第13話 始生の魔女

文字数 5,543文字

 ドーン国。
 フレムドーン宮殿跡地。
 クレーターの中心に立つ少女。クリーム色にも近い薄い金髪が肩に触れる手前で綺麗に切りそろえられ、真っ白な肌が破けた服からあらわになる。
 ブルー・デ・メルロという名だけを知っていた少女は、色々の出会いと別れを繰り返し今その場に立っていた。
 体から淡い光の粒子が漂い、体の修復が進んでいく。
 何も覚えていないのにもかかわらず戦闘になれば自然と体が動き、今までも何度も窮地を生き延びてきた。そして、今回もその窮地を生き延びた。
 ブルーに倒されたバーブルは消え、その場に青い剣を残し飛散した。恐らくバーブルのもととなった核、魔女の持つ神器と呼ばれるものだろう。
 日は完全に昇り日が欠けているのが見える。
 全ての任務を完遂したブルーは、361年の節目に起こる太陽の消失に目を向ける。
 今頃グエンモール王国はどうなっているのだろうか、カルネラ姉妹はちゃんと生き残ったのだろうか。
 そんな疑問を浮かべているとブルーの周りに白い羽が舞う。
 ミルカだ。
 羽がブルーを包み込むが抵抗はしなかった。そんな力など残ってはいないし、無駄だということも知っている。
 広い光に包まれた後、瞬く間に羽が落ちていき、ブルーの瞳に外の世界が視界に映る。
 暗く染まり崩壊したその世界は王都グエンモール。大地には今まで見たこともない巨大な魔法陣がグエンモールの大地をうっすら照らしていた。
 魔法陣の中心の空に立つミルカの手のひらの先には白い聖剣に体が突き刺され身動きが取れずにいる怪物がいた。それがカルド王の皮を被った『誓約の化身』であると今のブルーは知っている。ゲートでドーン国を離れる前に見せたカルド王の怪物の手が『誓約の化身』であると言っている。
 ブルーを連れてきたミルカは、ブルーに目線を向けると冷たく言う。 
「ご苦労だったブルー。その力は返してもらう」
 その言葉と同時にブルーの指輪が白い羽に変わりミルカの下に飛んでいく。
 力を失ったブルーは修復していたドレスを失い、魔女として持っていた飛行能力も失い地面に落ちた。
 ミルカは視線を怪物に戻すと、怪物の足元に複雑な魔法陣が展開し光の羽が怪物を包む。
 怪物の咆哮を上げるがすぐに止み、羽が散ると姿を表したのは女性だった。怪物の体を女性に作り変えたミルカはその胸の中にブルーから奪った『魂の棺桶』を埋め込んだ。
 すると、真っ白だった肌に色が入っていき、真っ白髪が真っ赤に変わっていく。
 『誓約の化身』が赤髪の少女に変わっていく姿を見て、ブルーはハッとした。
 その赤髪の少女の姿はアリスと瓜二つ。違う、『知識の泉』でみた炎の魔女と姿が一緒であった。
 そして、王都グエンモールを照らす巨大な魔法陣が更に強い光を放ち、空に黒いゲートが出来上がる。ブルーはそれが時空を超えるゲートであると理解した。ミルカが神域魔法で作り出したゲートこそドーン国の地下にあった黒いゲートの完成形。
 ミルカはゲートに向かって炎の魔女を連れ勢いよく飛び出した。
 何故私を連れて行かない?一緒に世界を救って欲しいと言っていた。
 そう思っていると、ゲートから先程の怪物が次々と姿を表した。ミルカの聖剣が次々に怪物を貫いていくが、それでもゲートから飛び出してくる怪物の数は止まらない。
 何故『誓約の化身』が出てくるゲートに向かって、炎の魔女を連れたミルカが飛んでいくのか。何もわからないが、今のブルーにはただ見ていることしかできない。戦うすべを失ったブルーにできることは何もなかった。
 炎の魔女を連れたミルカは勢いよくゲートに身を投げると、怪物の進行は止まりゲートが締まり始める。完全にゲートが閉じ、世界に日が差し込み始めた。
 ゲートに戻りそびれた空中にいた怪物は、太陽の日に溶けるように地面に落ちていき姿が変わっていく。みるみると姿を変え、大きかった体は小さくなり見覚えのある姿に戻る。ここに始めてきた時に襲われた騎士の姿。しかし、今は少し色が違い黒いずんでいる。
 彼らは周囲を見渡してからブルーに目を向ける。ブルーの命を狙っていることは間違いなかった。
 ブルーにはもう戦うすべはなかった。抗うすべもない。
 痛む体を無理やり立たせ、死なないためにただ走った。
 少しでもこの運命に抗うために。死なないために。死んでいった仲間たちのために。




 どこまでも広がる草原の大地。
 そこに立つ一つの家。
 木で作られた家に住むのは神話の時代を生きた終焉の魔女アデリーナ。
 彼女の家を訪れたブルーは家の扉が変に空いていることに気がついた。
 いつもと違う状況に嫌な予感を感じつつ扉を開けると、壁に貼り付けられ殺されていた始生の魔女、ミルカの姿があった。
 既に覚悟を決めていたアデリーナがブルーを告げる。
「世界を救うためなら、私は家族を殺します」
「本気で言っているの?」
 ブルーの静かで冷たい問いかけにアデリーナは言葉を返す。
「はい。魔女が生きていればこの世界は滅びる。『終焉の魔女』として、この世界に住む無数の命を助けなければいけない。世界の終焉からこの世界を救います。お互いの歩む道が反対と言うならば刃を構えるしかない。たとえ家族の命を奪うことになったとしても」
 アデリーナの黒い魔力が建物を消し飛ばし、二人の魔女世界を股にかけ激しい戦闘を繰り広げる。
 終焉と起源、終末と新生。
 終わりの魔女と始まりの魔女が激突する。誰も干渉することのできない激しい戦いが続き、この世界の中心で二人が止まる。
 アデリーナはブルーに別れを告げるように最後の言葉を口にする。
「私はここまでいろいろなことを経験してきた。私のために沢山の命が散った、そのうえでできたこの命。罪のない人々を、世界を崩壊させる道を私は歩むことができない。罪のないたくさんの命を守るため、力なき者たちのために、私はこの力を使う」
 複雑な魔法陣が二人の足元に広がり伸びて行く。
 数百メートルはくだらない巨大な魔法陣が暗闇に支配された二人を照らす。361年の節目に発動できる世界の歪みを利用した神域魔法。世界の法則を書き換えてしまう程の力を持つ、神域魔法で終わりの魔女の眷属が産み落とされる。
 同時にアデリーナの後ろから黒い魔力に侵された、太陽を隠す月の周りから強大で邪悪な化け物が姿を現した。
「私は終焉の魔女。根源に、世界に、終焉をもたらす者。今ここに誓う、誓約よ。私は魔女の時代をここで終わらせる」
「そう。なら私を殺すなら本気で。弱きを助けるのなら、その力を私に証明して見せて」
「ええ。言われなくてもそのつもりです。私は決して負けない」




 草原の上空に広がるゲートから降り立ったミルカ。
 仮面を消し肩で綺麗に切りそろえられた白い髪を左右に揺らす。
 ゲートの中から本来の時空に帰ってきた始生の魔女。彼女に連れてこられた炎の魔女は問いかける。
「なぜあのようなことを」
 その問いを答える前に2人の魔女を囲うように数十体の『誓約の化身』が姿を表した。
 その眷属を操る終焉の魔女アデリーナが少しを遅れて姿を表す。黒いドレスを身にまとった魔女は空中で腰まである漆黒の髪を風にたなびかせる。
 ミルカの脅威を知っているアデリーナは不要に近づかず、一切の経過を解くことはない。
 アデリーナは下にいるミルカにすべてを知っているかのように事実を口にする。
「よく戻ってこれましたねブルー」
 全てをわかっているとでも言いたげなアデリーナにブルーはただ事実を伝える。
「今の眷属では私を殺すことはできない」
 隣にいる炎の魔女を見つめてからアデリーナを見つめその意図を理解させる。
 アデリーナは開いた口を閉じ黙り込む。
 代わりに確定した真実を始生の魔女が口にする。
「アデリーナ。貴方は全ての魔女を倒すために、手段として『誓約』を眷属として召喚した」
 
 星暦前、今から2006年前。
 恋仲に合った氷の魔女シルビアと炎の魔女アリーチェは、争いごとを続ける人間のための仲裁役になるべく、324年の節目に起きる世界のひずみを利用し神域魔法を発動することにした。
 力を持つ私たち2人はどちらかに寄り添わなければいけないと。互いが同じ方の肩を持ってはならないと。互いは常に対する立場に立たなければならないと。
 二人の願いは叶い世界に新たな法則を生み出した。そして、それは『誓約』というものを生み出した。
 氷の魔女と炎の魔女が戦争を始めたのは直ぐだった。『誓約』の力は絶対で、意識すれば簡単に行動を歪めてしまう。『誓約』により、互いに死ぬこともできず、戦争は永遠に続いた。そこで生まれたアデリーナ。
 星暦862年、ただ一人『誓約』を破ることのできたアデリーナは、終わりの魔女となり、全ての魔女をこの世界から殺し、『誓約』の支配からこの世界を救った。
 しかし、それは世界から『誓約』消えたことを意味していた訳では無い。
 1304年前の神域魔法で氷の魔女シルビアは、眷属の騎士を未来に送った。927年前に現れたに現れた青騎士は『誓約』により昇華が起き、氷の魔女となった。しかし、それは『誓約』を成就させるものではなかった。『誓約』は簡単に意識を則り行動を歪ませるが、氷の魔女が敵対すべき炎の魔女は遠い過去に死んでおり、この世界にいなかった。
 だが世界の法則は絶対だ。時が流れるたびに『誓約』は力をましていき、炎の魔女の役割を補うように世界に赤騎士を生み出すようになった。

 始生の魔女は全てを見透かしたような目で続ける。
「『誓約』を無くすことができないよう、貴方の眷属を完全に殺すことはできない。時間を経過させればさせるほど、『誓約』の力は絶対的なものになる。だから、貴方は私達を殺すために神域魔法で『誓約』を眷属においた。しかし、その力は世界とその時間に依存する。過去ではその力は赤騎士程度の力しかなく、ここに炎の魔女連れてきた今、『誓約』の一部を叶えたことになる」
 その言葉と同時に、アデリーナの眷属達の体が溶け始める。
「メルフェス!一つにまとまりなさい!」
 アデリーナの声と同時に崩れ落ちる誓約は一つにまとまり体も小さくなり氷の魔女へと姿を変える。
「さあ、どーするアデリーナ」
「炎の魔女を倒せばいいだけ」
「そのためにはまず私を倒さなければいけない。過去に送った神器を回収すらできていない状態で私に勝てるの」
「ええ。私は貴方との戦いにすべてを掛けている。今回は絶対に負けない」
 


 すべてを失った世界で逃げるブルー。
 ミルカに力を奪われたブルーは何故か、この世界においていかれ神域魔法で違う時空へと姿を消してしまった。
 そのため、今のブルーに魔力は使えない。
 以前のような美しい町並みはどこにもなく、焼け落ち、崩れ落ちている。
 その中でブルーを狙う黒騎士。
 魔力すら使ってこない黒騎士は、騎士としての形を保っているだけでほとんどの力を失っているようだ。だからといって、今のブルーもただの人間と同じ。
 5人の黒騎士に囲まれたブルーはもう逃げるすべはなかった。
 一対一ならやりようもなくはないかも知れないが、黒騎士は同時に迫ってくる。確実に殺しに来ていることがわかる。
 ――死ぬ
 そう思った瞬間、目の前を飛ぶ青い剣。
 何故か、本能的に懐かしさを感じる青い剣を握っていた。
 同時に聞き覚えのある懐かしい声が耳を突く。
「ブルー!使いなさい!」
 その剣で黒騎士の剣を弾き、黒騎士から距離を置くブルー。
「思い出して、始生の力を。ミルカの使っていた魔法を、今まで何度もその身で感じていた魔力を」
 言われたとおりに過去、何度も感じてきたミルカの魔力を思い出す。世界が静止していた時に感じた魔力、渡された白い羽を通じて感じた始生の魔力。
 思い出せば思い出すほど、体から魔力というものが失っていく感覚がする。抜け落ちていく氷の魔力、そして、炎の魔力。
 空になった体に生成される真っ白な魔力がブルーの体を満たし昇華が起きる。
 瓦礫の上で、黒騎士を前に目をつむり立ち尽くすブルー、その周りに白い羽がひらひらと振り始める。
 少し離れた場所に立つ青い剣を投げた人物はフードを外し、赤い髪をあらわにする。
 フードの中から現れた航海士のアリスはブルーに語りかけた。
「恐れる必要はないよ。諦めるにはまだ早すぎる。貴方の物語はここからここから始まるんだから」
 体に起こる昇華を感じ取ったブルーは目を開け、アリスの言葉を肯定するようにその言葉を繰り返す。
「そうだ。諦めるにはまだ早すぎる」
 ブルーの髪が頭部から毛先に向かって純白へと代わり、全身から白いドレス浮き上がる。
 綺麗な白いドレスを風にたなびかせるブルーは、右腕を空に上げ指を鳴らす。
 同時に、黒騎士の上に生成された白い聖剣が一瞬で体を貫き飛散させる。
 その圧倒的な力がこの世界に新たな始生の魔女の誕生を宣言する。
「ブルー」
 そう言って駆け寄ってくるアリス。
「アリス」
 切羽詰まった様子のアリスはブルーに今必要な情報をだけを伝える。
「神域魔法を。今の貴方ならまだ間に合う」
 ブルーは直にうなずき、青い剣をアリスに返すと急いで巨大な魔法陣を生成し、すぐに発動を始める。
 自分一人だけを過去に飛ばす魔法ならば全ての太陽が暗闇から顔をのぞかせる前に間に合いそうだ。
 ブルーは空を見上げ、欠けていた太陽が徐々に姿を表す光景を見届けているとアリスが名前を呼ぶ。
「ブルー」
 アリスを向くと魔法陣がより強い輝きを放ち、魔法が発動されることを伝える。
「ここからが本番だから。また過去で会いましょう」
 青い剣を握るアリスは優しく微笑むと一つの真実を口にし、同時に視界が白く染まった。
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