#42 - 昇天

文字数 3,223文字

 1ヶ月くらいたったある日、久々にバーへ行った。The Cover Marks(カバーマークス)のSNSで<大事なお知らせがある>と告知していたからだ。
アタシは相変わらず独りでカウンターでビールを飲みながら判然としない気分でSHU(シュウ)のバンドの演奏を聴いていた。聴くたびにSHU(シュウ)は歌唱力が伸びてる感じがして、ギターもそうだが密かに練習しているのが伺えて、以前『まだ未練あるんだよ』と、西澤が言っていた言葉に説得力を持ち始めていた。
その未練はついに昇華する。
一通り演奏を終えたSHU(シュウ)はマイクに向かって話し始めた。
『最後に、すみません。オレ達ひとまず今日で終わりで……』
アタシは耳を疑った。
『オレ、スタジオ入ることになって。The Cover Marks(カバーマークス)もやっていきますが、しばらくお休みします。今までお付き合いありがとうございました』
歓声と拍手が鳴り響いた。
どんな心境の変化があったのかは解らないが、やっとSHU(シュウ)が自分を取り戻し以前の彼に戻ってくれる。スタジオに入るということは自分の音楽を作るということだ。アタシも涙を流しながら力強く拍手を送った。
アタシはこの喜びをどうしたらいいか解らずに、ビールを一気に流し込み店から出て裏口でSHU(シュウ)を出待ちした。
少したって出てきたSHU(シュウ)
「おい、バンギャル。出待ちすんなよ」
と、アタシを見つけるなり言った。
「出待ちせずにいられないじゃないですか、バンギャとしては。うれしくて。バンドやるんですか? ソロですか?」
SHU(シュウ)は少し呆れたかんじの笑顔でアタシを見ていた。そして
「それはまだ秘密。またよろしくな」
と、言いながらアタシの頭を大きな手でポンと撫でて、体を翻してこちらに背を向けて帰って行った。
少し離れたSHU(シュウ)の背中に向かってアタシは叫んだ。
「どこでライブやっても出待ちしますね!」
「出待ちはすんな!」
そう言って彼は去って行った。傍らには初めて出待ちした時に見た会社員風の女の人がいた。多分恋人らしき女の人だ。
そういえば瑠伽(るか)を見かけなかった。こんな重大な発表があった夜にもかかわらず彼女の姿はなかった。

 それからさらに1ヶ月後くらいにDOOMSMOON(ドゥームズムーン)改めDOOMS(ドゥームズ)の活動再開が正式発表された。
年明けにアルバムをリリースし、その日にあの時やるはずだった大きなライブハウスで復活ライブをやる。

 彼らが活動休止したのが10年前。
当時からのファンが未だに復活を望む声は度々聞いていた。
それに加えあれからインターネット環境は進化して、当時を知らないはずの若い世代が動画サイトなどで“幻のバンド”として視聴して、存在してないにもかかわらず新たなファンもわずかながら獲得していた。
DOOMS(ドゥームズ)の復活は音楽界ではニュースだった。
 しかしその反面、進化したインターネットよって活動休止に至った悲劇的な事件が蒸し返され、事件を起こした本人はバンドから脱退したというのに、復活を快く思わない声も聞こえてきていた。
これをただ黙って見逃していていいのかアタシは疑問だった。
いちおう事件としては和解という形で完結しているし、バンドの4人のメンバーは事件に関わっていない。
ただ誰かが楽しんでいることに水を刺したいだけで、余計な事を言ったり書いたりしてる人がほとんどなのはわかっている。
それに反論する為か事件を起こした元メンバーを擁護する意見まで見受けられるようになってしまった。もちろん彼は復活するバンドにはいないが、彼も一緒に復帰するべきだというファンの声まである。
 だけどアタシを含め、事件の真意を誰も知らない。メンバー本人でさえ事件には触れていないし、心境を語ってはこなかった。
何も知らないで事件のインパクトに引っ張られて論じているだけに思えた。
それにせっかくの門出を台無しにされたくなかった。
 ラジオ番組のディレクターはDOOMS(ドゥームズ)のスペシャルやろうと、言っていたし、西澤の紹介で音楽雑誌とWEBにDOOMS(ドゥームズ)の特集記事を書かせてもらう事も決まっていた。
アタシは何も見て見ぬふりをして大好きで長年待ち望んだDOOMS(ドゥームズ)の復活というお祭り騒ぎに乗っかってるだけで良いのだろうかと、自問自答していた。

 アタシとコンビを組んでくれている放送作家は森島、通称モリシ。
彼はゲームライターから始まって放送作家もやっている。
キャリアも長く少し年上の森島にアタシは絶大な信頼を置いている。
音楽も映画も趣味が近くて友情のようなものも芽生えている。
 自分の番組の打ち合わせの時、アタシは提案した。
「事件のこと掘ってから、スペシャルやろう」
ディレクターが焦った顔をして聞いた。
「どうやって掘るの? メンバーに事件の話聞くの? 話してくれる?」
いつも冷静でアタシの意見を尊重してくれる森島でさえアタシの提案に驚いている。
「掘り返していいの?! っていうかウチ音楽番組だよ?」
「できれば加害者にも被害者にも話を聞きたい。もちろんDOOMS(ドゥームズ)の許可を取ってからね」
スタッフ一同、アタシの突飛な提案に唖然としていた。
 被害者はDOOMS(ドゥームズ)と同じ時期に活動していたバンドのヴォーカルだ。加害者の恋人でもあった。今はどうしているのか解らなかったが、バンド自体を恨んではないと思った。同じ時期に同じ場所で活動していた仲間だったから。
加害者の元メンバーも今は行方知れずだったが、結局なにも語らず姿を消したので誰も何も知らなかった。地元の仲間で始めたバンドに謝罪の気持ちがなかったとは思えない。
根拠はそれくらいしかないが、何とか連絡が取れれば話が聞けるかもしれない。
 その前にDOOMS(ドゥームズ)に許可を取らないとならないので、アタシは何故過去を掘り返すようなことをしたいのか、どれだけ復活を待ち望んだか、という趣旨をDOOMS(ドゥームズ)に向けて書き綴った。番組から出演のオファーと同時にそれも一緒にDOOMS(ドゥームズ)の事務所にファックスで送ってもらった。

 アタシは久しぶりに莉愛(マリア)に電話をした。
彼女は2児の母となっていて今でも地元にいる。喫茶店兼スナック件住居だった所を改装してビルにして1階で今でも喫茶店をやっている。
DOOMS(ドゥームズ)に私からも話してみるけど、どうかなぁ……私も事件について話してるの聞いたことないからさ』
10代の頃から親しくしている莉愛(マリア)にさえも話したがらないくらい、やはり彼らの中では大きな事件だったということを改めて思い知った。
 それと被害者についても聞いた。被害者の女性は、事件をきっかけにバンドを辞めて今は何をしているかは解らないという。しかし当時同じバンドだった人とは今でも連絡を取っているので、その人にアタシの番号とメールアドレスを伝えてくれることとなった。被害者の女性までそれが伝わるか解らないが、それが唯一の手段だった。
 加害者の元メンバーは莉愛(マリア)にもどこで何をしているか見当もつかないらしい。莉愛(マリア)と彼は地元は一緒だが、母親と2人暮らしだった彼は事件後に地元には戻らず姿を消した。しばらくして母は亡くなり、そのあとすぐに住んでいたアパートは建て替えられ、本当に彼の跡形は無くなってしまったという。
『多分、知ってるとしたらSHU(シュウ)くらいじゃないかなぁ……』
莉愛(マリア)はポツリと言った。
彼とSHU(シュウ)は幼い頃からの親友だったし、SHU(シュウ)は今でも彼のギターを使っている。SHU(シュウ)は何か知っているのかもしれないが、それを聞く勇気はない。
アタシがやろうとしていることは、また彼を傷つけてしまうことなのかもしれない。
『私も地元で聞いてみるけど、期待しないで』
「ありがとうございます。すみません、巻き込んじゃって……」
『いや、気にしないで。これが区切りになって、この後バンドがいい方向に進んでくれるといいね』
と、莉愛(マリア)は言って電話を切った。
 あまりにも複雑で、真実を知る必要性があるのかどうか、その過程で誰かをまた苦しめてしまうのではないだろうか。
今のところアタシには何も出来ず、DOOMS(ドゥームズ)と被害者女性からの連絡をただ待つだけだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み