#49 - 邂逅①

文字数 2,327文字

 誠の美容院に予約を入れた日になった。
アタシは地元に戻る為に特急に乗ろうと駅で電車を待っていた。
だいぶ寒くなってきたので海や観光地行きのこのホームはもだいぶ空いていた。
カバンの中のスマートフォンが震えたのを感じたので取り出して見てみると知らない番号が表示されていた。
恐る恐る出て見ると、
『あ、もしもし……。あの……』
と、女性の声がした。
「もしもし、鈴木です」
と、改めて言うと思いがけない返事が返ってきた。
『突然すみません、(あん)です』
DOOMS(ドゥームズ)を活動休止にした事件の被害者の女性だった。彼女はDOOMS(ドゥームズ)と同時期に活動していたバンドのヴォーカルで加害者の恋人だった。
莉愛(マリア)から杏の元バンドメンバーに伝えてもらい、その人から杏まで繋がった。期待しないでいたが、まさか本当に繋がって連絡をもらえるとは思ってなかった。
「あ……ありがとうございます! 電話!」
驚いたアタシは駅のホームで人目を気にせずに大きな声を出した。
嘉音(かのん)さんでいいですか?』
「はい、何とでも呼んでください」
『私……あの事件の事、話してもいいと思って……』
思いがけない申し出だった。
 あれからしばらくして杏は結婚して、保育園に通う子供もいて週何日かピアノの先生のパートをしているという。そのためパートのない日で子供のお迎えに行く前なら時間に余裕があると言った。パートナーはバンドをやっていたことや事件の事をすべて知ってはいるので問題ないとも言っていた。
「雑誌でも、ラジオでも、生放送でも録音でも、偽名でも、何でも対応できます」
と、アタシは提案して、何で事件について話してくれるのか聞いた。
『あの事件はDOOMS(ドゥームズ)にはまったく関係ないってことを知ってほしくて。清人(きよと)が脱退したのは仕方ないにしても、活動休止する必要なんかなかった』
彼女は力強く答えた。アタシは電話だとういうのに、何と答えたらいいかわからず無言でうなずいた。
『私があの時、ちゃんとそれをDOOMS(ドゥームズ)にも彼らのレーベルにも伝えればよかったんだよね。それをずっと後悔してて』
「そうなんですね……。でも、あの時は仕方なかったと思います」
アタシが返答すると
『嘉音さん、バンギャだったんだよね? 私達のせいでごめんね』
思わぬ杏の言葉に涙が込み上げてきたが、それを知られないよう必死にこらえた。
ホームのアスファルトの上にカバンを置いて、かがんでカバンの中のハンカチを探しながらアタシは言った。
「謝らないでください。杏さんは何も悪くない……」
『あの時のファンの子にも謝りたいの』
「杏さんは何も悪くないですよ」
ハンカチで目を押さえながら会話を続けたが、アタシが特急券を買った電車が発車する時間が迫っていた。
「杏さん、アタシ電車乗らないといけなくて、打ち合わせ兼ねて明日この時間にまたかけていいですか? スタッフと一緒に」
『うん、こちらこそ突然ごめんなさい』
杏は快く引き受けてくれたが、肝心のDOOMS(ドゥームズ)からの返答はまだだった。もし彼らがが事件について触れたくないという返答をしてきたら、音楽ライターのアタシはDOOMS(ドゥームズ)とのパイプを捨てるわけにいかず、アタシはこの件に関われなくなる。
しかし杏が語りたいと言った場合、信頼できる記者に任せて雑誌でも新聞でもラジオでもテレビでも、表向きはアタシの関わらないところで語ってもらう事になる。
それを杏に伝えると
『まだ、ウダウダ言ってんの? アイツら。昔っから男らしくないんだよねぇ』
思わぬ彼女の発言にアタシは驚いて言葉が出なかった。
『もしなんか言ってたら、杏がいいって言ってたって言っていいよ!』
杏は笑いながら威勢のいいことを言った。アタシも思わず笑った。
被害者と加害者という関係にさせられてしまったが、杏もDOOMS(ドゥームズ)も10代の頃から一緒にバンド活動してた仲間なのにはかわりないのだ。それが伺えてアタシの心は少し軽くなった。
「ありがとうございます。また明日」
と、言って電話を切った。
急いで電車に乗り込み指定席に座り、早速番組スタッフとのメッセージグループにメッセージを送った。明日改めて杏に連絡する時、ディレクターと作家が同席してくれることになった。
一息ついて化粧を直しながら地元に向かった。

 地元に久しぶりに帰って来た。駅を出るとうっすらと潮の香がする。それで地元に戻ってきたことを実感する。
寂れた商店街を歩くとすぐ誠の美容院の前に着いた。
確かここはお婆さんが1人でやっていた昔ながらの金物屋だった。それは跡形もなくビルも綺麗に立て替えられ、1階は小さいながらもガラス張りで海を意識したような装飾で入り口には店名のデザインされたサーフボードが立てかけてある美容院に変わっていた。
通りに面してガラスの壁にガラスの扉、ガラスの壁の内側にはそれに沿ってラタンの洒落た1人掛けのアームチェアが3脚並び、低いガラスのテーブルには何冊もの雑誌が置いてあって小さな待合いスペースになっている。
その空間と髪を切ったり施術をするスペースを隔てる壁の前にお会計などをする小さなカウンターがある。そのカウンターの中で腰かけて下を向いて何かをしている様子の男の人がいた。
 すっかり変わった誠だった。
アタシの知っている彼はたくさんのレイヤーが入った肩くらいの長さの髪でだいぶ茶色くて潮のせいもあって傷んでいて軽々しい雰囲気だった。
今ガラスの向こうにいる誠は、ツーブロックのようにしてサイドは短くそれ程長くない黒髪を軽くパーマかけているようで毛先がカールしていたが、全体をべったりとオールバックにしている。ひげも薄っすらとあってだいぶ男くさい風体に変わっていた。
アタシは懐かしさと緊張といろいろな感情が入り混じって、少しの間ガラス越しに彼を見ていた。
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