第23話 奇跡の騎士2

文字数 3,721文字

 ドーン国。
 白騎士の攻撃は氷の魔女の攻撃をさばいていくが、空を自由自在に飛べるバーブルに不利だった。
 魔力も火力も無造作に使うバーブルの前でヴィットリアは回避に回るしかない。
 しかし、それを繰り返していればいずれジリ貧になってしまい、逆転のチャンスを失ってしまう。だが今のヴィットリアは騎士であり、魔女ではない。土俵が違う相手に取れる選択肢は時間稼ぎぐらいしかなかった。
 繰り出される攻撃をひたすらに回避し受け流すヴィットリアの体に傷は少しずつ、でも着実に増えていく。修復しても、直ぐにそれを塗り替えるような傷を追った。
 ヴィトリアはただ逃げながらもう一つの選択肢を考える。何故なら、ただ死ぬまで逃げるだけの選択肢などヴィットリアの性に合わないからだ。
 逃げる以外に取れるもう一つの選択肢、それは全てをかけた一撃で氷の魔女を屠ること。
 ――いまだ!
 タイミングを見計らったヴィットリアは大剣を構え、勢いよく飛び出した。
 急に方向を変え、まっすぐに向かってくるヴィットリアをバーブルは警戒する。
 ヴィットリアは腰にしまわれた3つの白い短剣を投げた。バーブルはそれは始まりの魔女の使う、白い羽と同様に位置を入れ替えることができると知っている。
 巨大な氷のトゲが短剣に向かい地面から勢いよく伸び、同時にヴィットリアの視界を奪う。
 氷は瞬時に砕け、拳を構えたヴィットリアがバーブルに向かい一直線に飛び込んだ。ヴィットリアの武器はバーブルのすぐ上空を飛んでいた。大剣を追いかけるバーブルに目の前まで迫ったヴィットリアが魔力の籠もった白い輝きで地面へと叩きつける。
 大剣に意識を惹かれていたバーブルは白騎士の拳を食らうが大したダメージは受けなかった。しかし、叩きつけられた地面には白い短剣があり、ヴィットリアが一瞬で移動する。
 手放したおかげで魔力の薄れていく大剣が未だ上空にあることを確認していたバーブル。ヴィットリアの空高く足を掲げたカカト落としは物凄い衝撃とともに反転で吹き飛ばされる。
 行った攻撃がそのまま跳ね返ってきたヴィットリアの鎧は砕けた。しかし、すぐに短剣と入れ替わったヴィットリアは落ちてくる大剣をつかみ、失っていた魔力をさらに込め魔力を爆発させる。
 ――一世一代の大勝負。魔法障壁の反転後のクールタイムを狙う。
 しかし、バーブルはそう簡単に攻撃を受けてはくれなかった。空に飛び上がり、ヴィットリアの射程から離れていく。
 そんな時、誰も予想していなかったことが起こった。
 突如、ものすごい速度で火の玉が上空から落ちてきてバーブルを襲った。隕石のように見えるそのものと一瞬目が合ったヴィットリア。
 それはドラゴンとなったレイナーが自身の火に包まれた姿だった。索敵されないはるか彼方まで上がり、身を燃やし体をぶつける命をかけた突撃。
 しかし、そのお陰でバーブルがヴィットリアの射程に入った。
 空高く掲げた大剣が白く輝く、全てを無に帰すような輝きを放つ。
 大剣から放たれた白い光線はバーブルのとっさに打ち出した氷とぶつかる。
 激しい衝撃波にヴィットリアが吹き飛ばされそうになるが、なんとかギリギリで耐えていた。
 始祖の力は確かに強力で、魔女を倒す程の力を見せつけている。しかし、その業を出せるからと行って、ヴィットリアがその力に耐えられるわけではなかった。
 自身の力に体が耐えきれず、鎧が次々と砕けていき、一歩、また一歩と体も後ろへと下がっていく。
 それに合わさるように魔力の出力が下がり、ヴィットリアの攻撃は押され始めた。
 歯を食いしばりバーブルの攻撃に抗うも、現実は虚しくヴィットリアに事実を突き付けるように体を押し返していく。
 ――くッ……。だめ、押し負ける。
 そんなヴィットリアの耳に聞き慣れたレイナーの声が響く。
『大丈夫だ、ヴィットリア』
 右を見れば白い光に包まれたレイナーの姿が見える。
 託された思いを胸にヴィットリアは深く頷くと同時に懐かしい声が後ろから聞こえる。
『ああ。お前が負けるはずがない』
 続けて聞こえる声にヴィットリアは左に振り返った。驚きのあまり自分が泣いていることに気づかない。
 前世で家庭を持った夫のイヴァンが目の前にいた。『黒煙の蛇』初代統率者イヴァン・ルイジ・アドルフとなった時、ヴィットリアは既に亡くなっておりその活躍をみることは叶わなかった。
『ほら、見て!すぐそこだよ』
 続いて正面に立つ小さな少年、リノ・ルイジ・アドルフ。そこに血の繋がりはなかったが、リノは間違いなくヴィットリアとイヴァンの子で、家族であった。
 あの時の子どものままリノは、その日、死ぬ前の姿をしていた。
 その少年が笑って前を刺す。
 目の前にいるのは氷の魔女バーブル。
 ヴィットリアはもう一度思い直す。
 ――まだだ。
「はぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!」
 ヴィットリアの最後の咆哮に共鳴するように一気に魔力が吹き荒れ押されていた攻撃が拮抗する。
『ヴィットリアなら負けないよ!』
『頑張れ、ヴィットリア!』
 レイナーとイヴァンの手がヴィットリアの背中を押す。
 ヴィットリアはあらん限りの力で魔力を爆発させその技を叫んだ。
「エンハブレアクオール‼‼」
 一瞬で氷の魔女の攻撃は押し返され、白い光が世界を照らすほどの輝きを見せる。
 その輝きは一瞬で、再び世界に暗い影が戻る。
 ヴィットリアの前からバーブルは消え、代わりに元となった神器が落ちていた。

 クルド滝の上空で向かい合う始まりの魔女と終わりの魔女。
 形で息をするアデリーナは、額から溢れる黒い血液を拭いながら問いかける。
「いつから。どこまで知ってるの」
「別にすべてを知ってるわけじゃない。もしもの時に備えて一人一人、別の情報を伝えていただけ」
 無傷のミルカは平然と言い放つ。
 するとミルカの足元にある地面に白い羽が集まり円を作ると同時に弾け、二人がクルガ滝の前に現れた。
「連れてきました。アリスさんを!」
 クリフォアによってぐちゃぐちゃに鎧が変形した黒騎士がいた。
「前もっていったように泉に連れて行って」
「はい。メルフェスの支配を断ち切ってきます。また未来で会いましょう」
 クリフォアは黒騎士を連れ、水となって消えた。
「大丈夫です。『魂の棺桶』には炎の魔力、私の親であるアリーチェ様の魔力が眠っています。その魔力は私にも感知できます。全てを失った始まりの魔女の貴方とは違い」
「それは違う。自由に形を変えることのできる『魂の棺桶』を感知できるのは、それがオリジナルか模倣品かの区別だけ。世界の影響を受けない『魂の棺桶』はメルフェスには探知不可能で、一度繋がりが切れてしまえば探すのは容易じゃない。それはアデリーナも同じ。魔力を遮断する道具なんていくらでも用意できる」
「くっ……!」
 アデリーナは身を隠すために使用するフードをよく知っている。赤騎士として戦っていた時によく身に着けていたからだ。
「そうですか。『魂の棺桶』はこの戦いの鍵と言っていい。それにもかかわらずメルフェスの支配を許したのは、どれほど『魂の棺桶』二干渉でき、感知することができるのかを確認するためだったのですね」
「ところでアデリーナ。この戦いは未来の戦いでもある。ここで貴方が死んだら、未来でメルフェスを眷属として召喚する貴方の存在はどうなるの?」
「それは貴方も同じでしょ!」
 勢いよく飛び出すアデリーナ。
 ミルカは彼女の問いかけに、誰にも聞こえない声で小さく答える。
「それはどうでしょうか」
 この決戦の前に『知識の泉』を訪れたのはヴィトリアやレイナー達の件だけではなく、自分自身の考えを確認するためでもあった。
 これはおそらく自分の書いた筋書き、そして、自分自身に託された筋書きだ。
 アデリーナの攻撃を受け止めたミルカは今度ははっきりと言葉を口にして返す。
「貴方では勝てない」
 激しくぶつかり合う始まりの女と終わりの魔女。
 ミルカに押されたアデリーナは力尽きた。やはりアデリーナよりもミルカのほうが強かった。
 しかし、ミルカはアデリーナに対してとどめをさせなかった。同時に、世界が一瞬白く輝き何事か戸惑うミルカ、そんな一瞬の躊躇いを見逃さなかったアデリーナは逃げるように滝の中に飛び込み水となって消えた。
 アリスをアデリーナの手に渡すわけには行かないミルカだったが、それよりもドーン国で戦うブルーの存在が気がかりだった。
 急いでドーン国に向かったミルカはそこで受け入れがたい現実を見た。
「クソ!ここまで用意するのにどれ程の時間を要したと思っている」
 砕けた黄色い水晶を握るメルフェス。
 その前にはもはや人の形などとどめていない、ジェル状のものを吹き出す黒い塊になっていた。体の原型がなくなるほど、体を燃やしつつ付けたのだ。
 ブルーの最後の執念は格上の相手の力の一部を奪った。
 そして、戦場に立ち尽くすもう一人の白い光。彼女の前に落ちる青の神器、零剣バーブル。
 アデリーナもまた立ったまま、その命をからしていた。体からゆっくりと白い光が剥がれていき、体の形をゆっくりと失っていた。奇跡の騎士は、氷の魔女を倒したのだ。
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