第15話 再会

文字数 5,075文字

 数時間前。
 教皇となったミルカの元にアリスが訪れた。
 互いに姿を見せ対等に会話を続ける。
「貴方のことだから目的は言わないんでしょ。記憶と力を奪ったブルーをなにも言わずに私に委ねた。未来の終わりの魔女との戦いに勝ちたい、その願いは私も同じだってことは忘れないで。だからこそ、最強の貴方に期待して神器を渡しに来た」
 アリスは期待を込めた優しい瞳を見せながら青い剣を渡す。それは昔の自分が愛用した、シルビアから頂いた大切な神器。零剣バーブル。
「あなたならこの剣の価値を理解しているでしょ」
 未来の始まりの魔女は相反する炎の魔力を無理やり使い、その代償として両方の魔力を失うこととなった。しかし、その後全てを失った体の中に新たな魔力が新生する。無限の魔力と無限の新生、新たな起源を生み出す事、それが始まりの魔女の力。新たな魔力に満たされた彼女に昇華が起こり始まりの魔女となった。
 そのため始まりの魔女は炎と氷の魔力は使えない。
 しかし、零剣バーブルを手にすればその神器を通し氷に魔法を使用することが可能だ。純粋な氷の魔女の力と比べれば見劣りするのはやむを得ないが、使えないよりはよっぽどマシだ。
 ミルカの手元には既に炎の魔女の魂が刻まれた『魂の棺桶』がある。この時代のブルーの体に魔法刻む事を考えても、とても貴重なアイテムだ。
 既に知った歴史をなぞるようにミルカは答える。
「ありがとう、今は受け取っておきます。いずれ返すその時まで、ブルーを頼みます」
「私に力はない。魔法も使うことはできない、それなのにどうして?」
「誓約の追跡はもう始まっている。それに、ブルーは用心深く感が鋭い。特に彼女は私自身だから、本能的に私を警戒します」
「そんな事気にしなくても、あなたが彼女を助ければ?それに私のそばよりもよっぽど安全で効率的。始まりの魔女にするのはそんな簡単なことではないはずだけど」
「ブルーは私自身。その行動や考え方は私が一番よく分かっている」
「わかった。ブルーが私と行動する事を選んだ時は可能な限り最善を尽くすよ」
 アリスが背を向けると街から魔力の共鳴を感じ、直後に爆発が響く。
 それが『誓約』の眷属、赤騎士がブルーを襲っていると二人ともわかっていた。
 アリスは振り返るとミルカを見つめ、本当の名を口にする。
「始まった。ブルー、頼んだよ」
 白い仮面を身につけたミルカは白い羽を舞わせ、その場から消えた。
「全てはここから始まる」
 城に取り残されたアリスは一人小さく声を漏らす。
 最初の計画に確かな手応えを感じていたアリスは思わず頬が上がる。 
 抑えきれない感情がアリスの後ろに映る影からは黒い魔力が微かに溢れていた。


 記憶を失ったブルーがアリスと共にドーン国を出る前の夜。
 フレムドーン宮殿。
 王座に座る国王カルドの方に小さな真っ赤な鳥が止まる。
 鳥が何かをささやくと、カルドは重い腰を上げ宮殿の奥深くに進む。
 誰にも使われなくなった地下へ続く石の階段。
 その先に待つ大扉には二人の女性が向かい合うように描かれている。
 固く止まっていた時が再び動き出すように大扉が、ゆっくりと鈍い音を立てながら開かれる。
 部屋に入ると同時に部屋の灯火に光が灯る。
 中央の祭壇が最後に明るく灯された。
 カルドの肩に止まる鳥が祭壇に向かって飛び立つと体は次第に大きくなり、赤い炎に包まれる。
 一メートルほどに膨れ上がった炎の鳥は祭壇の中央で弾け飛び、炎の影から一人の女性が現れる。
「カルド。駄目じゃない、勝手にこんなことをしては」
 炎の魔女の力を持つ彼女の右手からこぼれ落ちる魔法石。
 高密度の魔力のこもった魔法具の心臓。
 それは魔人機、魔法によって作られた人形戦闘機の核。
 ブルーを追跡していた人形だった。
「すみません、アリーチェ様。ど、どうか命だけは……」
 アリーチェは石像のように表情を固め、全てを飲み込むような漆黒の瞳がカルドを見つめる。
 沈黙の中、唾を飲み込むと少ししてからアリーチェは笑顔を向けて答える。
「どうして無防備な彼女を今殺さないかわかる?何も力を持たない状態でドーン国におくり、あえてブルーを放置している。これは彼女のまいたエサよ。それよりももっと先の事を計画しないと。彼女はいずれブルーに力をつけさせるために接触をする。用意周到な彼女その基盤を整えるでしょう。だからグエンモールに赤騎士を潜ませた。この意味がわかる?記憶を失っているとしてもブルーはブルーなの。彼女の感の良さと疑い深さを利用するのよ。グエンモールで彼女を襲うの。そして、その命を奪う。でも、そんな簡単ではない事はわかってる。たとえ殺せなくても警戒心を高めることはできるわ。彼女にグエンモールから離れるように誘導し、ブルーのテリトリーからなるべく離れさせるの。命を狙われた場所に残りたいなんて思わないでしょ?そのためにもグエンモールでブルーに彼女の付け入る隙を与えないためにも、ドーン国で襲ってはいけない。警戒させるようなことをしてはいけないの。わかった?ブルーに、彼女に関することに一切干渉してはいけない。深煎りなんてしたら命が幾つあっても足りないよ?」
「はい。今後同様な行為がおきないよう、充分に注意します」
 カルドは深々と頭を下げた。そんなカルドを余所にアリ―チェは続ける。
「しばらくこの国を離れることになる。グエンモールに行くことになったの。それと、おそらく起源の追跡が始まる。誓約のために準備を始めなさい。来る日のために」
 カルド王はアリーチェに問いかける。
「アリーチェ様の言う通りブルーがグエンモールを出たとしてその後はどうするのですか?」
 アリーチェは黒いモヤを瞳から零しながら答える。
「初めて感じる死の恐怖。そんな強烈な感情を経験し、命を狙われていると知ったブルーは、盟友国であるドーン国には戻らないでしょう。貴方の魔人器にもブルーは気づいていた。だから、誰も知らない国に行くべき。そして、この世界の一部歴史を知れる場所。ちょうど都合よくそんな国が残っている。世界から断絶され、歴史と一緒にただ滅び朽ちていくのを待つ国。あの方が住まう地、万栄国」



 赤騎士に襲われ気を失ったブルーが目を冷ました。ブルーの問いかけに対し過去の経験と同じ様にミルカは答える。
 目の前のブルーはあのときと同じようにその運命をたどる。これが運命の収束力なのだろうか。それを確かめるように、赤騎士に襲われグエンモール大王国を出ていくブルーを見届け、ミルカは最北端のクルガ滝に向かった。
 零剣バーブルの力を借り辺り一帯を一瞬で氷の大地に変える。始まりの魔女に昇華するための最低条件がこの空間の氷を全て溶かすこと。
 ミルカはアリスから教えてもらった記憶と自分の記憶を頼りに万栄国に向かう。そこで、ブルーはクリフォアと出会い別れを経験する。以前のミルカはクリフォアに接触し、ブルーをクルガ滝に行くように誘導した。今回はクリフォアを殺さずに万栄国に誘導する。赤騎士を倒す前に力を奪えば真相を知りたいブルーは『知識の泉』に行くだろう。
 クルガ滝に誘導すること自体は対して難しくない。
 問題は終わりの魔女だ。
 万栄国は終わりの魔女の領域。彼女との戦闘は避けられない。
 私は終わりの魔女アデリーナと戦ったことはもちろん、会ったことすらない。炎と氷の両方の魔力を使い、更に二つの魔力を複合した黒い魔力を使うことができると知っている。しかし、それ以外はなにも知らない。未来のミルカがアデリーナとどういった関わりをしていたのかを一つも知らないのだ。
 覚悟して向かわなければいけないが、何もただ悪いことばかりではない。
 終わりの魔女が何をどこまで知っているのか、どうして世界に終焉をもたらすのか知ることができる。完全に敵対するのは未来の話であり、その時のためにも情報は何よりも必要なものだ。



 万栄国跡地を見て回る耳の後ろに小さな角の生えた少女クリフォア。
 一筋の光が差し込む廃墟の十字路。
 その中心に白いドレスと髪の少女。その頭には小鳥たちが止まっていた。見たこともない人の姿に背の低い少女クリフォアは驚いた。
 彼女の存在に気がついた白いドレスの少女はクリフォアへ向き直る。
 急に動いたことによりは、小鳥たちは驚いてどこかへ飛び去っていく。小鳥が止まるほど、体を静止させていた彼女は一体どれほどの間そこにいて何をしていたのか。
 そんな事を疑問を抱くクリフォアの頭の中に、声が直接響く。それが目の前の白い少女によるものだとすぐに理解した。
「クリフォア。あなたの探す答えは『知識の泉』にある。自分の望み通り世界を変えたいならクルガ滝を目指しなさい。ここに来る来客者と共に」
 クリフォアの目の前に白い羽が一枚降ったかと思うと、目の前から白髪の少女は消えていた。そして、白い羽もすべて消えいつもどおりの光景が広がっている。
「知識の泉」
 クリフォアは頭の中に聞こえた言葉を復唱する。
 全ての救い求めていた答えがそこにある。きっとそうだ、希望を諦めるにはまだ早い。 
 クリフォアは新たな希望を胸に歩む。

グォアアアァァ―――‼
 
 突如大地を揺るがすような咆哮が空間に響き渡り、木々が揺れ砂埃が舞う。
 言うまでもなく今のはドラゴンの咆哮だ。
 ドラゴンの声を聞き取ったクリフォアは来客者の存在を理解し万栄国跡地の入口に戻る。



 クリフォアを連れたアリス一行が山を登っていく姿を見届けるミルカ。
 なるべく本来の歴史と運命が変わらないように終わりの魔女との接触を避けるミルカは、ドラゴンの強襲を受けるあの瞬間を待った。
 そして、その時はすぐに来た。
 ドラゴンに襲われたブルーの周りに白い羽を広げ時間を静止させ、語りかける。
「渡した羽を使いなさい。このドラゴンは赤騎士に支配されている。従来、ドラゴンとは赤騎士の儒者。そのために作られた道具に過ぎない」
 ミルカの時間を求める強力な魔法。それを感じ取った終わりの魔女が遂に姿を表した。
「そう、なぜこの辺境の地に人が現れたと思えば、貴方でしたか」
 静止した世界から見た外の景色は止まって見える。しかし、実態は白い羽で囲われた内側の世界だけが静止しているに過ぎない。もっと細かく言えば羽の内側と外側で流れる時間軸は違う。
 羽根により時間は区切られ互いに干渉できないはずなのに、終わりの魔女の声が外から内側い響く。
 アデリーナの底しれない力を身を持って実感するミルカは白い仮面の内側から小さく言葉を漏らす。
「終わりの魔女」
 その言葉にブルーが反応する。
「なぜここにいるのですか」
 ブルーの問いかけにミルカは簡単に答える。
「真実を知りたいなら、運命を変えたいなら、私と一緒に過去を救って。彼女の相手は私がする、貴方には荷が重すぎるから。それと、これだけは忘れないで。魔女は人とは違う、人にはなり得ない。特別な力には責任が伴う」
 ブルーの言葉をまたずに羽で宇宙に飛んだミルカ。
 声から感じた黒い魔力の反応を追ってアデリーナの元に飛んだミルカ。
 黒いドレスに身を包み艶ややかな黒い髪を腰まで伸ばした美しい少女。
 初めて見た終わりの魔女であるアデリーナの美しさに思わず見惚れてしまう。
 そんなミルカにアデリーナは心の声を漏らす。
「あの日、全ての魔女と眷属を殺し『誓約』を終わらせたと思っていたのに、別世界の悪王、オルデルトに目をつけられた。新たな世界を相手にしなければいけないの、それに続け過去からはブルーが送られ、未来からは『魂の棺桶』が送られた。これらも全てオルデルトに目をつけられる」
 アデリーナが唐突に明後日の方向を睨むと、そこには半身がモゲた小さな黄金のクジラが浮いていた。金色のクジラから黒い魔力の余韻が残っている。
 睨んだと同時に放たれた眼光により黒い魔力で一瞬にして一つの生物を葬ったのだ。
 アデリーナはミルカに続ける。
「オルデルトはこの世界の『誓約』に目をつけた。どうせオルデルトに使われるならその前に私が殺す。それがせめての救いでしょう」
 荒々しく溢れ出す黒い魔力。圧倒的などす黒い魔力がすべてを包み込む。
「待って、オルデルトとは何。あなたの目的は?」
 ミルカの問いかけに終わりの魔女は一切の反応を見せず審判を告げるようにその名を名乗る。
「我が名は終焉の魔女アデリーナ・デ・メルロ」
 ミルカは一切の語りかけを諦め覚悟を決めるように、引き継いだその名を告げる。
「我が名は始生の魔女ミルカ・デ・メルロ」
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