヤフォンを付けて爆音で音楽を聴き外界との繋がりを遮断する。
最初に流れたのはThe Jakson 5(ジャクソンファイブ)の“I Wanna Be Where You Are(アイワナビーウェアユーアー)”だった。70年代初期の曲で幼いMichael Jackson(マイケル ジャクソン)の可愛くて高い声が、外の世界を遮って別世界に行くには打ってつけだった。
騒がしい夏も終わり人も海の家もいなくなり、まばらなサーファーだけになった海は低くなった太陽に照らされてキラキラと輝いているのを、車窓から見つめた。
 4駅乗って電車を降り無人の改札を出る。
そこには誠がいた。
出口が1つしかない小さな無人駅で逃げも隠れもできない。
「おまえはいい加減オレを無視しすぎだろ」
アタシを見つけるなりそう言ってアタシの方に歩いてきた。
無視をしていたわけではないが、誠周辺のいろいろに関わりたくなくて距離を置いていたのは確かだった。
「アタシは……誰とも話さないもん」
と、イヤフォンを外して言い訳をした。
「あっそ。帰んの?」
歩きだしたアタシの右側に並んで彼は聞いた。
アタシはこの後、商店街にある小さなミニシアターに“アリスの恋”を観に行く予定だった。
誠はピンと来てない顔をしていた。
「スコセッシだよ」
彼はあまり映画に興味がないらしくそれでも想像が沸いてなかったようだ。
「タクシードライバー」
「ミーンストリート」
「グッドフェローズ」
いくつかタイトルをあげたが、やっぱり誠には通じなかった。
だけど彼は
「オレも行く」
と、言い出した。
「いや、70年代のだし、女の人の話だし、誠には面白くないと思うよ」
「観てみないとわかんねぇじゃん」
確かにその通りで、返す言葉がなくて結局一緒にミニシアターに行くことになった。

「オレしょっちゅうココの前通ってるけど入るの初めてだわ」
ミニシアターに着くなり誠は言った。
だいぶ(さび)れた街のだいぶ(さび)しい商店街に関わらず、夫婦で営んでいる小さなミニシアターはずっとある。白黒映画から最近の単館系映画までかかっていて、アタシはココの会員になってたまに観に来ていた。シネコンはバスに乗ってすぐの所にあるが、観たいと思っていた単館系作品はたいてい少したつとココでかけてくれるので、経営者夫婦の趣味に密かに共感していた。
「こんにちは。いらっしゃいませ」
愛想のいい女性が迎えてくれる。顔を覚えていてはくれているが必要以上になれなれしくない感じが好きだった。
 エントランスはまるで喫茶店のような雰囲気で飲み物の種類も豊富でコーヒーや紅茶・ハーブティなどを注文すると、これまた喫茶店のようにその場で淹れてくれる。
 アタシ達は飲み物を手にスクリーンのある部屋に移って映画を観始めた。
誠は静かに映画に見入っていたが、なんだかんだアタシが連れて来てしまったわけだから彼が楽しめているかどうか気がかりだった。受付の女性に彼氏ができて連れてきたと思われているのではないかと余計なことも気になった。
それと、誰かと映画を観ることなんてなかったので少し緊張した。

 映画を観終えて、誠の反応より自分の中の違和感が気になった。
“アリスの恋”を観るのは2度目だが、ハッピーエンドだと思っていた。今のアタシにはハッピーエンドに思えなかった。主人公アリスは歌手を目指し続けると言うものの、結局またどうしようもない男と一緒になった。男は農場を捨ててアリスの夢について行くと言うが、先日まで暴れたりしていたし、実際農場を捨てて旅立つシーンは描かれていない。街中を息子と2人で会話しながら歩いていく後ろ姿のシーンのなんとも言えない不穏な空気で映画が終わる。
「これってハッピーエンドなの?」
思わずアタシは口にすると、誠は
「そうなんじゃん?」
と、言ったが、アタシは納得いかなかった。
「結局、あの暴力的な男と一緒になることがハッピーエンド? また同じこと繰り返すよね」
「そういう風にしか生きられない人もいるんだよ」
誠はアリスのことをそう言って続けた。
「でも、まだマシじゃん、男の方が女について行くって言ってくれただけ。本当について行ったかはわかんねぇけど」
少し淋しいけど、達観(たっかん)した大人の意見だった。

 この小さな商店街に食事する店はラーメン屋と中華屋くらいしかなくて、おなかの空いたアタシ達は海沿いの国道の脇にあるファストフードで夕飯の代わりにした。
誠は早速本題に入った。
「鈴木さん、何でオレの事避けてんの?」
「ん……アタシ独りがいいからかな」
少し間があって、
「小野ちゃんとのことが原因?」
と、誠は核心をついた質問をした。確かに小野が原因でもある。小野に標的にされるのがイヤだったし、面倒くさい関係に巻き込まれたくなかったからだ。でもそれを誠や小野を否定しないようにどう説明したらいいかわからなくて、アタシは黙ったままだった。
「アタシが……人付き合い下手だから……」
何とか言葉を絞り出すと
「ごめん、攻めてるんじゃなくて。嫌われたのかと思ったから」
と、誠は謝った。
「何かあったならオレに言えよ。聞きたいことあるなら聞けよ?」
誠はあの時起こったアタシと小野の微妙な変化に気づいていたのかもしれない。
「うん、大丈夫だよ」
「面倒くせぇよな、でもそれが青春じゃん」
「青春かぁ」
アタシは思わず笑った。
「そ、おまえは青春をサボりすぎてるよ」
と、誠はアタシに言った。確かにアタシは面倒なことから逃げるために誠を避けていた。青春ならその面倒に巻き込まれて右往左往するべきだったのか。でもやっぱりそこにアタシの青春はナイと思ってしまう。
「念の為、言っておくけど、オレと小野は何でもないから」
忘れていたがアタシは誠と小野のキスシーンを偶然目撃したことがあった。それがまたぼんやりと脳内で再生され「そうは見えないけど?」と、返した。
「あれは事故っていうかさ。あっちが勝手にさ……」
「そうなんだね」
「ま、鈴木さんに言い訳してもしゃーないけど」
誠はそう言ってまたフライドポテトを勢いよく食べだした。アタシはいつも食べきれず残してしまうセットのポテトをSサイズに変更し忘れたので、誠のポテトの山の上に自分の分を流しかけた。
誠が顔を上げて口をもぐもぐと動かしながらアタシを見た。目が合ったアタシは笑顔で返した。彼も笑顔になってフライドポテトの続きを食べ始めた。

◆◆◆

作中に登場する楽曲には意味があります。
完結後に全曲解説を公開します。お楽しみに♥
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