#29 - 奈落

文字数 2,848文字

 ドアをノックする音が聞こえてアタシは目を覚ました。
「お父さんにチクったりしないから、気にしないでゆっくりして」
父の彼女の声だった。彼女はワイドショーを見ているから、アタシの様子は察していたのだろう。
もう学校に行かないとならない時間は過ぎていて、アタシは布団から出ずにそのまま寝ていた。今日は金曜日であと1日行けば休みだったが、1日を乗り切れる自信はなかった。バイトの日だったので、早々に店長に電話して休みにしてもらった。
もうライブに行けないからバイトも必要ないかと、そんなことまで思ったらまた悲しくて泣けてきた。

 昼頃、美雨(みう)から電話がきた。
彼女は今夜何とかバイトを休めるようバイト先に電話して交渉するから、学校が終わり次第会おうと言ってくれた。
『でもさ、課題もあって土曜日も朝から学校で、ウチに泊まりに来てくれると助かる。それだと時間気にしなくて済むから』
美雨(みう)は学校やバイトで普段から忙しく、特にやることのないアタシは了承し電話を切って布団から出た。
衝撃的なことが起きすぎてとにかく一緒にいたかった。美雨(みう)が課題をやっていて話せなくても寝ていてもいいから、今は独りだと心細くて一緒にいたかった。多分美雨(みう)も同じ気持ちなのだろう。
 昨日はお風呂に入らずに寝たので、出かける為に身支度を始めた。
泊まりに行く用に少し大きなバッグに必要なものを詰めて彼女からの連絡を待った。
いてもたってもいられなくなったアタシは学校が終わるくらいの時間に、父の彼女に友達の家に泊まりに行くことを伝えてから家を出た。
美雨(みう)の連絡より先に駅に着いてしまい、駅前をうろうろしていると少しして彼女から電話がきたが、バイトが休めないという報告だった。
『ごめん、休んだらクビって言われて……。今まで働いた分もらえなくなっちゃうからさ。本当にごめんね』
美雨(みう)は残念そうな声で少し泣いてる感じで何度も謝った。
「もう謝らないで。お互いがんばろうね」
と、アタシもつられて泣きそうになりながら伝えた。
近いうちに絶対会おうと約束して電話を切った。

 行き場を失ったアタシは駅前の小さなコーヒーショップに入りカフェラテを買った。
昨晩泣きながらiPod(アイポッド)からDOOMSMOON(ドゥームズムーン)の曲を削除した。ふいに彼らの曲を聴いたら、時と場所もわきまえず感情が爆発してしまうかもしれないからだ。
今はまだ彼らの曲が聴けない。
 店の外のベンチでイヤフォンをして適当に曲を聴きながらカフェラテを飲んだ。
独りだと暗い気持ちは払しょくできず暗闇に引きずり込まれるような錯覚に(さいな)まれた。
 アタシは行く当てもなく海に向かった。
アタシも地元の人間なのだ。結局、海に行く。駅から海まで15分もしない。
GREEN DAY(グリーンデイ)”の“Boulevard Of Broken Dreams(ブルバード オブ ブロゥケン ドリームス)”を聴きながらゆっくり歩いた。
 海に着くとTシャツにライダースでタイツを履いているとはいえミニスカートのアタシには寒かった。でも冬は空気が澄んでいるから富士山がくっきり綺麗に見える。
雄大な富士がずっとそこに(そび)え続けているように、DOOMSMOON(ドゥームズムーン)はアタシの前にずっと存在し続けてくれるものだと思っていた。
悲しい気持ちを抑え、砂浜に降りるアスファルトの階段に腰かけてアタシはオレンジ色の夕日が反射して眩しい海を見つめていた。サーファー達が次々と海からあがって帰っていくのを見送った。

 サーファーグループがアタシの横を通り過ぎた時「何してんの」と、声をかけられた。ウエットスーツ姿でサーフボードを抱えた誠だった。
先に行っててと仲間に言って、誠はアタシの横に座って話し出した。
「どうしたんだよ、学校2日も休んで」
「なんか行きたくなくて。疲れたっていうか」
「どっか悪いわけじゃないんだ?」
「あぁ、うん、半分サボり」
「オレ、このままだと寒すぎるから着替えに帰るけど、その後メシ行く?」
誠に食事に誘われて、アタシは孤独感から抜け出せると思い一緒に行くことにした。
 海から上がったばかりの誠はシャワーを浴びて着替えるために、ビーチクルーザーの脇のフックにボードを固定して、それを押して誠の家まで2人で歩いた。駅を基点にするとウチとは逆方向でレンタルDVD店の近くに誠の家はあった。
「いがいに、ウチ近いよね」
「なに今更、地元じゃん。中学一緒っしょ」
と、言って誠は家の前にビーチクルーザーを停めた。
ボードを抱えて玄関を入りそれを立てかけながら、
「オレの部屋きたねぇから、ココで待ってて。」
と言って、アタシは言われたとおりに玄関に座った。
 以前、彼から聞いていたように木造の年季の入った家だった。玄関を上がると右手には階段、廊下を挟んで左にリビングのような部屋。廊下の先はキッチンなどの水回りなのか誠はそちらに木の床をミシミシいわせながら消えていった。大きい誠には小さい家だった。左の部屋からはテレビの音が聞こえる。お母さんがテレビを見ているのだろうか。
 日が暮れてきて寒くなったのでアタシはバッグからマフラーを取り出して巻いて、海風で乱れていた髪をブラッシングしたりしていた。そんなことをしていたら誠がシャワーを終えてバスタオルを腰に巻いたまま出てきて
「ちょっと待ってて、着替えるから」
と言って、タオルで髪を乾かしながら階段を上がろうとすると、誠を呼ぶ声がしてきしむ階段を2、3段上がったところで彼は足を止めた。
リビングから廊下に出てきたのはお母さんだった。
階段の手すり越しに
「どっか行くの?」
と、お母さんが誠に聞くと
「あぁ、メシ」
彼はそっけなく答えた。
誠が階段を上がりきったあたりでお母さんがアタシに気が付いた。
アタシは慌てて立ち上がって
「お邪魔してます」
と頭を下げると、
「誠の彼女?」
と、お母さんは笑顔で可愛らしくアタシに聞いたが、階段の上から「ちげぇよ」と誠がぶっきらぼうに言った。
「誠、いい男でしょ? あの子ね、父親に似てんの。いい男だったから。」
と、自慢げにアタシに言うので一瞬戸惑ったが「そうですね」とアタシは空気を読んで笑顔で返した。
 お母さんは多分酔っぱらっていた。髪も整えてはいなかったし、メイクもしてなかったが、きっと身なりを整えたら美人なのはわかった。
「誠のどこが好き?」「誠はね、母思いなのよ」
お母さんはアタシを誠の彼女だと勘違いしたまま話し続けたので、アタシは愛想笑いしながら聞いていた。
 誠がフーディーにダボっとしたデニムを履いてダウンジャケットを着て2階から降りてきて、
「わりぃな」と気まずそうにお母さんと一緒にいるアタシに言った。
それから
「寒いからちゃんと布団で寝ろよ」
と、お母さんに言うと
「早く帰って来てね」
と、まるで誠に恋する乙女のようにお母さんは言った。
 誠が恋愛に消極的なのも、たまに大人びた現実的なことを言うのも、どうしてかわかったような気がした。
そしてアタシと誠は駅に行き電車に乗って主要駅まで行った。

◆◆◆

作中に登場する楽曲には意味があります。
完結後に全曲解説を公開します。お楽しみに♥
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