第7話 魔女の力

文字数 6,498文字

 急いで山を下るアリスとレイナー。
「何だあれ」
 レイナーは指差す空を見ると、なにか巨大な球体がものすごい速度でこの星に迫り、空に巨大な影を落とす。
「星が迫ってきてる?」
 唐突に暗闇になった世界にあっけに取られていると、天の川のような小さな星が次々に夜空に浮かび上がった。
 一際強い輝きを放った星屑は急激に膨張すると、一瞬の煌めきのあと宇宙が黄色い光りに包まれた。
 大地に降り注ぎそうな光の残影は透明な膜によって阻まれる。
 次第に光は消え、異常現象は唐突に終わりを告げた。
 いつもの空に戻る。
「何だったんだ」

 ドーン国。
 フレムドーン宮殿。
 カルド国王は空に浮かぶ超常現象を見つめながら告げる。
「力が強すぎるがゆえに宇宙で行われた魔女同士の戦い。その中でもあの二人の魔女は特別だ。秩序も法則も世界の理でさえ書き換えてしまう力を持つ。その力の代償は人には計り知れないものだ」



 ――ブルー……、ブルー……、ブルー!私の声が聞こえる?
「貴方は」
 ――私は貴方の持つ魂の棺桶に刻まれた意識。貴方の知っている炎の魔女!貴方のその感情を力に変えて。そして貴方の望んだ世界を手に入れて!
「なんで、……どうやって話しかけているの」
 ――ずっと声をかけ続けてた!魔力を通して。でも、拒絶されて受け取ってもらえなかったから。
「ならどうして今」
 ――あの短剣を通して私の魔力に慣れたから。早く私の力を使って。そうしないと貴方が死んでしまう。
「何でそこまで必死になる。貴方には関係ない」
 ――貴方に死んでほしくないから。もお!立って進みなさいよ!クリフォアのように。今の姿を彼女に見せれるの!
「彼女はもういない」
 ――変えるの!その運命を、過去に行って。そうすればクリフォアを救えるでしょ。今ここで死んではそれすらも叶えられなくなる!貴方の責任も選択も誰かが決めてくれるものではないでしょ!
「……そうだね。私は決めた、この世界の運命を自分の望んだものに変える」
 ――ブルー。貴方の物語は今から始まるの。さぁ、立って進みなさい。貴方はすでに力を持っている、その手の中に。
 いつの間にか右手に握られていた白い羽。
 炎の中でも決して燃えることのないその羽はブルーの想いを汲み取って形を変える。
 全身に痛みが伝わり、拒絶反応がより強力に反応を示す。
「……クッ!」
 強烈な痛みに思わず声を漏らす。
 ブルーを包むように現れる電撃を帯びた白い膜が拒絶反応を表していた。
「未来を......変えられるなら。……こんな痛み、……何度だって耐えれる」
 ブルーは心の想いをはっきりと宣言する。
 全身を包んでいた炎が騎士の鎧へと変わり、生成された銀色の鎧が、ブルーの覚悟を決めた鋼の意思を見せつける。
 もう苦しみも悩みも全てここにおいていく。もう迷ったりはしない。
 右手に掴まれた剣は灼熱の炎を絡め取り真っ赤に燃え盛る。
 剣を片手で一回転させ、全身に絡みつく炎を巻き取った。そして、炎に包まれた剣を地面に突き刺すと同時にあたりの炎が全て飛散する。
 冷たく冷静な瞳で赤騎士を睨むブルー、心の中でその怒りは深々と燃えていた。
「来い、赤騎士」
 その言葉と同時に兜が生成され、ブルーの顔は隠される。

 私は知っている、彼女の本当の名を。
 感情の起伏がない彼女は誰よりもまっすぐで鮮明。
 表に出すことが苦手なだけで、誰よりも固く強い信念を持っている。
 彼女は絶対に負けない。決して負けることはない。

 あの人の子なんだから。
 
 ブルーに向かって飛び出した赤騎士、振り下ろされる剣を水平切りで受け止める。
 鍔迫り合う二つの剣。
 その均衡は赤騎士の剣が赤く輝くと同時に押され始めた。
 先程のドラゴンとの戦闘と同じ原理だ、魔力を込め力を増幅させる。
 受け流したブルーは追撃を警戒し距離を取った。
「なるほど。そういう原理」
 ブルーは剣を撫でると赤く輝いた。
 同時にノーモーションで距離を詰める。
 先程よく素早く振り出されたブルーの斬撃が赤騎士を襲った。一撃目、二撃目、と繰り返される連撃を赤騎士はさばいていくが、それは次第にずれていき、ブルーの止まることのない斬撃に赤騎士は一歩また一歩と押されていく。
 すでに50連撃は出しているのにブルーの斬撃は止まらない。むしろ、威力も速度も増していた。
 ブルーの白い鎧が熱を帯び、うっすらと赤くなっていく。
 遂に赤騎士はさばききれなくなり一撃、また一撃と鎧を削られていく。
 ブルーの終わることの斬撃に共鳴するように鎧が赤く変わると、同時に全身に焼けるような痛みが襲った。炎の魔力の拒絶反応が起きているのだとわかる。
 ――ブルー。そんなに乱暴に炎の魔力を使うと鎧だけでは負担できなくなって、貴方の体は炎の魔力に焼かれてしまう。
「今頃それをいうの」
 ――ごめん。ただ炎の魔力に慣れていけば、鎧が負担する魔力の量はへるからより多くの魔力を使えるようになるよ。くれぐれも私の魔力で体を焼かれないようにね 
 急激に衰えていく斬撃に赤騎士が押し返していきブルーの剣が弾かれた。がら空きとなった胴体を振り下ろされる。
 しかし、同時にブルーの左蹴りが赤騎士の体を吹き飛ばす。距離をおいたブルーの鎧の赤色が少しずつ落ち着いていくが、土砂の中から赤騎士はすぐに立ち上がった。
 ――あれは人ではない。魔力で作られた道具みたいな物だから気おつけて
 その言葉には説得力があった。
 変な方向に曲がっていた体がいつの間にかもとに戻っている。
 赤騎士がなにか合図するとあたりから複数のドラゴンの咆哮が鳴り響き、同時に3匹のドラゴンが赤騎士の加勢に入る。
 ――三匹とも赤騎士に使役されてる!
 焦りのこもる炎の魔女の言葉を一瞥するように冷たく答える。
「問題ない」
 同時にドラゴンのブレスが三方向から放たれる。
 ブルーは左手に持ち替えた剣を正面にかざし真っ赤に輝かせ、剣を地面に振り下ろしながら後ろに大きく跳躍する。
 砂煙で視界を奪い、右手に生成した炎を圧縮し槍のような形に変形させる。着地と同時に右足を大きく地面に踏み込んだ。
ドンッ!
 地面をえぐるような低音が衝撃波と一緒に響き、瞬く間に魔力の籠もった右足で地面が割れた。
キィ――ン!
 耳を突くような高音と同時に右腕に握られた赤い槍が悲鳴を上げる。
 ブルーは淡々とその技の名を口にする。
「エデンの槍」
 限界を向けると同時に放り投げられた黄色く光る槍。
 周囲の瓦礫は衝撃波と一緒に吹き飛び、ドラゴンの炎を瞬く間に消し飛ばす。
 槍はドラゴンの体を突き破り空に消えた。
「カエンリュウハ」
 赤騎士の言葉と同時に振り下ろされた剣から炎の竜巻が襲う。
 ブルーはその技を見たことがある、それはグエンモールで海に逃げたブルー達に放った技と同じ技だ。
 ブルーはその技を妙見まねで繰り返した。
「火炎龍破」
 二つの横に伸びた炎の渦がぶつかり合う。
 灼熱の業火にドラゴン達も流石に近づけない。
 炎が同時に晴れると空中で佇むドラゴンの一匹が悲鳴を上げた。翼にはブルーの投げた剣が刺さっていた。同時に上空に跳躍していたブルーがそのドラゴンの首を鷲掴み地面に叩きつける。
 ブルーの手のひらが一瞬光り輝くと爆発音と共にドラゴンの頭が首から離れ、壁にぶつかってから地面を転がった。
 翼に刺さった剣を引き抜いたブルーは赤騎士を見ながら独り言のように言う。
「あと二人」
 ブルーの鎧はすでに赤くなっていた。ゆっくりと色が落ちていくが、その意味を察してか赤騎士が飛び出してきた。
 真っ赤に光り輝く剣、ブルーも同様に剣に魔力を込めるしかない。
 剣の打ち合いブルーの背後を最後のドラゴンが襲う。赤騎士を巻き込まないように鋭利な鉤爪をたてる。
 ブルーは空いている手に剣を作り出しドラゴンの鉤爪を受け止めたが、赤騎士の剣から炎が溢れ出すし、ドラゴンの口からも火の粉が漏れた。
 しかし、ブルーの判断は一瞬だった。
 赤騎士を蹴り飛ばしてから、空いた剣でドラゴンの足を切り落とし、もう片方の剣を喉元に突き刺した。
 咆哮を上げるドラゴンは最後の力を振り絞るようにブルーの剣を咥え、剣を失ったブルーの背中を赤騎士が狙う。
「カエン」
 感情のない赤騎士の声が大技をすると言っている。
「リュウハ」
 振り下ろされた赤騎士の剣は炎の渦を巻きながら飛び出した。
 しかし、ブルーは既に赤騎士の懐にいた。剣を捨てたブルーの右手には炎を圧縮した膨大な熱の塊を持っていた。悲鳴を上げるように高音を発し続ける真っ赤に光る球体、ブルーの鎧は真っ赤に染まり、それが最後の攻撃だと言っていた。
 決着をつけるようにその球体を、赤騎士の体に容赦なく体に押し込んだ。
 大きな衝撃波が球体と一緒に赤騎士を吹き飛ばし、激しい空気抵抗で逃れられない中、赤い球体が限界を迎える。
 辺り一帯を照らすような強い光が昼間の大地に山の影を浮かび上がらせ、爆風があたりの木々を揺らし振動を響かせた。
 砂煙が落ち着くと、力尽きた赤騎士が地面に横たわっていた。
 決着はついた。
 横たわる赤騎士にとどめを刺そうと剣を向けると音も気配もなく聞き慣れた声が耳を突く。
「ちゃんと使ったんですね、その力を」
 ブルーは振り向きながら彼女の喉元に剣を当てた。
「何しに来た。目的は」
 押し当てられた剣を気にすることもなく淡々と言葉を返す。
「『知識の泉』は最北端のクルガ滝の中にある。知りたいんでしょ、全てを。なら力をつけて自分で手に入れて」
 ミルカは手を伸ばすと白い羽が赤騎士を包む。
 赤騎士の傷が癒え、同時に白いネックレスが生成された。
「何をしているの」
 更に剣を押し当てる。
「赤騎士の力を奪った。もう抵抗はできない,連れていきなさい」
「なぜそんな事をする必要性がある」
「知りたいんでしょ。ただ、これだけは忘れないで忘れないで。終焉は着実に迫っている」
 その言葉と同時にミルカの体は白い羽となり散っていった。
「炎の魔女」
 ――なに?
「ミルカの目的は」
 ――全てを知ってるわけではない。……ただ一つは、この私を魂の棺桶から取り出して炎の魔女として復活させること。
「終焉の魔女に対抗するために」
 ――恐らく。ちゃんと言えないけど、これだけは確信を持って言える。彼女は貴方の味方
「そう。ミルカの言う通り『知恵の泉』に行けばすべてわかる」
 赤騎士は意識がないようでブルーに対してなんの反応を示さない。 
 ブルーは身にまとった魔力を解くと鎧や剣が一瞬で炎となって消え、それは左手の薬指に集約される。
 今回は白羽ではなく、小さな赤い指輪なった。
 ブルーは赤騎士を抱え万栄国の港町へと向かった。
 港町に付くとアリスとレイナー、そしてルイズが出迎えてくれた。
 ルイズの家でブルーは、クリフォアの死とその志、ミルカが現れたことと『魂の泉』のこと、指輪に秘められたブルーの新たな力の事を答えた。
 最初に口を開いたのはルイズだった。
「そうか。しかし、考えわ変わらない。我々はこの国に残り、この国と運命をともにする」
 ブルーが来る前にルイズと話し合いをしていたアリスはその答えを受け止める。
「そうですか。では私達はそろそろ万栄国を出ることにします。私達のせいでここにさらなる危険が訪れるかも知れない。それにたった今、次の目的地が決まったので」
「はい。ご達者で」
 深々と頭を下げるルイズにアリスたちは礼をし急いで出港した。
「こんなに早く出て良かったのか?」
 レイナーの問いかけにアリスは言う。
「さっきも言った通り万栄国で私達にできることはもうなにもない。静かに死を待つ事を選んだ国民の心を変えさせるには私達部外者には難しい。それに私達は彼らの選択を批判する権利もない。この国の決まりはこの国に人々が決めるものだから。それにここに赤騎士が来たということはもう私達は邪魔者でしかないでしょ」
「そうか、彼女のたった一つの思いすら叶えられないのか」
「そんなことよりも今はこの先のことを考えましょ。もう過去の出来事になんだから、私達は進まないと前に。次に目指す場所は最北端のクルガ滝」
「ああ」
 レイナーは悔しそうに手を握りしめる。
 彼のどんな過去がその悔しさをそこまで借り立たせるのだろうかブルーにはわからない。怒りや悔しさは原動力にはなるがそれらに支配されてはいけない。視野が狭くなり、行動はより単調となる。
 レイナーの後を目で追うブルーは赤騎士に目を向けた。
 縄で拘束された赤騎士の前でレイナーは立ち止まり問いかける。
「なぜブルーを狙う、なぜクリフォアを殺した」 
「……」
 赤騎士が答えることはなかった。
 まるで死んだように動かない赤騎士は、電源の入っていない機械のようだった。
「レイナー。それは私が魔女で、終焉の魔女の脅威となるから。その赤騎士は終焉の魔女の眷属、ただの道具に過ぎない」
「お前は命令がないと何もできないと何もできないのか」
 レイナーは赤騎士の兜を取り上げ、姿を確認する。それは、意識が戻っているかどうかの確認だったが、レイナーは震えた声で一人の女性の名を口にする。
「ヴィ……、ヴィットリア」
 兜の中からあらわになる真っ赤な長い髪、それはどこかアリスに似ている。赤騎士はまるで人形のように瞬き一つせずレイナーを見つめた。

 見慣れた喫茶店のカウンターでいつものようにオーナーの仕事をしていると、フードを被ったお客さんがお店を訪れる。
 フードを脱ぐと真っ赤な長い赤髪と美しい美貌があらわにする彼女は、まっすぐカウンターの前に座るといつものようにオーナーに話を始める。
「今回は早くこれたわ。全く、ミヤったら全然私を開放してくれないんだから」
「嬉しそうだね、ヴィットリア」
 その言葉と同時にコーヒーを出すと彼女は口に運び、優しく微笑んだ。
「ジュリオ。貴方のいれるコーヒーは本当に美味しいわね」

「くっ」
 レイナーは蘇る過去の光景に頭を抑え、その記憶に蓋をする。しかし、顔を上げると同時に眼の前の赤騎士と目が合い、嫌でも過去の記憶を思い起こさせる。
 赤騎士の姿を見て動揺を隠せないレイナーは何も言わずにその場から立ち去ってしまった。
 レイナーは明らかに赤騎士に対してなにか知っているようだった。レイナーが言っていたヴィットリアという名前も気になる。
 ブルーがレイナーの後を追おうとするとその道を塞ぐようにアリスが立った。
「今はそっとしてあげて」
「わかった」
 ブルーは赤騎士の前に座り、その環状のない瞳に問いかける。
「ヴィットリアとは、貴方の名前?」
「……」
「終焉の魔女の目的は?」
「……」
「『知識の泉』はどこにある?」
「……」
 なんの返答もない赤騎士から離れようとした時、赤騎士はまっすぐと腕を伸ばし指を伸ばした。なにもない場所を指す指の意味に最初に気がついたのはアリスだった。 
「北を指差してる。恐らく『知識の泉』のある場所」
「反応を示したということは、私たちの言葉を理解してる。赤騎士あなたの目的は」
「『知識の泉』への案内」
 赤騎士の返答はこれを最後に終わった。その他の問いかけに返答はない。『知識の泉』に行けば、その全てがわかるがやはりミルかという魔女の言う通りに全て動いていることがきにくわない。何が裏があるような気がしてならない。赤騎士の意識すら書き換え、『知識の泉』に向かわせる真の目的とはなんなのだろうか。
 あれから数日が過ぎた。
 ミルカという魔女の接触なく、赤騎士の面倒はレイナーが見ている。
 レイナーはブルーに対して自分の過去を打ち明ける機会を用意してくれた。
 部屋の奥で椅子に座るレイナーがブルーを待っていた。
「待ってたよ。すべてを伝える準備はできている」
 改まって丁寧な態度を示すレイナーに、ブルーも相応の態度を示す。
「ありがとう」
 二人はテーブルを挟んで座り、話し始めた。
「まずは俺の出生の話からするか。俺の名はレイナーって言ったよな。これはアリスにも言ったことがないが、俺には姓がないわけじゃないんだ。俺の正しい名前はレイナー・ルイド・アドルフ」
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