第1話 世界の裁定
文字数 4,089文字
これは始まりの物語。
楽園は開園し、遠い未来で邂逅を果たす。
死を乗り越えた鎮魂歌は、奇跡を謳歌する賛美歌となる。
光り輝く白髪の少女はいう。
自分に言い聞かせるように、終点の先に差す光を掴むように。
中世的で柔らかい声は、いい慣れた言葉を口にする。
戦いは先の先を読む。相手の行動を予測し、対応する。敵の一歩先を常に歩み続ける。先に切り札を使わせ、そのうえでこちらが答えを提示する
メリア神話。
それは魔亜人とドラゴンの戦争の話。
その中で別々の種族の二人が恋に落ち、一人の子供を宿した。
その子どもの名は『始終の魔女』。
どこまでも広がる草原の大地に住む3人の魔女。『始終の魔女』の末裔である3人の魔女は神のような力を持ち、寿命などなかった。
艷やかな長い黒髪が特徴的な美しい女性。黒いドレスを身にまとった彼女の名はアデリーナ・デ・メルロ。人々には『終わりの魔女』と言う名の伝承で知られている。
アデリーナは『終わりの魔女』の力を使い、一人の魔女の命を奪った。
家の壁に刺さる二本の剣。赤い剣と青い剣が、一人の魔女の両手を突き刺し壁に貼り付ける。貼り付けられた魔女の下半身はアデリーナの黒い魔眼の力で無くなっていた。失った下半身の断面が黒い毒に染まり除々の朽ちていく。
世界のために、家族を殺す選択をしたアデリーナは、彼女の意識を次ぐように白い指輪を自分の薬指にはめる。
すると、そこに最後の家族であるブルーが姿を表した。
驚きと戸惑いに満ちたブルーの瞳。しかし、その前の昇華が起こる。
ブルーの体を包み込む昇華がこの世界に新たな魔女の誕生を宣言する。
腰まで伸びた青い髪が透き通るような綺麗な白髪へと代わり、青色のドレスが白色に変わっていく。
アデリーナの覚悟に自分の意思を示すようにブルーは自分の白髪の髪を肩あたりで切り落とし捨てる。
そんなブルーにアデリーナは意思を示す。
「世界を救うためなら、私は家族を殺します」
「本気で言っているの」
ブルーの静かで冷たい問いかけにアデリーナは白い指輪を触りながら言葉を返す。
「はい。魔女が生きていればこの世界は滅びる。『終焉の魔女』として、この世界に住む無数の命を助けなければいけない。世界の終焉からこの世界を救います。お互いの歩む道が反対と言うならば刃を構えるしかない。たとえ家族の命を奪うことになったとしても」
アデリーナの黒い魔力が建物を消し飛ばし、二人の魔女世界を股にかけ激しい戦闘を繰り広げる。
終焉と起源、終末と新生。
終わりの魔女と始まりの魔女が激突する。誰も干渉することのできない激しい戦いが続き、この世界の中心で二人が止まる。
アデリーナはブルーに別れを告げるように最後の言葉を口にする。
「私はここまでいろいろなことを経験してきた。私のために沢山の命が散った、そのうえでできたこの命。罪のない人々を、世界を崩壊させる道を私は歩むことができない。罪のないたくさんの命を守るため、力なき者たちのために、私はこの力を使う」
複雑な魔法陣が二人の足元に広がり伸びて行く。
数百メートルはくだらない巨大な魔法陣が暗闇に支配された二人を照らす。361年の節目に発動できる世界の歪みを利用した神域魔法。世界の法則を書き換えてしまう程の力を持つ、神域魔法で終わりの魔女の眷属が産み落とされる。
同時にアデリーナの後ろから黒い魔力に侵された、太陽を隠す月の周りから強大で邪悪な化け物が姿を現した。
「私は終焉の魔女。根源に、世界に、終焉をもたらす者。今ここに誓う、誓約よ。私は魔女の時代をここで終わらせる」
「そう。なら私を殺すなら本気で。弱きを助けるのなら、その力を私に証明して見せて」
「ええ。言われなくてもそのつもりです。私は決して負けない」
アデリーナと向き合うブルー。
しかし、ブルーの前に降り立つアデリーナの召喚した終焉の眷属、メルフェス。20メートルを超える真っ黒な肌の巨人、頭には黒い角が二本短く生えている。
それが完全体のメルフェスの姿だった。『誓約』、世界の法則が実体となり現世に降り立った姿。
ブルーが両手を広げると上空に黄金色のオーロラが現れ10本の巨大な聖剣が降りてくる。
審判を下す始まりの魔女の10本の武器。裁き対象は神も例外ではない。ブルーの聖剣は瞬く間に眼の前のメルフェスを突き刺し天へと召されていった。
始まりの魔女と終わりの魔女の最後の戦い。
白い星と黒い星がぶつかった。新たなる事象がこの世界に誕生し、同時に終演を迎える。
語り継がれることのない現象が大きな爪痕を世界に残す。
新生の膜と終焉の膜が激しい衝撃波を放ち鍔迫り合う。
「ブルー。最後のあがきも、コレで終わりです」
聖剣で天に召されていくメルフェスは嫌な笑みを浮かべると同時に、その聖剣は消失する。
ブルーはもう一度聖剣を生成しようとするが復活することはない。聖剣そのものが消失したのだ。
ブルーはメルフェスを見た。
メルフェスの右手に生み出された白い正方体の結晶が、当たりの光を奪うようにブルーの生み出した魔力を飲み込んでいく。空を覆うオーロラも、結晶に吸い取られていく。
ブルーの最後の光は喪われ、世界が暗く染まり世界の終焉が訪れる。
現実世界へと姿を表したメルフェスが理不尽な力を使う。
新たに生成されていた聖剣は姿を消し、同時に眷属の複製体が次々に姿を表しブルーを囲んだ。
生成された聖剣は姿を消し、もう一度生成しようとしてもすぐに飛散して生成できない。そこで魔法を発動しようとするが、何も使えないことに気がついた。
魔法を失った事を伝えるように白いドレスが、身にまとっていた服が全て消失し、自由落下を始める。
下にあるのは世界の果て、永遠の奈落が底には広がっている。大地が抉れてできた、宇宙にまでつながる大穴。
その穴の上で一人の少女と成り下がったブルーをメルフェスの大きな手のひらが掴む。
「ブルー・デ・メルロ。貴様はもう終わりだ。今の貴様に力は残っていない。《魂の棺桶》が魂を記録し、一度だけ死した者を蘇らせることができる。魂を保管する棺は世界との繋がりを隔絶し、その影響を内部に一切伝えない。世界の理を、一切の誓約の影響を受けない。だが、一度記録した魂は再度、その魂を記録することは叶わない。世界の規則を愚弄した貴様は命を世界に刻み散らした。貴様は過去ですでにその生命を一度失っている。貴様にもう未来はないのだ。我は世界に刻まれた全ての魔法を扱うことができる。貴様の作った全ての魔力を奪う器、『エデン』今使わせてもらおう」
もう片方の巨人の手のひらの上で小さく回る、光り輝く白い宝石。
彼女の魔女としての力が全てその宝石にしまわれていた。
今の彼女に魔力を回収するすべも取り込むすべもない。
この状況を打開するすべなどなかった。
ただの人間に成り下がったブルー。
握りつぶされても、そのままこの奈落に落とされても死ぬ。
「ここまでよくやったがこれが貴様の現実だ。我、メルフェスの前で儚い海の塵と化すのだ。世界の法則は絶対だ。誰にも止められはしない、これは宇宙の定めなのだから」
ブルーの眼の前でメルフェスという巨人が白い宝石を握りつぶす。
それはもう彼女に救いがないことを伝える。
ブルーに残った微かな力が失われるように、小さな魔力が意識と共に引っ張られた。
暗闇の視界の中、消えゆく意識の中で、メルフェスの言葉だけが最後に聞こえる。
「終わりの時は来た。魔女の時代は終りを迎え、神話は終演を迎える。世界の裁定は終焉の魔女アデリーナによって定められていたのだ」
「もっしもーし。大丈夫ですか―?おーい。聞こえてます―?」
女性の声で目を覚ましたブルーは体を起こす。
「あれからどうなった……ここはどこ」
そう自然と口からこぼれ出たブルー。
被せられていた布が体からこぼれ落ち、綺麗な美貌と真っ白な肌をあらわにする。
白い砂浜に倒れていたブルーは眩しい日差しを手で隠しながら状況を整理する。
ここは海岸で、ここにいるのはブルーと眼の前の女性だけ。
何か長い夢をみていたような気がするブルーはその内容を思い出そうとするが何も思い出せなかった。同時に自分の名前以外のことは何も覚えていなことに気がついた。自分が何者なのかわからない、何をしていたか、名前以外何もわからなかった。
改めて声をかけて来た目の前の女性を見つめる。
彼女はためらうこともなくブルーの裸体をつま先からてっぺんまでまじまじとなぜか嬉しそうに見つめていた。
「あ!ごめんごめん。すっごい綺麗だったから」
笑顔で微笑む彼女はそういうもののブルーの体から目をそらそうとはしなかった。
仕方なく、掛けられていた布で身を隠すブルー。
「所でなんで裸なの?」
その問いにブルーは素直に答えた。
「わからない」
ブルーは彼女からローブを受け取り、案内されるがまま彼女についていく。
彼女の名前はアリス。
ここ、ドーン国で航海士をしているらしい。
ドーン国は世界でも有数な貿易国家で、この世界最大の国、グエンモール大王国の盟友国。
街の中心を隔てる大きな通りは、たくさんの人々で活気づく。
ブルーは通りの先にある大きな宮殿に目を止めた。
「あれはフレムドーン宮殿。この国の国王が住んでるんだよ」
「……国王」
「その感じ、本当に何も知らないんだ」
少し驚いた顔をするアリスはニッコリと笑うとブルーの手を引き走り出す。
ブルーの返答もなくアリスは続けた。
「何も知らないなら、この世界のことたくさん、楽しいこといっぱーい教えてあげる!初めてのことがいっぱいだ!それじゃあ私が、最初の友達だね!改めてよろしく、私はアリス・ディ・レオーネ!」
アリスの満面の笑みはブルー自身も気づいていなかった心の不安を優しく照らした。
その屈託ない笑顔はまるでアリスのためにあるかのように、可愛かった。
ブルーの頬が微かに緩む。
何も知らないこの世界で唯一知っていた名前を口にする
「私はブルー・デ・メルロ。よろしく」
楽園は開園し、遠い未来で邂逅を果たす。
死を乗り越えた鎮魂歌は、奇跡を謳歌する賛美歌となる。
光り輝く白髪の少女はいう。
自分に言い聞かせるように、終点の先に差す光を掴むように。
中世的で柔らかい声は、いい慣れた言葉を口にする。
戦いは先の先を読む。相手の行動を予測し、対応する。敵の一歩先を常に歩み続ける。先に切り札を使わせ、そのうえでこちらが答えを提示する
メリア神話。
それは魔亜人とドラゴンの戦争の話。
その中で別々の種族の二人が恋に落ち、一人の子供を宿した。
その子どもの名は『始終の魔女』。
どこまでも広がる草原の大地に住む3人の魔女。『始終の魔女』の末裔である3人の魔女は神のような力を持ち、寿命などなかった。
艷やかな長い黒髪が特徴的な美しい女性。黒いドレスを身にまとった彼女の名はアデリーナ・デ・メルロ。人々には『終わりの魔女』と言う名の伝承で知られている。
アデリーナは『終わりの魔女』の力を使い、一人の魔女の命を奪った。
家の壁に刺さる二本の剣。赤い剣と青い剣が、一人の魔女の両手を突き刺し壁に貼り付ける。貼り付けられた魔女の下半身はアデリーナの黒い魔眼の力で無くなっていた。失った下半身の断面が黒い毒に染まり除々の朽ちていく。
世界のために、家族を殺す選択をしたアデリーナは、彼女の意識を次ぐように白い指輪を自分の薬指にはめる。
すると、そこに最後の家族であるブルーが姿を表した。
驚きと戸惑いに満ちたブルーの瞳。しかし、その前の昇華が起こる。
ブルーの体を包み込む昇華がこの世界に新たな魔女の誕生を宣言する。
腰まで伸びた青い髪が透き通るような綺麗な白髪へと代わり、青色のドレスが白色に変わっていく。
アデリーナの覚悟に自分の意思を示すようにブルーは自分の白髪の髪を肩あたりで切り落とし捨てる。
そんなブルーにアデリーナは意思を示す。
「世界を救うためなら、私は家族を殺します」
「本気で言っているの」
ブルーの静かで冷たい問いかけにアデリーナは白い指輪を触りながら言葉を返す。
「はい。魔女が生きていればこの世界は滅びる。『終焉の魔女』として、この世界に住む無数の命を助けなければいけない。世界の終焉からこの世界を救います。お互いの歩む道が反対と言うならば刃を構えるしかない。たとえ家族の命を奪うことになったとしても」
アデリーナの黒い魔力が建物を消し飛ばし、二人の魔女世界を股にかけ激しい戦闘を繰り広げる。
終焉と起源、終末と新生。
終わりの魔女と始まりの魔女が激突する。誰も干渉することのできない激しい戦いが続き、この世界の中心で二人が止まる。
アデリーナはブルーに別れを告げるように最後の言葉を口にする。
「私はここまでいろいろなことを経験してきた。私のために沢山の命が散った、そのうえでできたこの命。罪のない人々を、世界を崩壊させる道を私は歩むことができない。罪のないたくさんの命を守るため、力なき者たちのために、私はこの力を使う」
複雑な魔法陣が二人の足元に広がり伸びて行く。
数百メートルはくだらない巨大な魔法陣が暗闇に支配された二人を照らす。361年の節目に発動できる世界の歪みを利用した神域魔法。世界の法則を書き換えてしまう程の力を持つ、神域魔法で終わりの魔女の眷属が産み落とされる。
同時にアデリーナの後ろから黒い魔力に侵された、太陽を隠す月の周りから強大で邪悪な化け物が姿を現した。
「私は終焉の魔女。根源に、世界に、終焉をもたらす者。今ここに誓う、誓約よ。私は魔女の時代をここで終わらせる」
「そう。なら私を殺すなら本気で。弱きを助けるのなら、その力を私に証明して見せて」
「ええ。言われなくてもそのつもりです。私は決して負けない」
アデリーナと向き合うブルー。
しかし、ブルーの前に降り立つアデリーナの召喚した終焉の眷属、メルフェス。20メートルを超える真っ黒な肌の巨人、頭には黒い角が二本短く生えている。
それが完全体のメルフェスの姿だった。『誓約』、世界の法則が実体となり現世に降り立った姿。
ブルーが両手を広げると上空に黄金色のオーロラが現れ10本の巨大な聖剣が降りてくる。
審判を下す始まりの魔女の10本の武器。裁き対象は神も例外ではない。ブルーの聖剣は瞬く間に眼の前のメルフェスを突き刺し天へと召されていった。
始まりの魔女と終わりの魔女の最後の戦い。
白い星と黒い星がぶつかった。新たなる事象がこの世界に誕生し、同時に終演を迎える。
語り継がれることのない現象が大きな爪痕を世界に残す。
新生の膜と終焉の膜が激しい衝撃波を放ち鍔迫り合う。
「ブルー。最後のあがきも、コレで終わりです」
聖剣で天に召されていくメルフェスは嫌な笑みを浮かべると同時に、その聖剣は消失する。
ブルーはもう一度聖剣を生成しようとするが復活することはない。聖剣そのものが消失したのだ。
ブルーはメルフェスを見た。
メルフェスの右手に生み出された白い正方体の結晶が、当たりの光を奪うようにブルーの生み出した魔力を飲み込んでいく。空を覆うオーロラも、結晶に吸い取られていく。
ブルーの最後の光は喪われ、世界が暗く染まり世界の終焉が訪れる。
現実世界へと姿を表したメルフェスが理不尽な力を使う。
新たに生成されていた聖剣は姿を消し、同時に眷属の複製体が次々に姿を表しブルーを囲んだ。
生成された聖剣は姿を消し、もう一度生成しようとしてもすぐに飛散して生成できない。そこで魔法を発動しようとするが、何も使えないことに気がついた。
魔法を失った事を伝えるように白いドレスが、身にまとっていた服が全て消失し、自由落下を始める。
下にあるのは世界の果て、永遠の奈落が底には広がっている。大地が抉れてできた、宇宙にまでつながる大穴。
その穴の上で一人の少女と成り下がったブルーをメルフェスの大きな手のひらが掴む。
「ブルー・デ・メルロ。貴様はもう終わりだ。今の貴様に力は残っていない。《魂の棺桶》が魂を記録し、一度だけ死した者を蘇らせることができる。魂を保管する棺は世界との繋がりを隔絶し、その影響を内部に一切伝えない。世界の理を、一切の誓約の影響を受けない。だが、一度記録した魂は再度、その魂を記録することは叶わない。世界の規則を愚弄した貴様は命を世界に刻み散らした。貴様は過去ですでにその生命を一度失っている。貴様にもう未来はないのだ。我は世界に刻まれた全ての魔法を扱うことができる。貴様の作った全ての魔力を奪う器、『エデン』今使わせてもらおう」
もう片方の巨人の手のひらの上で小さく回る、光り輝く白い宝石。
彼女の魔女としての力が全てその宝石にしまわれていた。
今の彼女に魔力を回収するすべも取り込むすべもない。
この状況を打開するすべなどなかった。
ただの人間に成り下がったブルー。
握りつぶされても、そのままこの奈落に落とされても死ぬ。
「ここまでよくやったがこれが貴様の現実だ。我、メルフェスの前で儚い海の塵と化すのだ。世界の法則は絶対だ。誰にも止められはしない、これは宇宙の定めなのだから」
ブルーの眼の前でメルフェスという巨人が白い宝石を握りつぶす。
それはもう彼女に救いがないことを伝える。
ブルーに残った微かな力が失われるように、小さな魔力が意識と共に引っ張られた。
暗闇の視界の中、消えゆく意識の中で、メルフェスの言葉だけが最後に聞こえる。
「終わりの時は来た。魔女の時代は終りを迎え、神話は終演を迎える。世界の裁定は終焉の魔女アデリーナによって定められていたのだ」
「もっしもーし。大丈夫ですか―?おーい。聞こえてます―?」
女性の声で目を覚ましたブルーは体を起こす。
「あれからどうなった……ここはどこ」
そう自然と口からこぼれ出たブルー。
被せられていた布が体からこぼれ落ち、綺麗な美貌と真っ白な肌をあらわにする。
白い砂浜に倒れていたブルーは眩しい日差しを手で隠しながら状況を整理する。
ここは海岸で、ここにいるのはブルーと眼の前の女性だけ。
何か長い夢をみていたような気がするブルーはその内容を思い出そうとするが何も思い出せなかった。同時に自分の名前以外のことは何も覚えていなことに気がついた。自分が何者なのかわからない、何をしていたか、名前以外何もわからなかった。
改めて声をかけて来た目の前の女性を見つめる。
彼女はためらうこともなくブルーの裸体をつま先からてっぺんまでまじまじとなぜか嬉しそうに見つめていた。
「あ!ごめんごめん。すっごい綺麗だったから」
笑顔で微笑む彼女はそういうもののブルーの体から目をそらそうとはしなかった。
仕方なく、掛けられていた布で身を隠すブルー。
「所でなんで裸なの?」
その問いにブルーは素直に答えた。
「わからない」
ブルーは彼女からローブを受け取り、案内されるがまま彼女についていく。
彼女の名前はアリス。
ここ、ドーン国で航海士をしているらしい。
ドーン国は世界でも有数な貿易国家で、この世界最大の国、グエンモール大王国の盟友国。
街の中心を隔てる大きな通りは、たくさんの人々で活気づく。
ブルーは通りの先にある大きな宮殿に目を止めた。
「あれはフレムドーン宮殿。この国の国王が住んでるんだよ」
「……国王」
「その感じ、本当に何も知らないんだ」
少し驚いた顔をするアリスはニッコリと笑うとブルーの手を引き走り出す。
ブルーの返答もなくアリスは続けた。
「何も知らないなら、この世界のことたくさん、楽しいこといっぱーい教えてあげる!初めてのことがいっぱいだ!それじゃあ私が、最初の友達だね!改めてよろしく、私はアリス・ディ・レオーネ!」
アリスの満面の笑みはブルー自身も気づいていなかった心の不安を優しく照らした。
その屈託ない笑顔はまるでアリスのためにあるかのように、可愛かった。
ブルーの頬が微かに緩む。
何も知らないこの世界で唯一知っていた名前を口にする
「私はブルー・デ・メルロ。よろしく」