第18話 知識の泉

文字数 3,906文字

 クルガ滝に入ったブルーとクリフォア、赤騎士とそれを介護するレイナーが『知識の泉』にたどり着いた。
 『知識の泉』に触れ、メリア神話のことを思い出したブルーはレイナーに問いかける。
 「レイナー、私はメリア神話をみた。その時代を生きていたレイナーなら知っているはず。ヴィットリアと何度も殺し合ってきた青騎士の名はブルーと言っていた。そして、ヴィットリアの召喚した炎の魔女の姿はアリスと一緒だった」
「……ああ。俺が戦ってきた相手はブルーで、『炎の暁』の頭首はアリスだ。本当の名は、アリーチェ・ディ・レオーネ」
 レイナーは直に認めた。
 それを隣で聞いていたクリフォアが静かな声で問いかける。
「まってください。おかしいです。『知識の泉』と言っても無造作に知識が入ってくるわけではありません。人の記憶や行動に関しては、私達が知っていることしか見れませんでした」
「ここでは、未来は見えず、欲しい答えを手に入れることもできない」
 ブルーはミルカがここで何をして欲しかったのか考える。もし、力だけなら、氷を溶かす時に達成していて『知識の泉』に訪れる意味がない。未来や答えを知れないなら、ますます本当に意味がない。
「ここで知れるのはこの世界で決まった事実と物事の知識だけです。まだ決まってないもの、変わる可能性が秘めているものは見れません。ここでは相手の真意を知ることはできません。もし偽りの知識に出会ったとしても、その嘘を繰り返し確認するだけで、真実を教えてくれる訳でもなく真相を知ることできるわけでもありません。自分の道は自分自身で……」
「ヴィットリア、大丈夫か?」
 赤騎士に向かって、レイナーは心配そうにこえをかけていた。初めて見た感情的な赤騎士の姿、頭を抑える赤騎士を見た。未だに頭を抑えている、それほどまでに長い知識を見たのだろうか。
 しかし、ブルーの直感が違うと言っている。そこで、気がついた、ミルカの付けていた白いネックレスが消えている。
「白いネックレスが消えています。レイナーさん離れてください」
 クリフォアの声が響く。
「『知識の泉』の影響かも知れない」
 魔亜人の亡骸から滲み出た魔力の籠もった血が、数万年という歳月を経て一箇所に集まった血の泉。その特別な泉であれば魔法で作られたネックレスにどういう作用を引き起こしてもおかしくないと考えたのだ。
「やめ……て。もう、誰も……」
 今までとは違い感情の籠もった声が赤騎士の口から発せられた。
「ヴィットリア!意識が!」
「また……どうして……。ごめんな……さい、……ジュリオ」
 ヴィットリアに駆け寄るレイナーをもう一度引き剥がすクリフォア。
「駄目です」
常人離れした怪力の前でレイナーの抵抗は無意味だった。
「離れて……ジュリオ」
「ヴィットリア!」
 瞬く間に炎のドレスを身にまとったブルーは、空をかけヴィットリアをレイナーから遠ざけるように吹き飛ばす。
「ありがとう……ブルー」
 頭を抑えるヴィットリアはふらつきながらも感謝の言葉を忘れない。そんな彼女の姿が胸に引っかかり、ブルーの心を揺さぶった。
 過去のブルーにとってヴィットリアとは幾度となく剣を交えた好敵手。立場の違いから剣を交えることになった友なのだ。
 泉でみた記憶がブルーの口を動かした。
「その意識に打ち勝つんだ」
 片目が黒く染まるヴィットリアに向けた言葉だったが、無意味に終わる。誓約は絶対であり、ヴィットリアはあくまでもヴィットリアの殻を被ったメルフェスの傀儡。
 しかし、その器には魂の入る隙があった。
 『知識の泉』で知った過去に重ねるように両目が黒く染まったヴィットリアに言葉をかける。
「あの時の再戦。目覚める時は来た、最古の騎士ヴィットリア・ディ・レオーネ」
 その言葉が聞こえているかはわからない。
 炎の魔女となったヴィットリアをなんとか倒したブルー。
 しかし、ヴィットリア同様にブルーはボロボロだった。
 ブルーも炎のドレスがきえ、代わりにとどめを刺すための赤い剣を生成する。
「ヴィットリア!」
 その声はレイナーだった。
 駆け寄り抱き寄せるレイナーだがヴィットリアの返事はない。
「レイナー、どいて。彼女にとどめを刺す」
「待ってくれ。『知識の泉』の中にまだ可能性があるかも知れないだろ」
「さっきクリフォアも言っていた。ここはすで決まっている知識と、自分が知っているものしかみることはできない」
 ブルーの言葉にレイナーは押し黙る。平然と立っているが、戦いで負ったブルーの痛ましい傷跡がレイナーの口に蓋をする。
「ご、ごめん……なさい。ジュリオ、あの日。……あの時、グハッ」
 黒い魔力が血と混ざり合いながら口から吐いた。苦しそうに顔を歪ませるヴィットリアはもう一度、片目を抑え小刻みに震えた。『誓約』の支配が彼女の意識に手をかける。体の状態など関係なく、ただの道具のように壊れるまで使い倒す。
 ふらふらと立ち上がるヴィットリア、滴る血は止まらず流れ続けていた。血の海がヴィットリアの包み込むように『誓約』が彼女に触れる。
「ジュリオ……貴方の声は、ずっと届いていたわ。……でも私は」
「やめろ!」
 ヴィットリアを愛した人は自分ではない。それをわかっていたからこそレイナーはその言葉の先を聞きたくなかった。
 しかし、真実を突きつけるようにヴィットリアの手がレイナーの体に伸びる。
 突如目の前に飛び出した小さな少女がレイナーを殺めようとしてヴィットリアの腕を止める。
「やめてください」
 ヴィットリアの腕をしっかりとつかみ可愛らしい声で警告する。
 その言葉で我に返ったヴィットリアの表情が怯える。
 その瞳から彼女の気持ちを感じ取ったレイナーは安心させるように優しく声を投げかける。
「そうだよな。お前は俺を好きにならない。それでいい。ただ、そうならあの時のお前に戻ってくれ。お前はそんなものに負ける女じゃないだろ。俺の知っているお前は誰よりも誇り高くて優しくて、かわいかった」
 痛みに耐えながらレイナーは笑顔を向ける。その想いを辛い記憶にしないように、最後に向ける顔が笑顔であるように、彼女を心の底から愛していたことを伝えるように。
「……ジュリオ……私には」
「やめ」
「聞いてあげてください!」
 レイナーの声をクリフォアの叫び声が咄嗟に遮った。
 驚くレイナーにヴィットリアは続ける。
「……私にはイヴァンがいた。でも今はジュリオ……いいえ、レイナー貴方がいる。貴方が信じてくれたから私はあのときも、今回も立ち上がれたの。貴方のことが好きじゃなかったことなんて一度もない。ごめんなさい、その思いに気づけなくて。今回も貴方がいたから私はもう一度立ち上がれるわ。ありがとう」
 その真実にレイナーは救われる。クリフォアはヴィットリアから手を離すとボロボロな体を引きずりながらレイナーに歩み寄る。しかし、それで誓約の侵食が収まることはないとレイナーは知っている。
 彼女の強さが、このいっときの時間を作った。
 この時間を無駄にさせないように、彼女を安心させるように、諭すように別れの言葉を続ける。
「ああ。ありがとう。なら、ここにようはないな。もう行こう」
 ヴィットリアの目に赤色が戻る。
 同時にレイナーはヴィットリアを抱えたまま『知識の泉』の中に落ちた。
 二人の頭の中に大量の情報が流れていく。二人は意識を飛ばしたまま夜空に染まる泉の中に落ちていく。どこまでも深く、底のない永遠の奈落へ。
 そんな二人に手が伸ばされる。
「ヴィットリア!もう全て思い出したんでしょ!諦めていいの、そこで終わっていいの?あの時の奇跡をもう一度見せてみて、その手で自分の未来を掴かみなさい!」
 意識の底に落ちていくヴィットリアの中にブルーの鋭い声が届く。瞳の奥が真っ赤に燃え、うちに残る誓約の魔力を全て燃やし尽くす。
 綺麗な赤い輝きが戻った両目がブルーの目とあった。レイナーを抱きかかえながら差し伸ばされたブルーの手を確かに掴む。決して相容れることのなかった最強の騎士と最古の騎士、その運命の先で手を取り合う事となった二人は、物凄い力で泉の外へ押し戻される。
 泉の外からブルーの足を思いっきり引っこ抜くクリフォアは両手で尻餅をつく。
 両手を離していたクリフォアは慌てた様子で上を見ると、3人がクリフォアの上に振ってきた。
 よいしょ。そんなかわいらしい声で3人を片手で持ち上げるという可愛らしくないことをするクリフォア。
 けど、クリフォアのお陰でみんな死なずに住んだ。
「ヴィットリアもう大丈夫なのか?」
 レイナーの言葉ににヴィットリアは優しく笑いながら応える。
「ええ。始まりの魔女の白いアクセサリイーが耐えれなかったように、この泉の中では誓約後からも耐えれなかったみたい」
 どうしてヴィットリアを助けようとしたのかブルーもレイナーに伝える。
「誓約がほとんど力を失っていたから助かった。そうやらこの空間は外と完全に隔離されてたみたい」
「完全に繋がりが切れているのでメルフェスが直接接触してこない限り大丈夫なはずです」
 出口を確認するクリフォアも言葉を添える。クリフォアの魔力を肌で感じることができる野生の勘のような特別な感性がヴィットリアの中から誓約が抜けていることを感じ取っていた。
 でも、だからこそ問題がある。
 メルフェスがこの状況を黙ってみているはずがない。アリスが中に入ってこなかった理由がそれだ。クリフォアはアリスから感じる違和感の答えが誓約であると知っているからだ。その情報は既にクリフォアの口から皆に伝えられている。
 皆は顔を合わせその先の運命に覚悟を決める。
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