#34 - 卒業

文字数 2,226文字

 春の始まり、DOOMSMOON(ドゥームズムーン)のメンバー事件はもう話題に上らなくなり、DOOMSMOON(ドゥームズムーン)そのものがまるで存在しなかったかのようにまったく耳にしなくなってしまった。
アタシはDOOMSMOON(ドゥームズムーン)以外のバンドを観に行ったりはしていなかったのでバンギャル活動はほぼ卒業状態だった。わずかばかり連絡をとっているバンギャルの友達からもDOOMSMOON(ドゥームズムーン)の様子は伝わってこなかった。
 それと美雨(みう)の存在も伝わってこなかった。いつだったか勇気を出してメールを送った。
<この前はごめんなさい。話したいので連絡ください>
しかし一向に美雨(みう)からの連絡はなかった。
DOOMSMOON(ドゥームズムーン)は活動してないので、繋がったといっていた彼とうまくいっているのだろうか、その彼のバンドを応援しに行ってるのだろうか、もうバンドなんて興味なくなってしまったのだろうか、アタシ達はもう友達ではなくなってしまったのだろうか。

 卒業式を迎え、アタシはやっとこの狭くて居心地の悪い世界から抜け出せる解放感でいっぱいだった。
最後のホームルームを終え、結局最後まで友達のいないアタシは誰と別れを惜しむわけでもなく独りで帰った。誠に地元の駅で待っているように言われ電車を降りて音楽を聴きながら待っていた。人気者の誠はきっといろんな人に捕まってなかなか帰ってこないだろうと覚悟していた。しばらくして誠が駅から出てきて、アタシ達はいつもと変わらず家の方向に向かって並んで歩いた。
「東京の鈴木さんち、遊びに行っていい?」
「うん、もちろん」
地元から離れるといっても電車で1時間半くらいで、いつでも会える距離だった。だからアタシ達はまたきっと会うはずだし、それほど淋しくなかった。
「誠はどうすんの?」
「オレはココでのんびりやるわぁ」
誠はこの先の事を何も決めていなかった。今までやっていたコンビニのバイトに加え学校に行っていた時間を別の新しいバイトにあて、サーフィンをしながらゆっくり将来について考えるという。
「オレは母ちゃんおいてどこもいけねぇし、おまえと違って海好きだしな」
誠はさっぱりした顔で言った。彼はアタシと違ってこの地元に残る。ここに帰ってくればいつでも誠に会える。

「どうせしょっちゅう帰ってくるよ、その時は連絡するね」
「おぅ、オレはずっとここにいるよ」

そして沈黙が流れた。
たまにどちらかが口を開いて途切れ途切れの会話をしながら歩き続けた。

「おまえ、大学では友達つくれよ」
「それはどうかなぁ」

「誠は高校楽しかった?」
「うん、まぁ……それなりにな」

「鈴木さん、何かあったらすぐ連絡しろよ?」
「うん」

いつもの別れる交差点に差し掛かってアタシ達は歩みを止めた。

「アタシ、誠のおかげで、高校生ちょっとだけ楽しかったよ」
「なら、よかった」
「オレも鈴木さんと仲良くなれて楽しかったよ」
「よかった」
「また近いうち会おうな」
「うん、連絡するね」

 アタシ達はいつものように「じゃぁね」と言って別れた。
誠は交差点を右に曲がり、アタシはそのまま直進する。アタシはまた音楽を聴きながら歩こうと思い、立ち止まったままカバンの中のiPod(アイポッド)を探していた。イヤフォンがカバンの中で何かに絡まって出てこない。とりあえず再生だけ押してカバンを覗き込んでいた。

梨嘉(りか)!」

 アタシはカバンの中から引っ張り出したイヤフォンを握りしめたまま、顔を上げて声のする方を見た。右に曲がって数歩進んだ誠がしたり顔でコチラを見ていた。
彼は始めてアタシの名前を呼んだ。
強い風に髪がなびいて視界を遮るので、髪を左手でしっかり押さえながら誠を見ていると、笑顔になって手を振った。アタシも笑顔で小さく手を振った。
そして誠はまた歩きだし、アタシは前を見てイヤフォンを耳に差し込んで歩きだした。流れていたのはRadiohead(レディオヘッド)の“Creep(クリープ)”だった。



 アタシ達は連絡を取り合っていたがそれは徐々に回数が減り、大学生になりバイトも始めたアタシはわずか1時間半でも地元に帰るのがめんどうになり逢うこともなかった。
 交際をせず、将来の約束などもせず、誠と身体の関係を持っていたのは何故だろう。
きっと誠は10代の男子高校生の衝動(しょうどう)をアタシで満たしていたのかもしれない。でもそれは利用されていたとは思っていない。アタシも誠を利用していたのかもしれないから。誠と交わっている時は幸せを感じられたし、イヤな事、悲しい事すべてを忘れられた。独りじゃないと思えた。
 でもその行為の後、独りになると罪悪感がアタシの心を支配する。
アタシには他に恋する人がいたはずだし、なんの約束もせずに同級生と性的関係を持っている自分が(みだ)らに感じた。
写真の中で微笑む母の顔が脳裏をかすめる。
この感情を払拭(ふっしょく)したくて、この関係をもうやめようと心に決めるのだが、また誠に優しくされたくて彼を求めてしまう。
アタシにも確かに母の血が流れているのだと思い知らされる。母のふしだらな血が。
 誠の事は確かに好きだった、もしかしたらアタシも地元に残ってあのまま彼と恋人のような関係を続けていれば本当の恋に発展したかもしれない。
それもそれで素敵なことのように思う。
でもふしだらな血によってだらしのない女の子になったアタシは、誠にはふさわしくない。
 誠は恋をするには十分すぎる程、アタシにはもったいない男の子だった。
アタシと誠の関係は卒業と共に停止した。

◆◆◆

作中に登場する楽曲には意味があります。
完結後に全曲解説を公開します。お楽しみに♥
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