#74 - 放縦

文字数 2,079文字

 今日も朝から誠は早く起きてそっとアタシの頬にキスをしてサーフィンに出かけた。誠はアタシを起こさないように静かに起きているつもりだろうが、身体が大きくて身振り手振りも大きい彼が起き上がると、だいたいアタシも目が覚める。でもそっとキスしてくれるのが可愛くて、目を瞑って寝ているフリを続けてそれを待っている。
彼が出かけた後にアタシもベッドから出て歯を磨いて顔を洗う。リビングの窓からは刺激的な程の朝日が入ってきていて、気温もちょうど良くてイイお天気なのがわかる。いつもは朝食と誠のお昼のお弁当を作って待つが、今日はおにぎりを握って、卵焼きとプチトマトを簡単に半透明のコンテナーに入れ、味噌汁をスープジャーに入れて、バスタオルを持って海に向かう。
 アタシはイヤフォンを耳に突っ込んで再生を押すと、Frankie V|alli & The 4 Seasons《フランキィヴァリアンドフォーシンズンズ》の“Can't Take My Eyes off You(キャントテイクマイアイズオフユゥ)”が流れ始めた。今のアタシの幸福で満たされた気分にピッタリで足取りも軽く歩みを進める。海岸に着くと朝日を浴びてキラキラ輝く海の上の誠を見つける。
つぎつぎとシャッフル再生される音楽を聴きながらしばらく待っていると、誠が海から上がってアタシの方に笑顔で駆け寄ってくる。
「来ると思ってた」
と、彼が言ったので、何故かと聞き返すと
「天気イイし、チューした時起きてたし。寝たフリしてたろ」
ニヤリと笑って誠は答えながらアスファルトの階段にボードを立てかけて、アタシの隣に腰を掛けた。誠はアタシのことならなんでもわかる。
誠はバスタオルで濡れた髪を乾かしながら、アタシが持ってきた朝食を一緒に食べた。
「海好きになった?」
海が嫌いだと公言し続けてきたアタシに海が好きな誠が聞いた。
「好きじゃないよ」
「でも、昔よりよく来るじゃん」
「誠に逢いに来てるだけだよ」
彼はわかっていてそう言わせたくてわざと聞いている。アタシは期待に応えてちゃんとそう答えと、
「オレ、梨嘉のご飯大好き。おいしい」
誠はおにぎりをほおばりながら満面の笑みで言う。アタシもそれが聞きたくて、その笑顔が見たくて海まで来ている。
 アタシ達はお互いの思いを駆け引きして、愛情をやりとりしている。
恥ずかしくて『大好き』や『愛してる』を素直に言えないアタシ流の愛情表現に誠は付き合ってくれている。大海のような包容力の誠に対してアタシは彼の顔を見るたびに『愛してる』と、心の中でささやいたり叫んだりしている。
 海岸で朝食を食べ終えたアタシ達は手をつないで家に戻る。
「誠、おじいちゃんになってもサーフィンするでしょ?」
「まぁ、できるだけ……」
「その時も一緒に朝ごはん食べて手つないで帰ろうね」
誠はアタシを不思議そうに見つめて
「プロポーズ?」
と、聞いた。確かに、深くは考えずに発したがそう取られてもしかたない物言いだったので言葉に詰まると
「そうだね、手つないで帰ろうね」
誠は優しい笑顔で言って
「“り”の付く名前考えておかないとな……」
と、独り言をつぶやいた。
具体的に約束をしたわけではないが、今のアタシ達はそれほど幸せだった。

 誠が仕事に行っている間にアタシは家事をして仕事をする。
ライター業に慣れたとはいっても、まだまだ生みの苦しみはある。過集中してしまうこともあればなかなか筆が進まないこともある。でも誠が購入した2人の為のマンションにアタシの仕事部屋を用意してくれたおかげで、気持ちよく仕事できている。
 誠はアタシの書いたものを読んだときは読んだと報告する。だけどエッセイについては何も言わない。政治や社会問題を扱う週刊誌だから美容院に置かないし、彼は興味がないのかもしれない。誠のことを沢山書いているのに、彼はそれを知らないようだ。
 仕事の区切りがいいところで休憩をとる時は、リビングの大きな窓から外を眺める。
海が光っているのが見える。
6階の部屋から海を見下ろすと、高校生の頃、学校の屋上から見下ろしていた海を思い出す。
その時、横には誠がいた。
イヤフォンを片耳ずつ分けあって音楽を聴いたり、くだらない話をしたりした。
彼もアタシ達2人の部屋から海を見下ろすとき、高校時代一緒に過ごした屋上を思い出しているだろうか。
その頃まだ子供だったアタシ達は一緒にいる選択をしなかった。
だけど今は一緒にいる。
毎日同じベッドで寝て、同じ食事をして、同じことで笑って。
多分この先もずっと一緒にいる。
 アタシは未だに海は嫌いだし、地元も決して好きではない。
でも2人の部屋から見下ろす海は好きだし、誠がサーフィンする海は好きだし、誠と一緒に暮らすこの場所が大好きだ。

 休憩を終えたアタシはエッセイのあとがきを書き終える為にラップトップに向かった。

亡き母、祖父母、
愛する家族、
DOOMS(ドゥームズ)
美雨(みう)ちゃんと
大切なバンギャル仲間、
良き友人、
そして
最も愛する恋人に
この本を捧げます。

嘉音(かのん)鈴木 梨嘉(すずきりか)



THE END



© 宇田川 キャリー

⚠ この後『特別編』があります。ぜひ続けてお読みください。
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