第14話 ミルカ・デ・メルロ

文字数 4,221文字

 361年前。
 グエンモール大王国。
 王都グエンモール。
 ブルーが海で目覚めたあの年。
 あの時の綺麗な整えられた町並みを見つめるはずが、一部の家は凍りつきし、一部の家は崩れ、火事が起こっている。
 まるで先程までいた200年後の世界のようだ。
 状況が理解できずにいると、上空に強力な二つの魔力が見える。
 白い仮面をつけ白いドレスに身を包む一人魔女はブルーの知っているミルカ。そして、もう一人青いドレスに身を包む氷の魔女がいた。右手に持っている青い剣を知っている。未来で倒したバーブルの体の中から出てきた核となっていた剣。そして、過去に来る前のアリスが持っていた剣だ。
 2人の魔女が戦っているのは間違いない。
 均衡状態を保つ二人の魔女がもう一人の魔女の存在に気づかないはずがなかった。
 突如この世界に現れた始生の魔女ブルーに目を向ける。
 向けられる氷の魔女の顔にブルーは驚いた。同様に氷の魔女もその姿に驚いているようだった。
 なぜなら、氷の魔女の顔はブルーと同じだったからだ。
 同時に氷の魔女が右手に握る青い剣が手に馴染んだ意味を理解する。
 彼女、氷の魔女はミルカに力と記憶を奪われる前の自分だと。
 その時、太陽が欠け始めた。
 先に動いたのはミルカだった。天空から現れる聖剣がブルーに向かって打ち出し、氷の魔女の首を鷲掴むと同時に黒い影がグエンモールを包みこみ魔法陣が大地を照らす。
 街に轟音が響き渡り落雷が大地を貫く。この世の終わりのように氷の雨が振り、数々の竜巻が吹き荒れ、無数の雷が大地に降り注ぐ。
 それは氷の魔女がミルカの魔法に抗っているためだった。
 今のブルーはミルカ同様に始生の魔女の力を持っている。降り注ぐ聖剣にブルーの聖剣がぶつかり、街全体に白羽が降る。
 ブルーはミルカの近くに落ちる白い羽と入れ替わり、氷の魔女を助けようと生成した聖剣をミルカの腕に向かって振りおろず。しかし、始生の魔女のミルカも同様に氷の魔女の首を掴んだまま入れ替わった。
 ブルーの斬撃は、白い羽に当たるがそれが聖剣であっても決して壊れることはない。その間に、ブルーを狙ってミルカの聖剣は飛んでくる。破壊不能の聖剣を止める方法はない。それは始生の魔女となったブルーもよく知っている。
 持っていた聖剣で軌道をずらし、無数聖剣を羽ごとに生成しながら場所を入れ替わる。
 雷、竜巻、氷が吹き荒れるグエンモール王国で無数の羽を飛び回るブルーとミルカが聖剣を撃ち合った。
 ブルーの用意していた聖剣の近くに飛んだミルカ。撃ち出されたブルーの聖剣がミルカを襲うが、魔女と入れ替わる羽は、今度はブルーの聖剣を遠くに飛ばした。一瞬の隙を突かれたブルーは、ミルカの手のひらから放たれた光線により体を吹き飛ばされた。
 城に打ち付けられたブルーは急いで羽と入れ替わり、ミルカの近くに移動する。ブルーが飛んで来ることを待っていたように、複数の聖剣が飛来し、その聖剣ををブルーの聖剣が弾く。同様にミルカに降り注ぐ聖剣も、彼女の聖剣が全て弾いた。
 すると、街に降り注ぐ氷や竜巻、雷が止んだ。
 それが意味することはミルカの魔法が無事に完了したということだ。
「そう。そこまでの力を手に入れたのねブルー。よくやったわ」
 その言葉と同時にグエンモールを囲んでいた黒い膜が剥がれ落ち、ミルカの掴んでいた氷の魔女の青いドレスが消えていく。裸の姿となった氷の魔女をシルヴィア海に向かって放り投げた。
 あらわになった空は暗くなり、既に太陽は隠されていた。そして、大地にあるミルカの魔法陣はまだ消えていない。
 その魔法の発動の猶予を使い、氷の魔女を助けようとするとミルカは言葉を続ける。
「その必要はない。アリスがいる、その先の事は未来から来た貴方ならわかるでしょ」
 ブルーはこの先アリスに出会い拾われる。アリスとミルカの繋がりはわからない。アリスが普通の人間ではないということは理解しているが、その目的はなにも知らない。ただ目の前のミルカと違い、一緒にいたからこそわかる彼女の優しさを知っている。
 しかし、目の前のミルカは違う。底しれない嘘と身勝手に包まれている。
「目的はなに?貴方の計画が成功した今もう隠す必要はないはず」
「貴方のことなら大体は理解しているでしょ。それに、私は貴方に真実を言うとは限らない。そんな意味のない情報になんの意味がるの」
 ブルーはミルカの問いかけに、過去に飛ぶ前にアリスから聞いた真実を口にする。
「貴方の口から聞きたい。未来で現れるもう一人の自分自身に」
 ミルカは少し驚いた表情を浮かべてから、含んだ笑みを浮かべる。
「知っての通り、私は遙か先の未来から来た。その未来で、全ての魔女を滅ぼしたい終焉の魔女と争うことになった。終焉の魔女アデリーナの選択はいつだって最初の氷の魔女シルビアに習ったものだった。ただシルビアが始終の魔女であったことを考えるとその選択は正しかったのかも知れないわ。話を戻すと、アデリーナは私との戦いに勝つために神域魔法で『誓約』を眷属として現界させた。アデリーナだけが相手なら私は負けない、しかし『誓約』は違う。世界の法則そのもの。だから、同時に発動した神域魔法で過去に来た」
 『誓約』は時間に縛られ、世界に縛られている。この時代における『誓約』は大した力を持たず脅威ではない事をブルーも既に知っている。
「貴方がこの世界に来た目的は私が未来で戦力になるように、始生の魔女への昇華をさせること。そして、『魂の棺桶』から炎の魔女を復活させ未来に持ち帰る。しかし、それが目的であれば貴方は始めから私をそばに置くほうが効率がいい。なぜ、わざわざアリスと同行させた」
「それが貴方の経験した未来。生憎、貴方が未来からここ来た時点で世界は書き換えられ、それらの行いは全てなかったことになっている。だから、真実はもう確認できない。でも、そんな答えを聞きたいわけではないのよね。……そう。その問いかけに意味があるかはわからないけど、答えてあげる。恐らく始めは同じ考えだったでしょう。今さっきまでも私はそう考えていたから。終焉の魔女の眷属『誓約の化身』をわざと殺さずに見逃し、ブルーに誘導する。なにも知らない世界で襲ってくる『誓約』を潜在的に敵だと思わせることができ、私が助ければ味方であると認識させられると。しかし、当時の私は自分自身の感の良さと頭の回転を甘く見ていたようね。でも、目的はあくまでも『誓約』に抗えるほどの力をつけて貰うこと。それが叶えられるならその後どうなろうが構わない」
「貴方の目的で私が過去に行くかどうかは関係ないはず。なのにどうして自分は過去から来たと偽って、私を過去に行かせようとした」
「私は終焉の魔女に勝つためならどんな手段でも使う。貴方が経験した未来の話を聞く限り、どっちらでも良かったのでしょう。それも全て『魂の棺桶』に由来してる。でも、そんな答えで貴方は納得しない。貴方が納得する目的があるとしたら、一つ明確なメリットが有る。誰もこの時空に干渉できなくなる。ほら、私の力もだいぶ薄れてきている」
 未来で失った者たちを助けることができる事をメリットに挙げなかったミルカ。そして、始めよりも明らかに力を失っているミルカはその事実を隠すこともなくブルーに見せる。
 世界の法則で始生の魔女が二人いることは許されない。始生の魔女になれる方法をブルーは身を持って知っている。一つはこの世界に始生の魔女がいないこと。2つ目は魔女に生み出された子供が、魔女の力を持ちそのうえで、相反する魔力を使い限界を迎えること。
 あの時、カルド王を倒し、生み出した炎の魔女を連れてミルカは神域魔法で未来に飛んだ。だから、世界から始生の魔女が消え、ブルーの身に昇華が起き始生の魔女となることができた。
 これは終焉の魔女アデリーナが炎の魔女から終焉の魔女となった経緯と同じである。だから、ミルカは炎の魔女の霊が宿った『魂の棺桶』を渡し、ブルーに炎の魔力を使わせた。
 ブルーの中で彼女の言葉の信憑性が少し上がると同時に計画の成功を伝えてくる。
 ミルカの見せたほんの少し誠意にブルーも答える。
「終焉の魔女アデリーナが生まれた経緯と同じ。炎の魔女アリーチェが眷属を過去に送り、何度も世界が書き換わった。その結果、あの時代に行くことはアデリーナ以外誰にも叶わない」
「そう。今回も同じこと。この時空はブルーによって書き換えられた、もう終焉の魔女アデリーナにここから先の200年近くの運命を書き換えることはできない」
「『魂の棺桶』とは何?」
「もう時間がないわ。それを最後の質問に選んだのね。『魂の棺桶』は指定した物の記憶や知識を際限なく全て記録できる棺桶よ。記録された魂を取り出し要した器に入れれば遠い過去で死んだ炎の魔女を蘇らせることができる。ただ『魂の棺桶』で記録できる魂は一度だけ。そして蘇らせるには別に体を要しないといけない」
 ミルカはブルーに一つの白い羽を渡す。ブルーの手のひらに触れると、それは赤い指輪に姿を変えた。
「やはりそれは記憶している。……『魂の棺桶』に決まった形はない。手にしたものの意識に反映しそれは姿を変える。そして、それは世界の法則に縛られず『誓約』も感知することはできない」
 魔法陣は光り輝きミルカの体を光に包む。
「私はどうすればいい」
 ブルーは消えるゆくミルカに問いかけた。終わりの魔女と戦う未来に向けて、準備しておく期間は十分にある。
「好きにすればいい。未来は決まっている。ブルー、あなたなら私の答えを見つけられる。私は未来の貴方なのだから」
 その言葉を最後に世界からミルカは消え、ミルカの発動していた魔法陣も消えた。
 ブルーはまだ欠けている太陽を見てから神域魔法を発動する。
 この国を修復し、グエンモール教皇、この国の女王に成り代わるために。
 グエンモールは光照らされ、死した人は蘇り、崩れた街も全てが一瞬にして日常へと戻る。
 全てを知ったブルーはもう一度人生をやり直す。そして、未来のために、いずれ訪れる終焉から生き残るために、ベットの上で目覚める客人に、新たな名を口にする。
「ブルー・デ・メルロ。あなたの名前は知っています。改めて自己紹介をしましょう。私はここグエンモール大王国の管理者、グエンモール教皇、尚の名をミルカ・デ・メルロ。この国の女王です」
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