#61 - 純愛②

文字数 3,138文字

「なんで起こしてくんないんだよ」
アタシはまだ寝ているというのに、誠はアタシに話しかけてきている。寝ぼけながら目を薄っすら開けると窓の外から朝日が入っていた。
「めっちゃ寝てたもん」
体を伸ばしながらアタシが彼に言うと
「初めての夜だったじゃん」
と、よく寝て元気になった誠は朝から賑やかだ。昨夜は初めての夜とかそんなロマンチックなことをいう程の元気はなかったはずなのに。
「もう、初めては10年以上前にしたじゃーん」
まだ眠いアタシはそう言って枕に顔をうずめてまた目を閉じると、納得いかない彼はブツブツ言いながら洗面所に行った。
 土曜日も誠は仕事なのでキッチンでコーヒーを淹れて、もう1つカップに粉を入れてお湯を注いでコーンスープを作りテーブルまで運んできた。
それに合わせて寝ぼけたアタシも起き上がってベッドのすぐ横のソファに座った。
「何か作る?」
これから仕事だというのに淋しい朝ごはんだったので聞いてみた。
「大丈夫……っていうかウチなんもねぇし」
「昨日帰り何か買って来ればよかったね」
 誠は週1日しか休みがなく、サーフィンするタイミングが平日の朝しかない。今日は寝坊したので海にはいかないが週5日程度で海に行っている。その帰りがけにコンビニで朝ご飯を買って食べ、昼も夜もコンビニか出前かラーメン屋で済ませている。この辺りはテイクアウトや外食する店がほとんどない。電車や車を使わないとならないので、仕事帰りには面倒で結局コンビニばかりだという。
あまりにも気の毒な誠の食生活を聞いて
「今日、ご飯作ってていい?」
と、思わず聞くと
「いいに決まってんじゃん」
左側に座っているアタシをキラキラした目で見た。あまりにも期待のこもった瞳で見つめるので何が食べたいのか聞くと、ハンバーグ、オムライス、からあげ、パスタと、まるで中学生のような返答が帰って来た。
「あ、カレー!」
そして最後にリクエストしたのがダメ押しのカレーだった。アタシの作ったカレーをまた食べたいと言うのだ。そういえば高校の帰り道、一緒に子猫を拾ってウチに連れて帰ったとき前日に作って余らせていたカレーを誠に食べさせたことがあった。
定番の野菜と牛肉のどこにでも売っている固形ルーで、あの何の変哲もないカレーを覚えているとは意外だった。
 今夜はカレーを作って誠の帰りを待つことにした。
玄関まで見送ると、誠はアタシに軽くキスをして「行ってきまーす」と言って出かけて行った。

 夕飯の準備の為に昼過ぎに商店街のスーパーに行った。
アタシは火曜日に打ち合わせがあるのでそれに合わせて東京に帰らないとならないが、それまでの数日間誠の家で過ごそうと思って、昨日数時間東京に戻った時に家に寄り、洗濯物ときれいな物を交換してきた。
しかしそれはうかつだった。
父達はアタシは東京に戻ったと思っている。
うかつな自分に気がつかず更にうかつを重ねて、父も円香(まどか)も近所の人達もよく利用している商店街で唯一のスーパーに来てしまった。
アタシは慌てて買い物を済ませて、両手いっぱいの食材を持って誠の家まで戻った。

 アタシは持ってきたポータブルスピーカーを出してiPhone(アイフォン)を繋いで音楽を聴きながら、小さいキッチンで料理を始めた。
カレーを仕込み、煮込んでいる最中にハンバーグやミートソースを作った。冷凍しておいて、独りの時にレンジで温めれば食べられるようにする為だ。
「いい女すぎるな」
アタシは相変わらずの独り言で思わず自分を褒めた。
歌いながら料理するのはアタシのストレス解消法の1つだった。料理の手順に思考を奪われるので仕事などを忘れられて、それにただ黙々と作業するのはつまらないので歌いながらやるとテンションもあがって楽しい。
社会人になってからは外食が多いが、週に1、2回はこのストレス解消をして作り置きをしている。
Katy Perry(ケイティ ペリー)の“Teenage Dream(ティーンネィジ ドリーム)”が流れて、気持ちよく歌っている時アタシは思った。
今は好きな彼の為にラブソングを歌いながら料理を作っている。
「恋する乙女すぎる……」
アタシは自分の変わりように恐ろしささえ感じたが、でもこういうことが幸せっていうのだろうと思った。
結局カレーをかき混ぜながらKaty(ケイティ)に合わせて熱唱した。

 だいぶ遅くなって誠が帰って来た。
土曜日は次から次へとお客が来るので、誠も後輩の市川も常に稼働していて疲れ果てている。
アタシは玄関でお約束の質問をした。
「おかえり。ご飯とアタシどっちにする?」
誠は元気なアタシに一瞬戸惑って「メシ」と、普通のテンションで答えた。それを見てよほど疲れているのを悟った。
キッチンでカレーを温めていると、部屋着に着替えた誠がやって来て
「ちょーうまそうじゃん」
と、さっきは見せなかった高いテンションで言った。
「先にシャワー浴びちゃえば? もう少しかかるから」
アタシは疲れている誠をただ待たせるのは時間がもったいない気がして気を使って言ったつもりだったが
「いいよ、待つよ。後で一緒に入ろうぜ」
まさかの返答でアタシは恥ずかしくなった。
「は? 初めてなのに、一緒にお風呂とかハードル高いんだけど」
「初めては10年以上前にしたじゃーん」
と、今朝アタシが誠に言ったセリフを返したので笑った。

 あの時のように誠はうまいうまいと言いながらカレーをガツガツと食べ、2人で食後のコーヒーをゆっくり飲み、結局2人で一緒にお風呂に入った。
2人でバスタブに浸かりながら何度もキスをした。
そのせいなのか、温かいお湯に浸っていたせいなのか、お風呂から上がったアタシは上気し恍惚(こうこつ)としていた。
 ベッドの上でまたキスをされてそんな状態のアタシが声を漏らすと
梨嘉(りか)ちゃん、エッチな女になっちゃったの?」
と、誠は意地悪く高校生の頃のただ戸惑って緊張していたアタシと比べて言ったので、アタシは眉間にしわを寄せて口をへの字にして上目づかいで怒っている顔を作った。
「出たよ、その顔。その顔も好きだし」
誠はそう言ってまたキスをして、彼のキレイで長い指がアタシを快感に(いざな)う。アタシは快楽に翻弄(ほんろう)されて、あっというまに思考が奪われた。
 仰向けになっているアタシの上に手をついて覆いかぶさったまま動きを止めた誠は真剣な表情でアタシに聞いた。
「本当は梨嘉(りか)って呼ばれるのイヤ?」
過去にアタシは自分の名前を嫌っていると話したのを覚えていたようで、こんなタイミングではあるが気になったようだ。
「勝手に呼び始めたくせに。まだ許可してないよ」
アタシが茶化すと
「じゃぁ鈴木さんって呼ぶし」
誠もふざけて答えた。
「誠に呼ばれるのは好きかな」と言って、アタシは左手をのばして彼の首にかけて自分の方に引き寄せてキスをした。
唇を離して誠はしたり顔で「梨嘉(りか)」と、改めてアタシを名前で呼んだ。
 それから行為の最中に誠は切なげに何度もアタシの名前をささやいた。アタシが長年嫌ってきた自分の名前をアタシの今1番愛する人が愛おしそうに口にする。
誠がアタシの名前をささやく度に自分の名前は梨嘉(りか)なのだと実感する。アタシの愛する人は梨嘉(りか)というアタシを愛してくれているのだと思うと、この名前への嫌悪感が薄れていく。誠が与えてくれる快感に身を委ねていると、名前をささやかれることもその快感の一部に変わっていった。
アタシが「誠……」と彼に向って言うと彼は切ない表情でアタシの目を見て「梨嘉(りか)」と、ささやいて、アタシを上から強く抱きしめて激しく動いて一緒に果てた。
 アタシは仰向けになった誠の右の肩辺りに頭を乗せて半身を預けて右手を彼の胸のあたりにおいて息を整えた。誠は右肘をまげてアタシを包み込んでいる。
疲れ果てたアタシはそのまま誠の鼓動を聞きながら眠りについた。
アタシ達の

2

の初めての夜が更けていった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み