第11話 それぞれの戦い

文字数 5,834文字

 ドーン国。
 港にいる者たちがふと空を見ると、真っ暗な夜空からなにか樽のようなものが落ちてくる。同時に大きな音を立てて爆発し、次々に街に火が引火し、人々は悲鳴を上げ逃げ惑い、大混乱が起こった。
「何かが浮いてるぞ」
「敵の船だ!にげろ」
 騒動の中、宮殿から街を見届けるカルド王とバーブル。
「てっきり静かに事を済ませるかと思っていたが、ここまで堂々と姿を表すとはな。バーブル、ブルーのことは任せよう。我の相手はミルカだ」
「はい」
 背を向けて歩き出すカルド王。
 バーブルは剣を引き抜くと青く輝く剣で空を斬る。振り下ろされた斬撃が氷となり空中を裂いていく。
 空に浮く船は氷の斬撃と同時に一瞬で氷付き自由落下を始めた。

 夜空に浮く火薬を詰め込んだ船は一周で凍らされ、その機能を失い自由落下を開始する。
「ブルー様が言われたとおりに」
「そーね」
 ハイネの言葉にナディアが憎しみを込めて街を燃やす。ナディアの投げたナイフが家の木材に刺さると、炎が溢れ出し木々を燃やす。
「そのへんにして、ナディア」
 ハイネの持つ槍がナディアの手に向けられ、ナディアは睨み返した。
「わかってる。でも、一番の目的はフォルディでしょ。それに魔人機に感知されることになる」
 フェリッド。それはカルネラ姉妹を売り飛ばしたあくどい奴隷商人。ナディアが最も憎んでいる復讐の相手だった。ナディアにとって両親を殺したフォルディを殺すことが人生の目標で、長年の願いであった。
 ただそれと同じぐらいたった一人の家族である姉の存在も大切だった。ナディアは長年の願いをなんとか抑え込み、ハイネの言葉に頷いた。
 二人は本来の計画のとおりに行動を移す。大通りを狙い、ナディアの生み出す炎をハイネの風が増幅させ炎の竜巻を引き起こし、飛び散る木材が火を撒き散らした。
 だが、所詮はただの魔道士。二人の魔道士が付けられる火災には限界があった。
 次々に火は沈下され騒ぎは次第に落ち着き始めていた。
ドーオン!
 突如、大きな轟音が宮殿から響き、火炎が宮殿から溢れ出した。
 人々の不安に炎が引火し、騒ぎが再び燃え上がる。
「これは、ブルー様の合図」
「この時を待ってた!」
 ハイネの言葉にナディアが怒鳴り、怒りのままに赤い指をはめる。ミルカに渡された新たな魔道具がナディアの魔力をより強化した。そして、両手に持つ短剣がより赤く光、小さな火の粉を散らす。
 二人の姉妹は決して忘れることはない奴隷商人の店に向かった。こういった騒動の中、騒ぎに紛れて人さらいをおこなう奴隷商人のフェリッド。
 大通りへの放火は混乱を引き落とし、人の通行を遮断する目的だけではない。奴隷商人のフェリッドをおびき出す意味も含めている。カルネラ姉妹はあの日、奴隷商人に連れ去られた日もこのように火に包まれた町中だった。
 以前の店に着くと、人々が騒ぐ中、冷静に部下に指示をする太った男がいた。
 あの時と変わらず、おなじ場所に店を構えるフェリッド。以前よりも建物が立派になっている気がする。場所が変わっていなかったことに喜ぶべきか、まだ平然とあのあくどい商売を続けていることに憎むべきか。
 そんな複雑な表情を浮かべるハイネの隣で憎しみに支配されたナディアが怒鳴る。
「いた!あいつだ!」
 ナディアが飛び出す中、不自然な音がハイネの耳に届く。
 屋根の上からハイネを見つめる3体の魔人機。
「ターゲットを発見。速やかに処理します。プロトコルを実行」
 続けて発せられる音声の意味を理解したハイネはナディアに声を掛ける。
「ナディア魔人機が来た!」
 しかし、ハイネの言葉を聞かず人々を突き飛ばしながら走り出す。
 憎しみに支配されたナディアはハイネの言葉では止まらない。しかし、魔人機を目の前にしたハイネはその場から動くことはできなかった。
「処理を完了。実行に移します」
 感情のない音声体に向けて槍を回し構える。周囲の巻き取った魔力が槍に淡い緑色の粒子を散らせる。ナディアの短剣同様にミルカから貰ったハイネの武器。小さは緑の粒子は足元の石に触れると、風の刃が硬い石を小さく切り裂き消えた。
「ナディアの邪魔はさせない」

「しねぇぇ‼」
 ナディアの言葉にいち早く反応する傭兵が奴隷商人を守る。
 傭兵の受け止めた短剣が火を放ち、傭兵の服が燃え上がる。同時に瓶に入った魔道具を後方に投げあたりが火の海に包まれる。
「逃さない。絶対に」
「な、なんだお前は。お、お前たち、早くやれ。さっさと殺してしまえ」
 フェリッドの言葉に店の中から五人の傭兵が現れるが、ナディアの相手になることはなく一瞬で殺される。
「ひ、ひっひぃ〜!」
 返り血を地面に垂らしながらゆっくりと歩いてくるナディアに、フェリッドは醜いお腹を揺らしながら後ずさる。
「ひっ!」
 足を引っ掛け転ぶフェリッド。
「覚えてるわけないよな。この獣が」
 そう言ってナディアはフェリッドのお腹の皮を切るように薄く斬る。皮と肉の隙間からジワジワと血が溢れ出し、悲鳴を上げる。
「いたい。や、やめろ」
 その言葉にナディアは服をめくり体の傷を見せつける。
「あ?そんなもんじゃねえんだよ。こっちの痛みは、アンタがうちの母親を殺し、この傷を作ったんだろうが!」
 ナディアの腰下から右胸にまで広がる痛々しい焼き後。その背中にはムチで何度もえぐられた傷跡が今も残っていた。

 奴隷として生きる一人の少女。
 彼女はひどい扱いを受けながら奴隷商人の見繕った男との間に二人の子供を産まされた。その二人の女の子がハイネとナディア。
 母親は娘を守るためになんとか二人の娘を連れて、奴隷商人から逃げ出した。父親の協力もあり、抜け出すことができたが、その結果奴隷商人に父親は殺されてしまった。
 母親は、3人で貧しくもひっそりと幸せに暮らしていたがそれも長くは続かない。
 ある日、火事が起き母親は二人を抱きかかえ外に出ようとするが、出口が塞がれており外に出れなかった。
 奴隷商人のフェリッドはその騒動に場して、二人の娘をさらうと母親を見殺しにした。それからはフェリッドの奴隷としてひどいを扱いを受け、グエンモール大王国に行くこととなった。

「アンタはそんな事を繰り返してきた。何も覚えてない?ふざけんな!ここで死ね!」
 ナディアの炎が奴隷商人のフェリッドの傷口に注がれ、皮膚が焼け落ちていく。
 絶叫するフェリッドの姿に胸のうちから溢れ出る感情を抑えきれない。肩が震え、頬が上がる。堪らえようとしても堪えきれない笑い声がナディアから溢れた。
「はははは。死ね死ねしねぇ!」
 感情のまま切りつけ絶命しているのにもかかわらず、意味もなく死体を攻撃する。
「ねぇ、敵取ったよ」
 笑いながらナディアは一人言った。
 なぜかふと母親の顔を思い出す。奴隷商人のフェリッドによって変形させられ顔、体には消えない傷がたくさんある母親は家族で暮らしている時はいつも優しく笑顔だった。
 母親のため、お姉ちゃんのため、何よりも自分のため。
 ナディアは笑いながら自分の頬を慣れる液体を拭う。血だと思っていたそれは涙だった。
 抑えきれない嬉しさで笑っていたはずなのに、なぜ涙を流しているのか。
 そんな自分の姿に戸惑っていると、自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「ナディア!」
 振り返ると戦いを終えたハイネ、悲しそうな顔で立っていた。
「お姉ちゃん……わたし、願い……叶えたよ」
 何故か涙声になるナディアは先程は勝手に出た笑顔を無理やりにもう一度作り笑って見せる。
 すると、ハイネはナディアを抱きしめて震える声でいった。
「うん。ありがとう、ナディア。もういいの。もう頑張らなくていいの、泣いていいの。もう一人で抱え込まなくていいんだよ」
「お、……お姉ちゃん。わ、わたし……」
 なんとか笑顔を作り言葉にしようとしたナディア。しかし、代わりに出るの果てしない涙と泣き声だった。
「ターゲットを発見。速やかに処理します。プロトコルを実行。処理を完了。実行に移します」
 二人の空間を邪魔する音声が流れる。
 涙を拭き取ったカルネラ姉妹は新たな魔人機集団に目を向ける。
 10体は超える魔人機の相手だが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
「空気が読めないんだから」
「ぶっ殺す」
 ハイネの言葉にナディアは返す。
「「はぁぁぁああああ!!!」」
 二人は咆哮を迸せながらそれぞれの武器に魔力を込め飛び出した。

 2時間前。
 夜空に浮く船が落とされた時、ブルーはフレムドーン宮殿の中にいた。ミルカの言っていた最奥のゲートを破壊するために。
 宮殿内の様子を見てわかったことがある。それは大半の兵士をグエンモールに向かわせており、ドーン国に残る兵士はほとんどいないこと。宮殿外での火災により更に内部の兵は減っていた。カルネラ姉妹がいい感じに動いてくれているようだった。
 宮殿内の地下で一際大きい魔力と異様な魔力を感じる。恐らくそこにゲートがある。
 ブルーは宮殿内を一瞬で突き破り、地下室に到着すると魔法障壁に行く手を阻まれた。
 魔法障壁でブルーの体当たりを防ぐカルド王は関心したように口を開く。
「ほう、よもやそこまでの力を身に着けているとな、ブルー」
「やっとは話が伝わるのと出会えた。貴方自身の目的は何」
 攻撃をやめ問いかけるブルー同様に、魔法障壁を解除し答える。
「我自身と、……。ふむ、それは722年前に破られた『誓約』の成就だ」
 含みをもたせたカルド王にブルーは再度問いかける。
「なら、終焉の魔女の目的は」
「魔女の世界の終焉だ。行きとし生きる全ての魔女の排除、それが終焉の魔女アデリーナ・デ・メルロの目的だ」
「そう、なら始末するしかない」
 ブルーの身につけるミルカから貰った指輪が光り輝くとより膨大な魔力が溢れ出す。その魔力が炎へと姿が変わると宮殿中の穴という穴から炎が飛び出した。。
 少し驚いた表情を見せるカルド王は言う。
「やはり時間が足りないか。しかたがない、バーブル。今この場でブルーを殺すぞ」
 ゲートを守るように魔法障壁を展開するカルド王。
 カルド王の持つ杖、その上の水晶が黄色く輝くと光に触れた場所から魔力が飛散し、炎が消滅している。
 あっという間に炎が消えあらわとなったブルーにバーブルの剣が青白く光りながら伸びる。
「烈氷」
 瞬く間に目の前に迫るバーブル。
 その斬撃はブルーの魔法障壁に阻まれるが、カルド王の杖から伸びる黄色い光線が、魔法障壁に侵食すると力を失ったように魔力が飛散していく。
 止まっていたバーブルの剣がより青い輝きを放ち伸びてくる。
 ブルーの懐に当たる直線で、左手に生成した赤い剣がバーブルの剣を受け止める。一瞬剣を強く輝かせながら、体を傾け剣をすべらせる。烈氷はブルーの後ろに伸びていき氷の結晶が粉々に砕けるように後ろの壁を粉々にした。
 ブルーは空いた右手に生成していた赤い剣に魔力を込め、バーブルに技を返す。
「烈火」
 烈氷を受け流しながら打ち出した烈火はバーブルを襲い、空間に時が止まったような静寂が訪れる。遅れてやってくる衝撃に、空間が悲鳴を上げ視界が白く染まる。
 衝撃波が全てを打ち破り、吹き飛ばされるバーブルにブルーは体を回転させながら空いていた左手の剣に魔力を込め放り投げる。投げられたエデンの槍は空間の全てを貫き、バーブルの体に飛んでいく。
 同時にブルーの周囲が光輝き、その輝きは大地を焼くように輝きをます。
「エデンの流星群」
 ブルーは容赦なく魔女の技を口にする。
「ドゥルガージス」
 カルド王の言葉と同時に光の膜が、ゲートとバーブル、カルド王を守るように包んだ。
 大きな爆発が宮殿を吹き飛ばし、フレムドーン宮殿が立っていた大地を更地へと変えた。
 空中に浮くブルー。
 砂煙が晴れると、クレーターの真ん中にある黄色い膜が晴れ無傷のゲートとカルド王、そしてバーブルがいた。しかし、バーブルの地面には深くえぐれた穴があり、エデンの槍が当たっていたことは確認できた。恐らく修復し終えた後なのだろう。
 今日は『終焉の審判』が起きた361年の節目、世界で最も魔力が薄くなる日。
 魔女は騎士や他の生き物とは違い、空間の魔力を直接扱うことができる。世界のエネルギーを直接操ることができるのだ。
 この空間の魔力を利用されないように、ブルーは先手を取った。より多くの魔力を空間から消費し、速攻で畳み掛ける。ブルー自身の魔力は殆ど使っていないためにまだまだ強力な魔法を発動する余力はある。
 しかし、それはミルカから貰った赤い指輪、炎の魔女の魂が記録された『魂の棺桶』があるからだ。指輪は赤く光り限界を迎えようとしている。これ以上使えば炎の魔女の力に身を焼かれ死んでしまう。
 魔女形態は赤騎士形態よりもより、圧倒的な力を持っているがその分魔力消費も激しくあっという間に、活動限界を迎えてしまう。
 この戦場を朝日が照らし始める。同時に、日が指す方向、グエンモール大王国のある方向から異様な魔力を感じる。どこか、
ゲートの発している奇妙な魔力と似たようなものを感じる。
 ただブルーには何がおきているのかすぐに理解ができた。神域魔法の準備をしているのだ。
 ブルーの考えを肯定するようにカルド王が口を開く。
「ついに始まるか、仕方がない。このゲートを利用する。バーブル、やつの魔力は限界を迎えている、後は任せたぞ。ミルカ、厄介なことをしてくれおって」
 この指輪のお陰でこれほどのまでの力を扱えたが、魔力の使用制限さえなければ二人共この場で殺れていた。ブルーは思わず、そんな夢物語を考えてしまう。
 だからこそ忘れていた。本当の敵は終焉の魔女であり、目の前の敵はただ眷属に過ぎないのだと。眷属に苦戦しているようでは終焉の魔女と戦っても相手にならない。
「置き土産をくれてやろう」
 カルド王は言うと先程までとは違う重圧に体が硬直する。よく見ればカルド王の後ろに現れるどす黒い怪物の腕がブルーを握っていた。この力、万栄国で感じた終焉の魔女の威圧と全く同じものだった。
 まずいと感じたブルーは、全身が焼けるような感覚を気にすることなく、炎の魔女の力を使う。空から現れた隕石がブルーを掴む腕を引きちぎりカルド王のもとに落ちていく。
「ここまでが限界か」
 カルドは向かってくる隕石を見つめながら諦めたように言った。
 魔力を使い切ったブルーは力尽きたように炎に体を焼かれながら地面に落ちていく。
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