#56 - 再臨
文字数 2,581文字
ライブ前に関係者の控室に行くと、元編集長の
アタシを見るなり笑いながら「緊張してんな」と彼が声をかけた通り、アタシは緊張していた。長年待ち望んでいたこの日がついに来たのだ。それにアタシは
この仕事もにも慣れたし、人前で話したり、見知らぬ人と話すこともできる、さらにはメンバーとまで会話できるようになった。
「
と、これまた聞き覚えてのある声がしてアタシが振り返ると
もちろん
彼女は今人気の女性シンガーと一緒に来ていた。
「
と、アタシは思わず交渉した。
「こんな時まで仕事の話? 仕事病だねぇ」
と、笑った。
こんな日まで仕事の話をしてしまうアタシはすっかり大人になってしまった。
そして
皆に挨拶しながらずっと悩んでいた。今アタシのバッグの奥底には
輪になって話していると本番前に少し顔を出して簡単に挨拶する為に
早速
アタシはメンバーに簡単に挨拶をして
「アタシ、ファンとして見るんで!」
と、別れを告げて控室から出て一般入り口に走って向った。
アタシの向かった先は入り口の前にできていた小さな人の輪だった。
高校生の頃一緒に
あの中華屋の下の狭い地元のライブハウスでよく会っていたバンギャル達。あれ以来ぶりの子もいれば、メールやSNSだけで繋がっていた子もいる。好きなバンドがいたりはしてもバンギャルは卒業していて、結婚したり出産したりしている子もいてみんな変わった。だけど変わらないのは、やっぱりみんな黒い服装だというところ。
「やっぱ、黒いの着ないと気合入らないよね。」
などと言って久しぶりの再会を喜んだ。
会いたかった人達には会えた、ただ1人を覗いては。
元バンギャルの子達と一緒に13年前
会場が暗くなり、ステージが怪しげな赤い光で照らされる。待ちに待った瞬間がついにやってきた。ステージ左から黒い人影が出てきて姿はハッキリ見えないがメンバーが現れた。最後に悠々と歩いて来たヴォーカルがスタンドマイクの前に立って手を掛けるのが影で解ると、天井が割れそうなほどの歓声があがった。
そしてドラムのカウントが始まり、1発目の音が出たのと同時にステージの照明が白っぽく変わり、後ろから照らされているメンバーは逆光になって影のままでよく見えない。曲はもちろんあの頃から変わらずにミドルテンポのラブソングだ。
アタシは一緒に口ずさんだ。まだ歌える。
フックに入った瞬間に一気に会場が明るくなり、1人足りないが待ち焦がれていたメンバーの姿はっきり見えた。
アタシはあごの下あたりで手を合わせ指をぎゅっと組んで幻を見ているかのように夢心地で見入った。目から流れ落ちた涙の雫が組んでいる手にポトリポトリと落ちて、自分が泣いていることに気がついた。涙をぬぐうことも忘れステージに夢中だった。
2曲目になると曲のテンポも上がり、会場の熱気も増した。
アタシの習慣は変わらずに
今日の彼は素肌にそのまま黒いジャケットを着てセクシーだった。赤いベースを腰の下あたりまで垂らして大きくて綺麗な指で弦を弾いている。少し髪は伸びたが、アタシが恋した
またアタシの顎の下で組んだ手に自分の涙が落ちて、ふと我に返る。
アタシは今ステージ上の
生きていてよかった。
ライブが終わって数時間たったあたりからSNSで『
それが本当ならとても感動的な話だが、アタシはそれはないと思っていた。根拠はないが、彼の手紙の内容からして来るとは思えなかった。