第3話 グエンモール

文字数 4,021文字

 ブルーはアリスとレイナーと共に、船に荷物を乗せシルヴィア海に出港する。
「シルヴィア海はグエンモールを囲うように広がってるの」
 海兵線を見つめていたブルーの隣にアリスが並ぶ。
「アリスはどうして航海士になったんですか?」
「世界をたくさん見て回りたかったからだよ。いろいろな人と関わって見たかった、世界をもっと知りたかった」
「知れたんですか?」
「まあまあかな、例えばこの海、シルヴィア海。ここは昔はただの陸地で大昔の戦いでシルヴィア海ができたってい言われてるんだよ」
「この海がですか?」
 ブルーの問いかけに答えたのはレイナーだった。
「真に受けなくていいぞ。ただの言い伝え、単なる伝承だ。この海を渡るために一ヶ月はかかるんだぞ。こんな広大な海を作れるならとっくに世界は支配されてるし、もっとたくさんの記録が残っててもおかしくないだろ」
「そうですね」
 納得するブルーにアリスはほっぺたを膨らませながら愚痴をこぼす。
「夢がないなー」
 そんな時、船に大きな影を落とす。
 空を見上げれば、船と並行するようにドラゴンが羽ばたいていた。
「ドラゴンに乗れたら一日で付くのになー」
「そんなに早いんですか?」
「ああ。そもそも使役なんてできないし、そんな速さで飛んだら荷物がふっとばされる。でも、いつか乗れるようになる日も来るかもな」



 終焉の魔女の生み出した眷属が、彼女だけに聞こえる言葉を放つ。
「やつ。逃げたな」
 眼の前にいた魔女の痕跡がこの世界から消える。
 圧倒的な力を持ってもなおアデリーナは警戒を解いてはいなかった。彼女の強さを知っている。どんな逆境にも平然と抗って見せる彼女はまさに鬼神。最強の名が最も似合う者。
 隣にずっといて、見てきたからこそ準備を万全に整えてきた。
 一つの神器を渡し終焉の魔女は眷属に伝える。
「彼女の力を侮ってはいけない。これも計画だ。彼女を追跡して追い詰めて。相手の出方を待つのではなく、こちらが一歩先手をかける。炎の魔女の力を存分につかいなさい」
 眷属が頷くと、体から生み出した分身が次々とターゲットを追いかけるように次元の間に入っていく。



「見えてきた!王都グエンモール‼」
 アリスの声に皆が顔を向けた。
 船の上で一ヶ月ほど過ごしたブルーは遂にグエンモールについた。
 港にはブルーたちの船の10倍はくだらない巨大な船も何席も並んでいた。横を通り過ぎるとより大きさの違いに魅せられる。大小さまざまな船が鎮座する港、この国がいかに裕福なのかがわかる。
 レイナーは港街に残るようで、ブルーとアリスと一緒に荷代に詰めた荷物を目的の貴族のもとに運ぶ。
 大きな城壁は20メートルはくだらない。
 その先には大きな港町が広がっているが、見る形の住む貴族はそのさらに先。
 広大な開けた草原をしばらく移動すると王都グエンモールが見えてくる。
 巨大な城壁に、城壁越しから見える丘の上に立つ立派な城。
 草原を超え、城門をくぐると大きな建物が立ち並ぶ町並みが広がっていた。
 ドーン国とは違い、きれいに整えられた高い建物が均一に立ち並んでいる。
「全然雰囲気が違うでしょ」
 頭上を見上げるブルーは顔を下げることもなく静かに言葉を返した
「はい」
 貴族に荷物を届け終えた二人は魔法店を訪れ検査してもらった。
「ん〜、魔法はまだまだ未知の技術でして、原理も法則もわかってないことが多いんです。魔法の適性がある人は大変珍しく一握りですし、敵精度が高ければ国に引き取られてしまいますからね。ここグエンモールも例外ではなりません。比較的寛大な待遇をいただけますが、個人の自由もありませんし、人生のすべてを国に管理されてしまいます。しかし、ブルー様。お客様の場合はどうなんでしょう。アリス様の言う通り、私も今まで見たことがないほど魔力適性を有しているように見えますが、高すぎる故か炎系統の魔力に拒絶されている。だからといって一般人と変わらない程度の魔力しか持ってはいない。もし炎系統の魔力を使えるようになる日がくれば、とてつもない魔法使いになるでしょ。それも類を見ないほど最強の」

 ブルーとアリスがお店を出るともう日は暮れていた。
 二人はホテルに向かった。
 高級感の溢れる壁や床、光を反射するほど綺麗に磨かれた石に目を奪われる。
「贅沢しちゃった」
「どうりで」
 でもそんなことはどうでもよかった。
 ブルーは初めての経験に無意識に気分が高揚する。
 ブルーは久しぶりのお風呂を済ませると、アリスはバルコニーで伝達鳥に報告書を括り付けていた。
「どうだった?」
「最高でした。それはレイナーさんにですか?」
「うん、そうだよ。一週間以内に帰るって」
「明日ここを出るのではないのですか?」
「せっかく来たんだよ!遊ばないと!それに仕事も取り付けないとね」
 順序が違う気がするがブルーは突っ込まなかった。
 ブルーはふかふかなダブルベットを見つめながら無意識に頬を緩ませる。
 ベットに向かうブルーにアリスが申し訳無さそうに声をかけてきた。
「あ!私やらなきゃいけないこと有るんだった‼ごめん、先寝てて!。ちょっと出てくるね」
 そうしてそそくさと部屋を出ていったアリス。
 ブルーは部屋の明かりを消し念願のふかふか布団に身を包んだ。
 普段、アリスに真顔を注意されるブルーの顔が自然に綻ぶ。
 商談で必要な愛想笑いというのがブルーは苦手だった。
 しばらくの間、幸せで満たされていると誰かが部屋をノックする。
「はい」
 体を起こし扉に向かう。
 返事はなかった。
 アリスではないのだろう。
 そう思い扉を開けようとすると同時に、剣が扉の木を突き破りブルーに向かって伸びていく。
 咄嗟に後ろに飛ぶブルー。
 ゆっくりに見える動きの中、剣が伸ばされている現状にも驚かされるが、何よりも咄嗟に反応できた自分自身に驚いた。
 扉の先には複数の赤い鎧を着た騎士がいた。状況が理解できないブルーは自分の命が狙われていることだけを理解するが、今のブルーに対処する手段はない。人生で剣を向けられたことは愚か、喧嘩もしたことはない。逃げ道は窓しかないがここは四階だ。助けを求めてもこの赤騎士たちに勝てる人はそうそういない気がするが、そもそも助けを求める前に殺されそうだ。
 少しの睨み合いの後、ブルーは生きるために動いた。
 左手でテーブルの上にあった水の入ったコップを投げ右手で布団を広げ、ブルーへ向けられる視線を奪う。斬撃が簡単に布団を切り裂きブルーの姿をあらわにするが、同時に投げつけた枕が切り落とされると、中の綿が飛び散った。
 ブルーは窓から外に飛び出した。
 地面に素足で着地するブルーに衝撃が襲う。
 どこの骨も折れてはいないようだった。
 自分の体がまだ動くか確認してから部屋に目線を向けると大きな爆発が起こると、先程の赤騎士が部屋から飛び出してきた。
 鎧を全身に身に着けているのにもかかわらず、彼らは平然と四階の窓から飛び降り綺麗に着地する。
 逃げないと。
 ブルーはその思いだけで痛む体を無視して走り出した。
 後ろから飛んでくる炎の塊。背中から感じる熱を頼りに、左右に体を動かし最低限の動きで回避する。お陰で、左右に揺らされる時間ロスは少ない。
 通り過ぎた炎が木を一瞬で炎の気に変える。
 水分を多く含む木が一瞬で炎に包まれたのだ、直撃したらどうなるかは言うまでもない。
 しかし、この逃走劇もいつまでも続かなかった。ブルーはこの街の構造を知らない。逃げた先は5階建ての建物に囲まれた袋小路、後ろからは赤騎士たちが迫っていた。
 ブルーは目の前の建物に目を向けるつ、考える前に体が動いていた。深く踏み込んだ足で大きく地面を蹴るり、体が上に押され地面からグングンと離れていく。五階のバルコニーになんとか手が届く。
 しかし、同時に足に強烈な激痛が走りもう動けないことを伝えていた。それでもなんとか腕の力だけでバルコニーを登ると、背後から熱を感じる。
 赤騎士たちは軽々しく跳躍していた。
 剣が真っ赤に輝き炎が溢れ出す。
 腕の力だけで咄嗟に建物の中に飛び込むが、建物もろとも爆発が襲い、巻き込まれたブルーは瓦礫と一緒に地面を転がった。もう足も腕も体もどこも動かない。
 朦朧とした意識の中、どこからともなく光輝く白い羽が落ちてくる。
 あたりに舞う無数の白い羽、同時に音もなく白いドレスに身を包む美しい白髪の女性が現れた。
 白髪は肩に触れるかどうかで切りそろえられ、真っ白な肌が儚さを醸し出す。
 彼女の顔は白い仮面で隠されていて見ることは叶わない。
 地面に触れることなく宙を浮く女性は静かな声で宣言する。
「起源の理に反する者よ、神の断罪を受けるがいい」
 それは神の裁きのように、抗うこともできず、ただ徹底的に事実を押し付ける。
 3人の赤騎士の炎が辺り一帯に吹き荒れ灼熱の業火を作り出すが、薄い光の膜が一切の炎の進行を拒絶する。吹き荒れた炎の後に、白い羽は焼け落ちることもなくその場にとどもっていた。
 羽は一瞬強い輝きを放ち、白い聖剣へと姿を変えると、3人の囲む無数の白い聖剣が次々に動き出し、弾丸のように飛び出した聖剣が赤騎士を襲う。
 いくら弾こうと止まることなく、一度狙った的を逃さない。追尾する聖剣が壊れることはない。そして、止まることもなかった。
 次々に貫かれていく赤騎士たちは全員飛散し姿を消した。
 振り向いた彼女が近づいてくるとこでブルーの意識は飛んだ。

 ベットの上で目を覚ましたブルーは大きな部屋を見渡した。
 置かれている家具も装飾もどれもとても美しく高価そうなものばかりだった。
「目を覚ましましたか」
 声の方に顔を向けると倒れる前に助けてくれた白い女性がいた。
「ブルー・デ・メルロ。あなたの名前は知っています。改めて自己紹介をしましょう。私はここグエンモール大王国の管理者、グエンモール教皇、尚の名をミルカ・デ・メルロ。この国の女王です」
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