#38- 薄幸
文字数 2,451文字
SHUに再会してから、アタシは毎日のように彼を思っていた。たまにカバーバンドを観に行って話をしたり、バンギャルをやっていた時に比べて彼が身近になったがそれはあまりいいことのように思えなかった。
あの時のSHUはアタシからしたら眩しくて手の届かない遠い存在で、アタシの生きる源で憧れだった。今の彼も確かにステキだし、名曲や渋い曲をカバーするThe Cover Marksもかっこいい。だけどあの時とは違う。
「でもさ、カバーバンドでもやってるっつぅことは、まだ未練があんだよ」
編集長の西澤に一通りを話したらそう言った。
「じゃぁバンドでもソロでもやればいいのに……」
と、アタシは返したが、そんな単純じゃないことも解っていた。
彼はきっとまだ傷ついている。立ち直ってないのだ。
アタシ達バンギャルはひどく落ち込んだが、いつの間にか立ち直った。それは人それぞれで、新しいバンドを応援する事だったり、バンギャルを卒業して他の何かに集中する事だったりで吹っ切った。簡単に立ち直れなかったにしてももう存在しないも同然のバンドの事は少しずつ忘れていく。
SHU以外のメンバーもそうだろう、食べていかなくてはならないし、無理やりにでも自分を奮い立たせて自分のできることをやっている。きっと彼はまだあの時にとらわれていて進めていない。親友が起こした事件だからかなのか、彼が人一倍繊細なのか、何故だかは解らない。
いつも輝いていたアタシのロックヒーローの弱さを見た気がした。
以前誘われた後輩バンドのライブを観に行った。都心からちょっと下った有名なライブハウスで人は多かった。バンギャルを卒業したとはいえライブハウスは好きだし楽しかった。余裕のある後ろの方から音楽を楽しみながら、いるかどうかもわからない美雨を探した。
「嘉音」
と、途中でSHUに声をかけられ、打ち上げに誘われた。
あの頃のアタシだったら泣いて喜ぶような誘いだ。泣きはしないがやっぱり今でも嬉しい。アタシは結局いつでもSHUを思っている。
「もちろん行きます!」
と、勢いよく返事してライブ終了後の打ち上げに参加した。
SHUはこの前見た恋人らしき女の人とは違う女の人を連れて来た。アタシよりも少し年上で背が高くスラっとしていて日本人離れしたハッキリした顔立ちで派手めな美人だった。彼女はアタシの隣に座り
「嘉音ちゃん、よろしくね」
と、笑顔でアタシに言ったが
「よろしくです」
と、アタシは不愛想に答えた。
SHUはこの瑠伽と名乗った彼女を確実に気に入っているからだ。ただ見ているだけでアタシには解ってしまい、アタシの中には早速嫉妬が芽生えていた。モヤモヤと沸き上がった醜い感情をアルコールで消毒するかのごとくビールを飲んだ。
少し酔っぱらったアタシは勢いにませて後輩バンドのギタリストに聞いてみた。
「美雨ちゃんていう……3年くらい前に、バンギャの子知ってますよね?」
「あぁ、付き合ってたよ。本名、ミサキでしょ?」
彼はアタシも知らない美雨の本名を知っていた。
バンドマンとバンギャルがノリで繋がったというわけじゃなく、2人はちゃんと交際していたという事にまずはホッとした。しかし1年もたたないうちに別れたという。今の美雨について尋ねると
「わからないけど、別れて少したって看護師やってるってのは聞いたなぁ……」
美雨は当時看護学校に通って忙しくしていたので、それが報われて無事に看護師になったようだ。どこに住んでどこの病院に勤めているかまでは彼でも知らなかった。
彼に美雨のことを聞くのがアタシの最終手段だったので、もう彼女を知る手立てがなくなってしまった。
アタシはこれもまたショックでビールを飲んだ。
そしていつの間に嫉妬の対象だった瑠伽にこの件を話していた。彼女はアタシに優しく言った。
「生きてればいつか会えるよ。あ、そんなこともないか、気休めだね……。でも死んじゃったって知るよりマシだよ」
「そういうことがあったんですか?」
「うん、初恋の人死んじゃったんだ。会わなくなってから数年後にね」
瑠伽はさっぱりした笑顔で言った。それ以上詳しいことは聞かなかったが妙に説得力があった。
確かに生きていればまた会える可能性はある。SHUにだってこうやってまた会えた。
瑠伽には同情した、同時に嫉妬もした。複雑な気分だった。
それからアタシは度々、SHUのカバーバンドを観に行った後や後輩バンドのライブの後の打ち上げに参加するようになった。そこにはSHUはいつものように瑠伽を連れて来ていた。気づけば瑠伽はSHUのことを『俊ちゃん』と本名で呼んでいた。いくらSHUとの距離が縮まったとはいえ、アタシには恐れ多くてそんな真似はできない。
瑠伽はSHUのカバーバンドを気に入っていてよくステージ近くの席で立ちあがって踊っていた。そんなふうに開放的にはなれないアタシは彼女が少しうらやましかった。
それにきっとSHUは彼女の事を特別に思っている。それが何よりもうらやましかった。
「俊ちゃん、今度、“Should I Stay or Should I Go”やって」
と、打ち上げの時に瑠伽はSHUにリクエストした。
うらやましくて到底敵わない彼女とアタシは音楽の趣味が似ていた。アタシもThe Clashの“Should I Stay or Should I Go”をSHUが演奏すると思うとテンションが上がる。彼女の提案に心が躍ったが、それがまた悔しくもあった。
瑠伽とアタシは似たような名前なのに、SHUは愛情のこもった声で彼女を『瑠伽』と呼び、アタシのことは『嘉音』と偽のバンギャルネームで呼ぶ。それは自分で名乗っているから仕方のないことだし、彼がアタシの本名を知る由もないのだが、アタシはSHUにとってファンの1人に過ぎないのだと実感する。
アタシもSHUに本当の名前で呼ばれてみたい。彼に呼ばれれば嫌いな名前も浄化されるような気がする。
2人は付き合ってないというがアタシの嫉妬心はまったく収まらなかった。
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