#72 - 因縁
文字数 2,634文字
アタシと誠の新居は実家からも美容院からも誠の独り暮らししていた部屋からもそう遠くない。通いなれたスーパーも近く、以前より海が少し近くなった。
アタシと誠が高校生の頃一緒に映画を見たミニシアターの裏に建った新築のマンションでこの辺りではめずらしい6階建てで、誠は海が見える6階の2LDKの1室をローンを組んで買った。
父が誠の部屋にいるアタシに届けてくれた4枚の物件情報の用紙を誠に見せると
「これは、マンションくらい買える男だよな、というお父さんの挑戦状だな」
と、賃貸と分譲 の情報を2枚づつを見比べて言った。それで分譲 を買ったのだった。
アタシはせめてもの感謝の気持ちと愛しているの気持ちで、誠が美容院で食べる昼食のお弁当を作って朝持たせる。毎日のことなので残り物と作り置きを駆使 してあまり手が込んだものではないが、ケンカした日はあからさまに手抜きをして嫌がらせをする。誠はその手抜き具合でアタシがどの程度怒っているかが判別できるようになった。
1室はベッドルームで1室は物置兼アタシの仕事部屋。アタシの大量の本や雑誌、DVD、CDなどを敷き詰めて、パソコン用デスクを置いた。アタシはそこに籠 って原稿を書く。大量のアタシのモノの脇に誠の使ってないサーフボードとギターが置かれている。それを見るたびに2人の世界が融合 したのを実感する。
アタシ達がここで一緒に暮らし始めて1年。
最初の頃は過剰 に意識していて照れたが『行ってきます』『行ってらっしゃい』『ただいま』『おかえり』のやり取りも自然になってきた。
2人一緒の毎日が普通になった。
アタシは仕事の落ち着いている時は誠の美容院で受け付けの仕事を手伝っている。やってきたお客の対応の他に、ウェブで受け付けた予約の確認をしたり、電話の応対をしたり、大量のタオルを洗濯したりする。それほど忙しくはなくてほとんどは入口のカウンターに座っている。生き生きと働く誠の姿を眺めているのが好きで、明るい表情で帰っていくお客を眺めているのも楽しかった。
ある日、男性のお客がやってきて受付を済ませ
「マコちゃん、受付の人雇う余裕まであんの? すげーじゃん」
と、中に案内しようとやってきた誠に言っていて、誠の友人なのがわかった。
「ちげぇよ、オレの彼女。ヒマな時手伝に来てくれんの」
「そうなんだぁ」
2人で楽し気に中に進んで行ったが、
「は? 待てよ、ちげーし、お前ら知ってるじゃん」
と、誠は彼を連れてアタシのいるカウンターの前まで戻ってきた。
「オガサ、彼女、3年の時オレの後ろの席だった子だよ」
誠はアタシの肩に手を当ててお客の彼に言った。そして
「オレの友達だよ? 見覚えあるだろ?」
と、彼を指さしてアタシに向かって言った。確かに見覚えがあった。
「あぁ、マコちゃんの後ろのね。暗いけど美人の子だぁ」
そう言われてアタシも思い出した。違うクラスだったが誠の席までよく遊びに来ていた小笠原 だ。軽い話し方が相変わらずだ。
「久しぶりだね」
と、アタシが言うと
「なんだよ、2人ともヤってんじゃん、オレ間違ってなかったじゃーん」
ケラケラと笑いながら返された。
確か彼にその疑いをかけられた時は誠とは友達以上の関係ではなかった。結局今はそんな関係になってしまったわけで恥ずかしくて何も言えずにいて
「あん時はなんでもねぇし」
と、誠が言うと小笠原 は楽し気に誠に肩をまわして言った。
「じゃぁ、どうしてこうなったのか聞こうか」
2人は賑やかに店の中に進んで行った。
高校生の時、誠意外とはほとんど話さなかったアタシがこんなふうに高校の同級生と話をするなんて思ってもみなかった。思い返してみればアタシと小笠原 は会話した記憶はないが、誠を通じて彼のことはよく知っていたし毎日のように見ていた。彼は個性的で特徴のあるタイプなのでエッセイに登場させようと密かに企んでいた。
アタシはもう1人、エッセイに登場させたい人物がいた。
高校のバイトが一緒で、それ以来仲良くしている福西 だ。彼女について書きたいことはまとまっているが、偽名や人称代名詞で書くにしても本人の許可が必要だと思って久々に会う約束をした。
アタシは唯一と言っていいくらい長年の親友で、誠にもそれは話してあるので彼も会いたがって3人でレストランで食事をした。
彼女とはメッセージをやり取りしていたが、会うのは2年ぶりだった。相変わらず元気が良くて仕事も続けていてビジネスウーマンといった感じだった。
明るい福西 と明るい誠はすぐに打ち解けた。それを見ていて2人は少し似ている気がした。アタシはこういう快活 で朗 らかな人が好きなのだ、きっと自分とは違うから。
福西 のことをエッセイに書いていいかと聞くと何の迷いもなく許可してくれたが、アタシが彼女について書きたいのは“バイト先の面倒見のイイお姉さん”の部分ではない。誠がトイレに立ったのを見計らってアタシは改めて聞いた。
「福ちゃん、あの、アタシが大学生の時、バーでさ……。あの時のこと書いていい?」
アタシが言葉を選びながらデリケートな思い出を持ち出すと
「あぁ、梨嘉 が私とエッチしたいって言った日のこと? いいよ、好きに書きなよ」
と、彼女はあっけらかんと笑いながら言った。
福西 とはそういう関係にならなかったが、青春時代のなんとも曖昧 で繊細 な心の機微 があったのは確かで、アタシの20代を語る上で重要な出来事だった。
「彼、梨嘉 と私がキスした仲だって知ってるの?」
「知らないよ。知ってたら今日来たかどうか……。秘密ね」
と、答えたが、これもエッセイに書くのでいずれか誠にも知られてしまうかもしれない。福西 は奥二重で切れ長の目を細めて笑っていた。アタシはそんな彼女を見て『今でもキスしてもいいかも』と、ふと思ったが、浮気になってしまうので理性を働かせた。
「梨嘉 と付き合うっていう世界線もあったのかもね」
彼女はしみじみ言った。
「うん、あったかも」
彼女との関係はアタシにとっては10代の時には味わわなかった“甘酸っぱい青春”なのだ。
しかしあの時のアタシ達が
アタシは間違ったことをして親友を1人失ったことを思い出していた。
彼女がどこで何をしているか知る由もなく、彼女についてはバンギャルの名前そのままに“美雨 ”と書いた。もしかしたらエッセイを読んでいるかもしれないから。
アタシと誠が高校生の頃一緒に映画を見たミニシアターの裏に建った新築のマンションでこの辺りではめずらしい6階建てで、誠は海が見える6階の2LDKの1室をローンを組んで買った。
父が誠の部屋にいるアタシに届けてくれた4枚の物件情報の用紙を誠に見せると
「これは、マンションくらい買える男だよな、というお父さんの挑戦状だな」
と、賃貸と
アタシはせめてもの感謝の気持ちと愛しているの気持ちで、誠が美容院で食べる昼食のお弁当を作って朝持たせる。毎日のことなので残り物と作り置きを
1室はベッドルームで1室は物置兼アタシの仕事部屋。アタシの大量の本や雑誌、DVD、CDなどを敷き詰めて、パソコン用デスクを置いた。アタシはそこに
アタシ達がここで一緒に暮らし始めて1年。
最初の頃は
2人一緒の毎日が普通になった。
アタシは仕事の落ち着いている時は誠の美容院で受け付けの仕事を手伝っている。やってきたお客の対応の他に、ウェブで受け付けた予約の確認をしたり、電話の応対をしたり、大量のタオルを洗濯したりする。それほど忙しくはなくてほとんどは入口のカウンターに座っている。生き生きと働く誠の姿を眺めているのが好きで、明るい表情で帰っていくお客を眺めているのも楽しかった。
ある日、男性のお客がやってきて受付を済ませ
「マコちゃん、受付の人雇う余裕まであんの? すげーじゃん」
と、中に案内しようとやってきた誠に言っていて、誠の友人なのがわかった。
「ちげぇよ、オレの彼女。ヒマな時手伝に来てくれんの」
「そうなんだぁ」
2人で楽し気に中に進んで行ったが、
「は? 待てよ、ちげーし、お前ら知ってるじゃん」
と、誠は彼を連れてアタシのいるカウンターの前まで戻ってきた。
「オガサ、彼女、3年の時オレの後ろの席だった子だよ」
誠はアタシの肩に手を当ててお客の彼に言った。そして
「オレの友達だよ? 見覚えあるだろ?」
と、彼を指さしてアタシに向かって言った。確かに見覚えがあった。
「あぁ、マコちゃんの後ろのね。暗いけど美人の子だぁ」
そう言われてアタシも思い出した。違うクラスだったが誠の席までよく遊びに来ていた
「久しぶりだね」
と、アタシが言うと
「なんだよ、2人ともヤってんじゃん、オレ間違ってなかったじゃーん」
ケラケラと笑いながら返された。
確か彼にその疑いをかけられた時は誠とは友達以上の関係ではなかった。結局今はそんな関係になってしまったわけで恥ずかしくて何も言えずにいて
「あん時はなんでもねぇし」
と、誠が言うと
「じゃぁ、どうしてこうなったのか聞こうか」
2人は賑やかに店の中に進んで行った。
高校生の時、誠意外とはほとんど話さなかったアタシがこんなふうに高校の同級生と話をするなんて思ってもみなかった。思い返してみればアタシと
アタシはもう1人、エッセイに登場させたい人物がいた。
高校のバイトが一緒で、それ以来仲良くしている
アタシは唯一と言っていいくらい長年の親友で、誠にもそれは話してあるので彼も会いたがって3人でレストランで食事をした。
彼女とはメッセージをやり取りしていたが、会うのは2年ぶりだった。相変わらず元気が良くて仕事も続けていてビジネスウーマンといった感じだった。
明るい
「福ちゃん、あの、アタシが大学生の時、バーでさ……。あの時のこと書いていい?」
アタシが言葉を選びながらデリケートな思い出を持ち出すと
「あぁ、
と、彼女はあっけらかんと笑いながら言った。
「彼、
「知らないよ。知ってたら今日来たかどうか……。秘密ね」
と、答えたが、これもエッセイに書くのでいずれか誠にも知られてしまうかもしれない。
「
彼女はしみじみ言った。
「うん、あったかも」
彼女との関係はアタシにとっては10代の時には味わわなかった“甘酸っぱい青春”なのだ。
しかしあの時のアタシ達が
友情
を選んだおかげで今でもこうして親友でいられるのかもしれない。人生の選択は成功と失敗との繰り返しで、答えは後になってみないとわからない。アタシは間違ったことをして親友を1人失ったことを思い出していた。
彼女がどこで何をしているか知る由もなく、彼女についてはバンギャルの名前そのままに“