#06 - 洗礼

文字数 2,445文字

 まず出てきたのはDOOMSMOON(ドゥームズムーン)の弟分で前座(ぜんざ)を務めるバンドだった。メンバー全員おそろいの黒色のスーツで赤や緑の鮮やかな髪色をしていた。
曲は聞きやすくポップな感じだが、『もし自分が死んだら──』というような哀愁を感じる歌詞ばかりで、派手な髪色と演奏とは真逆の重い内容だった。
しかし見るものすべて初体験のアタシは彼らの演奏も楽しんでいた。
少し後ろから押されてよろめいたアタシの腕を美雨(みう)がしっかりつかんでくれた。
「押されるから気を付けてね。私はもう慣っこだから動じないよ」
と、アタシの耳元で言った。返事をしても爆音で聞こえないだろうから笑顔で目を合わせた。曲と曲の少し落ち着いた合間などに美雨(みう)は気を使ってアタシに話しかけてくれる。
「この子達、最近人気なんだ。特に女子人気」
言われてみれば周りは女の子だらけで彼らの演奏に見入っている子もいれば、メンバーの名前を叫んでいる子も、一緒に歌っている子もいる。アタシはこのバンドは、DOOMSMOON(ドゥームズムーン)の弟分だという事しか知らず予習不足で1曲も知らなかったので、なんとなくリズムに乗って体を揺らすだけだった。

 前座(ぜんざ)が終わり転換の為に15分くらいあって、自己紹介も早々に始まってしまったのでその間を利用してアタシと美雨(みう)は話し込んだ。
美雨(みう)は1歳上の高校2年生、中学時代から別のバンドを追っかけていたが、対バンしたDOOMSMOON(ドゥームズムーン)の方に魅了(みりょう)されてしまいファン歴は1年半前から。もっと東京に近い地域に住んでいてここまで40分くらいかけて電車でやってきたという。
美雨(みう)はヴォーカルのファンで
「私、死にたくなるくらい毎日つまんないんだけど、彼の声聴いてる時だけは楽しいんだよね。生きててよかったって思える。彼の声、聴ける限りは生き続けようと思えるんだ」
と、恋する乙女のごとく瞳を輝かせ語った。
アタシは“死にたくなるくらい毎日つまらない”というところだけ共感できた。あとはまだわからない感情だった。そんなふうに誰かを思ったことはなかったから。

 再び暗転し始まる合図だ。うっすら赤い灯りに変わり左からDOOMSMOON(ドゥームズムーン)のメンバーが1人ずつ歩いて出てきた。拍手が響き歓声が上がる。
美雨(みう)がアタシの手を握って耳元で大声で言った。
「マジで押されるから、倒れないように私の腕つかんでいいからね」
ありがとうと言おうとして美雨(みう)の顔を見て口を開いた瞬間、メンバーが楽器をチェックするかのように様々な音を出し始めたので、アタシは話すのをやめてステージに目をやった。最後に悠々(ゆうゆう)体貌閑雅(たいぼうかんが)なヴォーカルが出てきて、センターにあるスタンドマイクの前に立った。
 その瞬間だった。
大歓声と共に後ろからもの凄い圧がかかって立っているのもやっとで思わず美雨(みう)の腕をつかんだ。彼女とはもう会話もできないほどの歓声で「大丈夫?」「なんとか大丈夫だよ」というようなアイコンタクトを交わした。
チラっと後ろを見るとさっきとは比べ物にならない程の人の数で300人入る会場は満帆だった。
バンドメンバー5人はそれぞれ個性があるものの黒を基調とした服装で、美雨(みう)を含め黒い色の服を来た観客が多いことに合点がいった。
ヴォーカルがうつむいたまま、ヘビがデザインされたタトゥーが入った左前腕をゆっくり動かしてマイクに手をかけると会場が静寂(せいじゃく)に包まれ、アタシは何かに覚悟を決めるかのように息を止めた。
ドラムがカウントを始めた。
1発目の音が出たのと同時にアタシは口で思い切り息を吸った。

 1曲目はわりと明るめのミディアムテンポなラブソング。個人的な恋愛のようにもファンへの愛ともとれる歌詞で、アタシも好きな曲のひとつだった。明らかに先ほどの前座のバンドとは違って素人にでもわかるほどの演奏力と圧倒的なヴォーカルだった。
センターのヴォーカルの少し離れた後ろにはドラム、向かって右側ではリーダーが甲高いギターの音色を響かせている。左側にはもう1人の人気者のギタリストが透明感のある音でリズムを刻んでいる。そのギターの少し後ろ、ドラム寄りの位置に半身をドラムの方に向けてリズム合わせるような格好でベースがいる。
アタシは、やっぱり生で聴くと迫力が違うなと、客観的(きゃっかんてき)にステージを観察していた。

 2曲目からはアップテンポな曲が続く。会場のヴォルテージもどんどん上がって息もまともにできないほどの熱気だ。後ろからすごい圧がかかって前のめりになるが、それを彼らの演奏で押し戻してくれるような音の迫力をくらう。
アタシの正気はどんどん奪われていくようだった。
 するとアタシの目の前のステージギリギリに置かれたモニタースピーカーに片足を乗せて、前傾姿勢でSHU(シュウ)がベース弾く。
アタシはそれを見上げた。
鋭い目で上目遣いをして視線は遠くの観客を見ているようで、うっすら笑みを浮かべて、観客を挑発するような表情だった。そして彼は前傾だった姿勢を戻し背筋を伸ばしてそのまま片足だけスピーカーにかけながら、今度は顎を少し上げて見下すように目を伏せて近場に視線をやっているようで、口角を片方だけ上げてまたも挑発的だった。
 アタシはその表情に、SHU(シュウ)に、取りつかれたようにずっと彼を目で追った。
かなり明るい茶色のミディアムウルフの髪が、照明の色を映して赤や青に変わる。ステージ後方からの照明が強く照らすと逆光になって表情はわからないが、彼のほどよい筋肉質な体系が浮き上がる。眩しくて目を開けているのもやっとだ。
アタシの中に沸き上がった謎のエネルギーはやり場がなく、顔の前で両手を合わせグッと力を入れて指を組んだ。
彼を見上げながら。
 大音量の音楽と大きな歓声でアタシの鼓膜は大渋滞を起こしていたが、時間がたつと不思議とベース音だけが際立って聴こえるようになった。
彼の動かす指と同期したアタシの耳にベース音が届く。
アタシは彼と繋がった錯覚に陥った。
すべての歓声をかき消して、アタシの中で彼の低音がうねる。彼の音を感じた。

高校1年の初夏、アタシはついに禁断の木の実を口にしてしまった。
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