第5話 万栄国

文字数 4,414文字

 そんな事をしている間に万栄国が見えてくる。
「あれ〜!」
 船長のアリスの大きな声でブルーとレイナーが指さされた方に目を向ける。
 しかし、見えるのはただの森だった。
 よく目を凝らせば門の形をしてなくもない。ツタや木々に覆われている入口が門だったものらしい。100メートルを超える木が密集するこの国が万栄国だった。
 木の根の隙間から煙突がたち、湯気が上がっていた。
 突然の来航に国の人々が家から出てきて20人ほどの老若男女が珍しいものでも見るように見つめてくる。
「ここが万栄国か?」
「うん。私がいた時はもう少し賑わってたんだけどな」
 船から降りると一人の老人が出迎える。
「いらっしゃい。ようこそ万栄国に、私は万栄国の統率者ルイズです」
「ルイズさん、はじめまして。私がアリスで、レイナーとブルー」
「では、こちらに」
 数人の住民に目を向けられながら3人はルイズの後を追った。
 よく見れば住民の耳はほんの少しだけ横に伸びており、その後ろ側にはこぶのような物ができている。アリスたちを案内するルイズも同じだった。若い人ほど、その特徴は謙虚に見られた。
 木の根の隙間に作られた家に案内されたアリスたち。中は思ったよりも広く、明るく自然の香りが豊かで心地が良かった。
 テーブルに腰を掛け、透明な液体を出される。おそらく水だ。おもてなしを受けているのだろう。
「うわぁ!おいし〜!!」
 隣で感嘆の声を漏らすアリスに釣られるように、レイナーとブルーはコップを口に運んだ。
「おお。たしかに」
「おいしい」
 レイナーとブルーも同意する。
 その表情を見てルイズは満足そうに微笑んだ。
 悪い人ではなさそうなことに安心する。
「所でこの国にはどういったご要件で?」
 その問いかけにアリスは正直に答えた。
「ブルーが赤騎士に命を狙われていて、逃げてきたところなんです」
「なるほど。それで、この辺境の国へ」
「はい。所で、私からも聞いていいですか?」
「なぜこんなに人が少ないのですか?以前はもっと栄えていたように感じるのですが」
 アリスの問いかけにルイズは腰を上げる。
「その答えですが見ていただいたほうが早い。外のものがここに訪れるのは初めてなので、どういった感受を抱くがわかりませんが、この国の歴史を知るには実物を見るのが一番わかりやすいと思います」
 ルイズの後を追うように3人は家の奥に進む。
 部屋の最奥、固く閉ざされた不釣り合いな鉄の扉、歯車が音を立てて周り熱い鉄の壁が上に上がっていく。
 部屋に差し込む光と同時に視界に先に広がるのは、広大に広がる国の跡地だった。
 木の根や草、苔に支配された街は以前どれほど栄えていたのかがよく分かる。そして、壁からは苔に覆われたドラゴンの亡骸がおちている。
 よく見れば地面にも槍の刺さったドラゴンの亡骸が埋まっている。

グォアアアァァ―――‼

 突如大地を揺るがすような咆哮が空間に響き渡り、木々が揺れ砂埃が舞う。
 言うまでもなく今のはドラゴンの咆哮だ。
 皆がそれをわかっており遠ざかる咆哮に目を向ける。
「山の奥に飛んでいったね」
 アリスの言葉にルイズは説明する。
「ここはドラゴンの生息地です。ここ万栄国は、ドラゴンの力を巡る長い戦争により殆どの力を失いました。ドラゴンの力を神聖なものと考える人々は外部にその力の存在を隠そうとした。しかし強大な力が次第に人々を支配し、破滅を生んだ。その戦争でできた産物が我々です。我々は人とドラゴンの間にできた。ドラゴンの血を引く一族」
「お祖父様。なぜこちらに?この方々は?」
 おそらく跡地の方から来た小さな少女はルイズを見ながら問いかけた。
「ああ、クリフォア。この方達は外から来た来訪者だ」
「外からですか?」
 首を大きくかしげる少女。
 耳は明らかに横に細長く伸びており、耳の後ろから小さな黒い角が伸びていた。
 ドラゴンの血を引く一族。
 ルイズの言っていた言葉を改めて理解した。
「では、この方々が……」
 皆を興味深そうにじろじろと見つめる少女にアリスは笑顔で挨拶をする。
「はじめまして、クリフォアさん。私はアリス、でこちらがレイナーとブルー」
「はい。改めてはじめまして、私はクリフォアです」
 ルイズから簡単な話を聞いたクリフォアはアリスと同行することとなった。
 跡地をめぐりながらクリフォアは更に詳しい話を聞かせてくれる。
「ここはドラゴンの住まう土地。この国の一族の中でも一番ドラゴンの血が強く流れていて、咆哮からなんとなく彼らの気持ちが理解できるんです。そのおかげでドラゴンの意図も理解できます。だから、変に彼らの意図に背く行動を取ってしまい、襲われてしまうなんてことは私といればありません」
 アリスは納得したように言葉を続ける。
「だから村の人々はドラゴンの縄張りの外にある港で暮らしてるんだね」
「はい。しかし、それもいつまでも続かわかりません」
 思いも寄らない言葉にレイナーが問いかける。
「どういうことだ?」
「最近、ドラゴンの様子がおかしいのです。先程の咆哮も怒りがこもったもの。なにかに苛まれているような、苦しい咆哮も度々聞こえます。気が立ったドラゴンが縄張りを伸ばし、港町を含んだ時、我々に抵抗するすべはありません」
 静かに朽ちていくのを受け入れているようなクリフォアにブルーは訴えた。
「なら一緒に逃げればいい」
 静かに首をふるクリフォア。
 儚く笑う少女は、外見の幼さとは違い、覚悟を決めている内面をを見せる。
「私達、万栄国の一族はドラゴンと交わったことによりもう人ではなくなりました。私達は人ならざる力を感じ取り、その力に引き寄せられます。それに、私達は世界にとっては異質な種族。今後生まれる家族たちは私のように、角が生え人ならざる力を感じ取れるはずです。しかし、その異質さは世界に嫌われ疎まれ狙われます。私達が『断罪の短剣』を求めたように」
 クリフォアは耳の後ろの角を触りながら続けた。
「……私達は死ぬ覚悟ができています。これはドラゴンの血を引く初めの民、統率者ルイズ様のご判断です」
「まだこれからだろ。若いのに、どうして受け入れられるんだ。選択肢も可能生も、希望だってまだまだ有るだろ」
 なにか思うところがあるのか珍しくレイナーが食ってかかる。
「レイナー」
 アリスの言葉にレイナーはハッとした顔を向けクリフォアに頭を下げる。
「クリフォア、すまなかった」
 クリフォアは同じように角を触りながらいう。
「大丈夫です。私はまだ子供ですが十分生きました。……86年も生きたんです」
 その言葉にレイナーが目を見開いた。
「86……歳」
 レイナーの口からポロッとこぼれる衝撃の事実。
「あらー、勘違いしちゃってー」
 アリスは嬉しそうにレイナーの顔を望みこむ。
 レイナーは恥ずかしそうに目を逸らすがアリスは逃さない。
 楽しんでいる二人を余所に、クリフォアはブルーに問いかけた。
「私の年齢に、なにか不快になるような点がありましたか?」
「いいえ。一般的な人間の平均年齢が80歳なので、クリフォアの寿命に驚いただけ」
「そうでしたか。……所で普通の人から見て、私は何歳ぐらいに見えるのですか?」
 ブルーは仕事で幼い子供を相手にする機会があまりなかったため熟考してから答えた。
「10歳前後だと思う」
 ブルーの言葉に少し目を見開いたクリフォアは3人の姿を注意深く観察してから思い当たる一つの理由を口にする。
「身長のせいでしょうか?」
「その要因も大きいと思う。そういえば、万栄国の人は全体的に身長が低かった。種族的のものなのかも知れない」
「そうですか。やはり私達の一族はどんどん人から離れていっているんですね。……やはり、お祖父様が正しい」
 クリフォアは最後の言葉を静かに言った。
 ブルーは改めて彼女の言葉に疑問を持った。
 本当の真意は違う、どこか言い聞かせてるように聞こえる。
 そんな時、唐突にアリスが問いかけた。
「クリフォアさん『断罪の短剣』というのは?」
「それは私達一族が戦争をするきっかけになった呪われた短剣です。この先の森の最奥、ドラゴンの根城としている遺跡にあります。そこにこの国、この世界のすべてが刻まれています」
 3人は遺跡を目指すことが決まった。
 ドラゴンの件が有るためクリフォアが案内してくれることとなった。
 道中、見たこともない野生の獣に襲われレイナーが剣を持って果敢に立ち向かうが剣を壊されてしまった。代わりにクリフォアが素手で追い払ってくれた。ドラゴンの血を引いているクリフォアは、見た目によらずとてもタフで人間離れした怪力を持っていた。また活躍の機会を失ったレイナーはアリスに慰められた。
 日は暮れ始めたため、クリフォアの案内された場所で野営することとなり、レイナーは活躍できなかった事を引きずっているのか、一際張り切って動いていた。
 そのせいか、日が暮れるとすぐに寝てしまい、野営の準備に奮発するレイナーに振り回されていたアリスも隣でぐっすりと寝ていた。
 焚き火を囲むブルーとクリフォア。
「レイナーさん、すごく手際が良かったです。何度もこういった経験をしているんですか?」
 クリフォアの問いかけにブルーは首をかしげてみせた。
「私はレイナーの過去をあまり知らない。よく考えてみたら私達は仕事仲間なだけで互いの過去をあまり知らない」
「そーなんですか。あの、なぜアリスさんと一緒にいるんですか」
「なんで……」
「あ、すみません。何も知らないのにずいぶん信頼していると思ったので。少し気になって」
「大丈夫。私は海岸に打ち上げられてた、記憶も何もなくて、そんな私をアリスは何も言わず拾ってくれて、色々なことを教えてくれた。ある時、私は命を狙われた。助けてくれた人が私には特別な力があると言った、特別な力を持つものには『使命』があると。戸惑い悩んでいた私にアリスは『自分の人生は自分で決めることだから、自分が進みたいと思った道を進めばいい』と言った。赤騎士という謎の敵に襲われている私を、巻き込まれるかもしないことを理解したうえでアリスに誘われた。一緒に世界を知っていこうと」
「素敵な方ですね。」
「ええ」
「使命ですか」
 独り言のようにクリフォアはつぶやいた。
 特別な力を持つものゆえに与えられる使命。クリフォアも間違いなく特別な力を持つものの一人だった。
 だからこそブルーは問いかけた。
「本当はルイズの方針に納得していない」
「納得はしています。ただ……死にたくはないし、死を受け入れたくはないです。それに、ここまで来る間に聞いたアリスさんの話やブルーさんの今の話を聞いて、私も外の世界を見てみたいなと、ほんの少しそう思っただけです」
「なら、そのドラゴンを倒せばいい」
「私にそれほどの力はありません。それにお祖父様の方針もあります。万栄国の人は皆納得し、受け入れているんです」
 クリフォアは静かに笑った。
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