#56 - 再臨

文字数 2,581文字

 DOOMS(ドゥームズ)の復活ライブの日になった。アタシは関係者席も取れたが、自分でも席を取っていた。休止していたファンクラブもバンド復活の知らせと同時に再開して、アタシはそこにまた加入してチケットを取った。バンギャルをしていた頃よりチケット予約システムはスムースになったし、アタシの財布にも余裕ができて、月日の流れを感じた。
 ライブ前に関係者の控室に行くと、元編集長の西澤(にしざわ)の姿を見つけた。
アタシを見るなり笑いながら「緊張してんな」と彼が声をかけた通り、アタシは緊張していた。長年待ち望んでいたこの日がついに来たのだ。それにアタシはDOOMS(ドゥームズ)に関する記事を書くという仕事も背負っている。
この仕事もにも慣れたし、人前で話したり、見知らぬ人と話すこともできる、さらにはメンバーとまで会話できるようになった。DOOMS(ドゥームズ)に初めて会った頃のアタシとはまるで別人のようなアタシだが、やはり緊張感がアタシの脳も体も支配していた。

嘉音(かのん)ちゃん、ひさしぶりぃ。」
と、これまた聞き覚えてのある声がしてアタシが振り返ると瑠伽(るか)がいた。
もちろんSHU(シュウ)に招待されたのだろう。
彼女は今人気の女性シンガーと一緒に来ていた。瑠伽(るか)はA&Rとして彼女を担当している。
Loveri(ラブリ)さんですよね? 今度ウチの番組ゲストで来てください!」
と、アタシは思わず交渉した。
Loveri(ラブリ)は「もちろん、ぜひ」と笑顔で返事してくれたが、瑠伽(るか)
「こんな時まで仕事の話? 仕事病だねぇ」
と、笑った。
こんな日まで仕事の話をしてしまうアタシはすっかり大人になってしまった。
 そして莉愛(まりあ)にも会った。彼女もDOOMS(ドゥームズ)の1部のようなものでアタシをこの世界に連れて来てくれた恩人だ。莉愛(マリア)の横には(あん)と彼女と一緒にバンドをやっていた女性陣もいて、高校生の頃の憧れが一堂に会しているような光景だった。
皆に挨拶しながらずっと悩んでいた。今アタシのバッグの奥底には清人(きよと)からの手紙が入っている。彼がラジオを聞いてくれたこと、北海道から手紙をくれたことを伝えるべきなのか葛藤(かっとう)している。でも何度も脳裏をかすめる彼の『誰にも言わないで』という一文を拭い去ることができなくて、結局言えずにいた。
 輪になって話していると本番前に少し顔を出して簡単に挨拶する為にDOOMS(ドゥームズ)が控室にやってきた。
早速瑠伽(るか)の方に向って歩いて行ったSHU(シュウ)をアタシは見逃さなかった。
SHU(シュウ)瑠伽(るか)を見る目はアタシや他の人を見る時とは違うのをまたも気づかされた。アタシは世界で1番SHU(シュウ)に詳しいと自負している、好きだから、解ってしまう。彼が幸せになることとアタシが幸せになることは両立しないのだと悟ったが、唯一、DOOMS(ドゥームズ)の復活がSHU(シュウ)とアタシが同時に幸せになれることなのだ。
アタシはメンバーに簡単に挨拶をして
「アタシ、ファンとして見るんで!」
と、別れを告げて控室から出て一般入り口に走って向った。

 アタシの向かった先は入り口の前にできていた小さな人の輪だった。
高校生の頃一緒にDOOMSMOON(ドゥームズムーン)を応援したバンギャルの子達の集まりだ。バンド復活の際にSNSで誰だかが呼びかけて再会が決まった。
あの中華屋の下の狭い地元のライブハウスでよく会っていたバンギャル達。あれ以来ぶりの子もいれば、メールやSNSだけで繋がっていた子もいる。好きなバンドがいたりはしてもバンギャルは卒業していて、結婚したり出産したりしている子もいてみんな変わった。だけど変わらないのは、やっぱりみんな黒い服装だというところ。
「やっぱ、黒いの着ないと気合入らないよね。」
などと言って久しぶりの再会を喜んだ。
 会いたかった人達には会えた、ただ1人を覗いては。
美雨(みう)だ。1番仲のいいバンギャルで、ライブへ行く以外にも友達として沢山の時間を一緒に過ごした。もしかしたらアタシの初めての親友と呼べる存在だったのかもしれない。でもアタシは彼女を傷つけてそれ以来会っていない。彼女とアタシを繋いだDOOMS(ドゥームズ)の復活のこの日に、彼女との再会も期待していたが彼女は現れなかった。

 元バンギャルの子達と一緒に13年前DOOMS(ドゥームズ)のデビューで来るはずだったライブハウスに入った。ここには他のバンドを見に何度も来たことがあったが、これほど緊張したのも興奮したのも初めてだった。
会場が暗くなり、ステージが怪しげな赤い光で照らされる。待ちに待った瞬間がついにやってきた。ステージ左から黒い人影が出てきて姿はハッキリ見えないがメンバーが現れた。最後に悠々と歩いて来たヴォーカルがスタンドマイクの前に立って手を掛けるのが影で解ると、天井が割れそうなほどの歓声があがった。
 そしてドラムのカウントが始まり、1発目の音が出たのと同時にステージの照明が白っぽく変わり、後ろから照らされているメンバーは逆光になって影のままでよく見えない。曲はもちろんあの頃から変わらずにミドルテンポのラブソングだ。
アタシは一緒に口ずさんだ。まだ歌える。
 フックに入った瞬間に一気に会場が明るくなり、1人足りないが待ち焦がれていたメンバーの姿はっきり見えた。
アタシはあごの下あたりで手を合わせ指をぎゅっと組んで幻を見ているかのように夢心地で見入った。目から流れ落ちた涙の雫が組んでいる手にポトリポトリと落ちて、自分が泣いていることに気がついた。涙をぬぐうことも忘れステージに夢中だった。
 2曲目になると曲のテンポも上がり、会場の熱気も増した。
アタシの習慣は変わらずにSHU(シュウ)を目で追っている。
今日の彼は素肌にそのまま黒いジャケットを着てセクシーだった。赤いベースを腰の下あたりまで垂らして大きくて綺麗な指で弦を弾いている。少し髪は伸びたが、アタシが恋したSHU(シュウ)が復活した。彼のベース音がアタシの中でうねり、彼とアタシ2人だけの空間のように感じ始めて、もはや生きているのか死んでいるのかさえわからない程実感がない。
またアタシの顎の下で組んだ手に自分の涙が落ちて、ふと我に返る。
アタシは今ステージ上のDOOMS(ドゥームズ)を見ている。
生きていてよかった。

 ライブが終わって数時間たったあたりからSNSで『KIYOTO(キヨト)がライブに来ていた』という(まこと)しやかなウワサが流布(るふ)され始めた。
それが本当ならとても感動的な話だが、アタシはそれはないと思っていた。根拠はないが、彼の手紙の内容からして来るとは思えなかった。
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