第6話 断罪の短剣
文字数 5,369文字
次の日の朝を迎えた。
涼しい顔で進んでいくクリフォアとは対照的にレイナーは肩で息をしながら必死に山を登っていく。
そして、4人は遺跡についた。
中央の祭壇に刺さる短剣は、その禍々しさからこれが噂の『断罪の短剣』であることは間違いなかった。そして、壁にはこの世界の歴史を描くように絵が描かれている。
航海士であり、いろいろな国を旅してきたアリスは壁に書かれた絵を見ながら言葉をこぼす。
「……メリア神話」
「はい。これはメリア神話の誕生の話が描かれています。そしてこちら側がこの国の誕生の話が書かれています」
クリフォアは『断罪の短剣』の前で続けた。
「メリア神話は森羅万象の神、始終の魔女が氷の魔女と炎の魔女に別れ、戦争をしたお話です。その戦争で炎の魔女は氷の魔女に対抗するため、数え切れないほどの人の命を奪い、その命のかたまりでとある短剣を作りました。人の血でできた短剣に特別な力が宿っていた。それは人々を人間からドラゴンに変える力が宿っていたんです。ドラゴンとは今の私達と同じ様に、戦争の道具として作られました」
「それは皆も知っているの?」
アリスの言葉にクリフォアは小さく頷いた。
「次は、万栄国の成り立ちです。氷の魔女と炎の魔女が戦う中、人類のために剣を掲げた『黒煙の蛇』初代統率者イヴァン・ルイジ・アドルフ。魔女の戦いの後に残された『断罪の短剣』を悪用されることを恐れた二代目統率者リノ・ルイジ・アドルフはこの地にその短剣を持ってきてここに祀ったのです。そして、この短剣の力を知られないように外との外交の一切を絶ちました。統率者は念を押し、自身にその短剣の呪いをかけてドラゴンとなりこの地に居座りました。記憶を失い次第に野生に帰り、ここはドラゴンの根城となったんです」
レイナーは万栄国の歴史が刻まれた絵を見ながら言った。
「おかげさまで人は寄り付かなくなったのか」
クリフォアは短剣に背を向け、遠い下にある港を見つめていた。そして、いつものクセのように角を触る。
ブルーはクリフォアがルイズの意見に納得していないのだと理解した。ただ現状を受け入れて何もしない、そんな人生を歩みたくないのだと、未来に少しでも希望があるのだと信じて、この現状に対して抗いたいんだと。
そんな時、何かを感じ取ったのかクリフォアは驚いたようにブルーを見つめる。動揺を隠せないその顔はブルーの心にしまっていた不穏な気持ちを蘇らせた。クリフォアが発した言葉によって、それは現実のものとなる。
「ドラゴンが来ます!」
その言葉と同時に建物を崩しながらドラゴンが姿を表した。
誰よりも早く後ろに大きく飛ぶブルーだったが、ドラゴンは彼女を追うように大きく口を開く。喉の奥で圧縮されている炎が見えた。狙いがブルーであるのは言うまでもなかった。
次の行動に移ろうとした時、周囲に白羽が舞っている事に気がついた。同時に皆の動きが止まっている事に気がつく。
ブルーはこの光景を知っている。グエンモールで赤騎士に襲われたときと同じ。
振り返ると予想通りそこには白い仮面と白いドレスに身を包むミルカがいた。
戸惑うブルーにミルカは使命を提示する
「渡した羽を使いなさい。このドラゴンは赤騎士に支配されている。従来、ドラゴンとは赤騎士の儒者。そのために作られた道具に過ぎない」
クリフォアはドラゴンの気持ちがわかると言っていた。ブルーへの明確な殺意を感じ取ったからクリフォアがあんな顔で見つめて来たのだと理解する。
確かに戦うための武器があればこのドラゴンに立ち向かうことができるかも知れない。しかし、ミルカの事をなにも知らないブルーはその力を使う気にはなれなかった。この力しかないとわかっていても、だからこそこんなに都合よく現れ力を使うように誘導してくるミルカを信頼できなかった。ブルーの直感が彼女を警告していた。
そもそも3人の赤騎士を一瞬で倒した彼女の力があれば、眼の前のドラゴンなど簡単に倒せてしまうはずだ。
「そう、なぜこの辺境の地に人が現れたと思えば、貴方でしたか」
静止している世界で突如、謎の女性の声が空間に響き渡る。姿は見えないがその重苦しさにうまく息ができない。姿を見ていないのにも関わらず声の主の重圧感に体が、心が押しつぶされそうになる。
白い仮面の中から小さくその声の主と思われる名をこぼす。
「終わりの魔女」
その言葉にブルーは思わず問いかけた。
「なぜここにいるのですか」
しかし、その問いかけにミルカははっきりとは答えなかった。
「真実を知りたいなら、運命を変えたいなら、私と一緒に過去を救って。彼女の相手は私がする、貴方には荷が重すぎるから。それと、これだけは忘れないで。魔女は人とは違う、人にはなり得ない。特別な力には責任が伴う」
事実を淡々と述べるミルカは次の瞬間、光の羽と一緒にこの空間から姿を消した。同時にあのプレッシャーからも開放される。そして、時は動き出した。
「逃げて!これは赤騎士によるもの!」
ブルーの言葉の意味を理解し、反応を示すアリスとレイナー。
ドラゴンのブレスがブルーに向けられていた。
「やめて!」
クリフォアの叫び声と同時にドラゴンの体が吹き飛んだ。
ブルーに向けられたドラゴンのブレスを止めるように飛び出したクリフォアが、その怪力で巨体の体を容赦なく叩き飛ばした。数十メートルもある巨体は中を浮いて飛ばされた。壁に叩きつけられたドラゴン、砕けた壁がドラゴンの体に倒れていき瓦礫の下敷きとなった。
壁が崩れたことにより、外の光が祭壇に差し込み『断罪の短剣』を照らす。
赤騎士に支配されているドラゴンの狙いはブルーだけだ。それならば急いでこの場を離れるしかない。このドラゴンをどうにかすれば万栄国に潜む脅威はいっときは去るはずだ。炎の魔女の魔力が根源となっている『断罪の短剣』。短剣には炎の魔力が込められている。それはブルーの魔力を使う武器となるなるはずだ、災いのもととなるならば私が使う、すでに赤騎士という災いを引き寄せる身なのだから。
祭壇に刺された短剣を引き抜きブルーは外に仮に向かって飛び出した。
山の頂上付近に祭壇がある。飛び出した先は崖だった。所々飛び出している岩場に着地しながら一気に下降していく、少しでも皆と距離がおけるように。
右手に握る『断罪の短剣』があるおかげか、魔力を意識することができた。魔力さえ意識できれば感覚で、足に魔力を魔力を流し衝撃を軽減させることもできる。グエンモールで四階のバルコニーから飛び降りた赤騎士がやっていたことと同じ。
だいぶ離れただろうと思っているとドラゴンの咆哮が耳を打つ。
「いそがないと」
ブルーは大きな岩場の上に降り立ち、迫りくるドラゴンを確認する。
ドラゴンは狂乱したように迫ってきていた。そして、その尻尾に誰かが飛びついているのが見える。
「クリフォア!」
思わずその名を叫んだ。
「私は貴方のように立ち向かいたいです。運命から抗いたいんです!」
ドラゴンがブルーの前に降り立つとクリフォアが地面を転がった。
ブルーの隣で立ち上がるクリフォアは本当にタフでかすり傷一つついてはいない。
「私も一緒に戦います!」
クリフォアの言葉にブルーは無言で頷き、二人は同時に飛び出した。
灼熱の炎を交わしながらブルーは懐に入り込み短剣を振りかざすし、ドラゴンの鉤爪に阻まれるが、その腕をクリフォアが蹴り飛ばす。
ブルーの追撃は尻尾に弾かれ、そのまま後方へと吹き飛ばされた。
前足でクリフォアを押さえつけたドラゴンはブルーに灼熱の炎を吐き出す。
迫りくる灼熱の炎にブルーも痺れる腕に魔力を込め、炎に包まれた短剣をブルーは投げた。
炎と炎の押し合い。
魔力を込めれば身体機能を上げられる。それは今までの経験からわかっている。しかし、ブルーはまだ魔力の抵抗に慣れてはいない。だから、魔力に触れる時間は短く、使う魔力も最小限に。
足の裏に一瞬だけ魔力を込め、飛び出した。体を小さくし、より空気抵抗を減らす。加速を乗せたまま、勢いを殺さないことに専念し、ドラゴンの懐に入り込んだブルーは流れるように拳を握り振りかざす。
腕に魔力を流し、より早く、より重く。拳がドラゴンの足に触れると同時に拳に魔力を流し、体を支える足にも魔力を込める。
どれも一瞬の事。
完璧なタイミングによる魔力の爆発。
最小限の力で最大限の力を生み出したブルーはドラゴンを大きくのけぞらせ、ブレスが途絶えると同時に魔力の籠もった短剣がドラゴンのお腹を襲う。
拘束から開放されたクリフォアは短剣を引き抜き、喉もとに突き刺すが、これでドラゴンが息絶えることはない。振り出された尻尾がクリフォアをダイレクトに襲う。
「クリフォア!」
ブルーの予想とは違いクリフォアその小さな体でドラゴンの尻尾を必死に受け止めていた。そして、歯を食いしばるクリフォアは可愛らしい声で咆哮を上げる。
「はぁぁぁああああああああ‼」
「そんな」
ブルーは驚きを隠せず思わず言葉を漏らした。
ドラゴンの巨体が浮き上がり、背中から地面に叩きつけた。
その衝撃で我に返ったブルーは急いで飛び出し、ドラゴンの喉に刺された短剣を掴むのとねじり、更に魔力を込める。ドラゴンの咆哮と同時にブルーの腕に拒絶反応が起こるが、ここで止めるわけには行かない。痛みに耐えながら、がむしゃらに剣に魔力を込め、炎が溢れ出す。
ブルーの最後の一撃がこの戦いに決着をつけた。
ブルーがドラゴンから離れると同時にクリフォアはドラゴンに駆け寄り寄り添った。
何かを感じ取っているのか、クリフォアはドラゴンの頭に手を当て静かに頷くと、ドラゴンは息を引き取った。
二人が倒したドラゴン。
名はリノ・ルイジ・アドルフ。
その子供は、城の地下で生まれ知らない親の元で育った。その家族に血の繋がりはなく、少年にはいつも寂しさを感じていた。でも、そんな家族にも最後には誰にも断ち切れない確かな繋がりができていた。
薄れゆく意識の中で、彼女にしか聞こえない声で少年は最後の思いを口にする。
父さん、僕はしっかりやれたかな
ドラゴンの最後の言葉をしっかりと聞いたクリフォアは立ち上がった。
そんなクリフォアにブルーは短剣を差し出す。
この短剣は人をドラゴンに変える魔力が埋め込まれおり、その魔力によりクリフォアは今回、はっきりとドラゴンの言葉を読み取った。この短剣を持つべきものは眼の前にいる。自分の使命を受け止めたクリフォアが持つべきだ。
そう思ったブルーは『断罪の短剣』を渡すとクリフォアは快く受け取ってくれた。
「この短剣には炎の魔女の力が籠もっている。いずれ貴方もこの力が役に立つ時が来るはず。自分の気持ちを忘れないで」
「ありがとうございます。やっと自分の意思に従った行動ができました。私は『知恵の泉』に行き運命を変えてみせます」
何年前に万栄国の運命を知って、ルイズ方針が決まったかはわからないが、それでも彼女は恐らく一人で何らかの別の方法がないかと探していたのだろう。一人で万栄国跡地にいた理由がそれだろう。この世界で優位無二の力を持ったものとして、その責任を果たそうとしていた。
どこか自分と重なって見えるクリフォアという少女。あまり感情を表に出さない所が重なったのだろうか。聞きたいことがあったが今、『知恵の泉』について聞くのは野暮なことだろう。
いつもと違いどこか恥ずかしそうに角を触るクリフォア、本心を隠すときに触るその角のクセが、今回は少し可愛いらしく見えた。
クリフォアは改めてブルーに向き直り、恥ずかしそうに顔を赤くしたクリフォアは角を触りながら首を少し傾けた。
ブルーを見上げながら優しく笑うクリフォア。
彼女の笑顔を初めてみたブルーの頬も少し緩んだ。
「ブルーさん。改めて、ありがとう……ゴホッ……パァ」
クリフォアは唐突に血を吐いた。
小さなお腹に刺された赤い剣がひねられる。痛みに顔を歪ませるが、噎せ返る血で声が出ることない。タフであるがゆえに即死することがなかった。
涙を流しながらクリフォアはなんとか言葉を発する。
「い……いたい……です」
クリフォアの後ろに立つ赤騎士はドラゴンとは違い知性のある。故に赤騎士はブルーの味方だと認知しクリフォアを攻撃した。
全身で感じる拒絶反応による痛みから剣にものすごい魔力が込められていくのがわかる。
「……ああ」
クリフォアはうめき声と同時に全身を炎に包まれた。
「ああああああああああああああ」
クリフォアの絶叫が響く。
沸騰した油が毛穴から溢れ出すと皮膚を溶かしていき、焼けた肉が地面に落ちた。
「赤騎士……ぜったいに……許さない」
感じたことのない感情がブルーから溢れ、感情がブルーの体を動かした。
彼女の落とした短剣を拾い赤騎士に飛びかかるが、ブルーの攻撃は簡単に受け流され、乱暴に扱われた短剣は赤騎士の剣にぶつかると砕け散った。
戦うすべを失ったブルーに、決着を宣言するように赤騎士は空に剣を掲げ、赤い剣は一際強い輝きを見せる。
振り下ろされた断罪は容赦なくブルーを襲い、全身を焼く炎が強烈な拒絶反応を引き起こし、ブルーの意識を一瞬で奪い去った。
涼しい顔で進んでいくクリフォアとは対照的にレイナーは肩で息をしながら必死に山を登っていく。
そして、4人は遺跡についた。
中央の祭壇に刺さる短剣は、その禍々しさからこれが噂の『断罪の短剣』であることは間違いなかった。そして、壁にはこの世界の歴史を描くように絵が描かれている。
航海士であり、いろいろな国を旅してきたアリスは壁に書かれた絵を見ながら言葉をこぼす。
「……メリア神話」
「はい。これはメリア神話の誕生の話が描かれています。そしてこちら側がこの国の誕生の話が書かれています」
クリフォアは『断罪の短剣』の前で続けた。
「メリア神話は森羅万象の神、始終の魔女が氷の魔女と炎の魔女に別れ、戦争をしたお話です。その戦争で炎の魔女は氷の魔女に対抗するため、数え切れないほどの人の命を奪い、その命のかたまりでとある短剣を作りました。人の血でできた短剣に特別な力が宿っていた。それは人々を人間からドラゴンに変える力が宿っていたんです。ドラゴンとは今の私達と同じ様に、戦争の道具として作られました」
「それは皆も知っているの?」
アリスの言葉にクリフォアは小さく頷いた。
「次は、万栄国の成り立ちです。氷の魔女と炎の魔女が戦う中、人類のために剣を掲げた『黒煙の蛇』初代統率者イヴァン・ルイジ・アドルフ。魔女の戦いの後に残された『断罪の短剣』を悪用されることを恐れた二代目統率者リノ・ルイジ・アドルフはこの地にその短剣を持ってきてここに祀ったのです。そして、この短剣の力を知られないように外との外交の一切を絶ちました。統率者は念を押し、自身にその短剣の呪いをかけてドラゴンとなりこの地に居座りました。記憶を失い次第に野生に帰り、ここはドラゴンの根城となったんです」
レイナーは万栄国の歴史が刻まれた絵を見ながら言った。
「おかげさまで人は寄り付かなくなったのか」
クリフォアは短剣に背を向け、遠い下にある港を見つめていた。そして、いつものクセのように角を触る。
ブルーはクリフォアがルイズの意見に納得していないのだと理解した。ただ現状を受け入れて何もしない、そんな人生を歩みたくないのだと、未来に少しでも希望があるのだと信じて、この現状に対して抗いたいんだと。
そんな時、何かを感じ取ったのかクリフォアは驚いたようにブルーを見つめる。動揺を隠せないその顔はブルーの心にしまっていた不穏な気持ちを蘇らせた。クリフォアが発した言葉によって、それは現実のものとなる。
「ドラゴンが来ます!」
その言葉と同時に建物を崩しながらドラゴンが姿を表した。
誰よりも早く後ろに大きく飛ぶブルーだったが、ドラゴンは彼女を追うように大きく口を開く。喉の奥で圧縮されている炎が見えた。狙いがブルーであるのは言うまでもなかった。
次の行動に移ろうとした時、周囲に白羽が舞っている事に気がついた。同時に皆の動きが止まっている事に気がつく。
ブルーはこの光景を知っている。グエンモールで赤騎士に襲われたときと同じ。
振り返ると予想通りそこには白い仮面と白いドレスに身を包むミルカがいた。
戸惑うブルーにミルカは使命を提示する
「渡した羽を使いなさい。このドラゴンは赤騎士に支配されている。従来、ドラゴンとは赤騎士の儒者。そのために作られた道具に過ぎない」
クリフォアはドラゴンの気持ちがわかると言っていた。ブルーへの明確な殺意を感じ取ったからクリフォアがあんな顔で見つめて来たのだと理解する。
確かに戦うための武器があればこのドラゴンに立ち向かうことができるかも知れない。しかし、ミルカの事をなにも知らないブルーはその力を使う気にはなれなかった。この力しかないとわかっていても、だからこそこんなに都合よく現れ力を使うように誘導してくるミルカを信頼できなかった。ブルーの直感が彼女を警告していた。
そもそも3人の赤騎士を一瞬で倒した彼女の力があれば、眼の前のドラゴンなど簡単に倒せてしまうはずだ。
「そう、なぜこの辺境の地に人が現れたと思えば、貴方でしたか」
静止している世界で突如、謎の女性の声が空間に響き渡る。姿は見えないがその重苦しさにうまく息ができない。姿を見ていないのにも関わらず声の主の重圧感に体が、心が押しつぶされそうになる。
白い仮面の中から小さくその声の主と思われる名をこぼす。
「終わりの魔女」
その言葉にブルーは思わず問いかけた。
「なぜここにいるのですか」
しかし、その問いかけにミルカははっきりとは答えなかった。
「真実を知りたいなら、運命を変えたいなら、私と一緒に過去を救って。彼女の相手は私がする、貴方には荷が重すぎるから。それと、これだけは忘れないで。魔女は人とは違う、人にはなり得ない。特別な力には責任が伴う」
事実を淡々と述べるミルカは次の瞬間、光の羽と一緒にこの空間から姿を消した。同時にあのプレッシャーからも開放される。そして、時は動き出した。
「逃げて!これは赤騎士によるもの!」
ブルーの言葉の意味を理解し、反応を示すアリスとレイナー。
ドラゴンのブレスがブルーに向けられていた。
「やめて!」
クリフォアの叫び声と同時にドラゴンの体が吹き飛んだ。
ブルーに向けられたドラゴンのブレスを止めるように飛び出したクリフォアが、その怪力で巨体の体を容赦なく叩き飛ばした。数十メートルもある巨体は中を浮いて飛ばされた。壁に叩きつけられたドラゴン、砕けた壁がドラゴンの体に倒れていき瓦礫の下敷きとなった。
壁が崩れたことにより、外の光が祭壇に差し込み『断罪の短剣』を照らす。
赤騎士に支配されているドラゴンの狙いはブルーだけだ。それならば急いでこの場を離れるしかない。このドラゴンをどうにかすれば万栄国に潜む脅威はいっときは去るはずだ。炎の魔女の魔力が根源となっている『断罪の短剣』。短剣には炎の魔力が込められている。それはブルーの魔力を使う武器となるなるはずだ、災いのもととなるならば私が使う、すでに赤騎士という災いを引き寄せる身なのだから。
祭壇に刺された短剣を引き抜きブルーは外に仮に向かって飛び出した。
山の頂上付近に祭壇がある。飛び出した先は崖だった。所々飛び出している岩場に着地しながら一気に下降していく、少しでも皆と距離がおけるように。
右手に握る『断罪の短剣』があるおかげか、魔力を意識することができた。魔力さえ意識できれば感覚で、足に魔力を魔力を流し衝撃を軽減させることもできる。グエンモールで四階のバルコニーから飛び降りた赤騎士がやっていたことと同じ。
だいぶ離れただろうと思っているとドラゴンの咆哮が耳を打つ。
「いそがないと」
ブルーは大きな岩場の上に降り立ち、迫りくるドラゴンを確認する。
ドラゴンは狂乱したように迫ってきていた。そして、その尻尾に誰かが飛びついているのが見える。
「クリフォア!」
思わずその名を叫んだ。
「私は貴方のように立ち向かいたいです。運命から抗いたいんです!」
ドラゴンがブルーの前に降り立つとクリフォアが地面を転がった。
ブルーの隣で立ち上がるクリフォアは本当にタフでかすり傷一つついてはいない。
「私も一緒に戦います!」
クリフォアの言葉にブルーは無言で頷き、二人は同時に飛び出した。
灼熱の炎を交わしながらブルーは懐に入り込み短剣を振りかざすし、ドラゴンの鉤爪に阻まれるが、その腕をクリフォアが蹴り飛ばす。
ブルーの追撃は尻尾に弾かれ、そのまま後方へと吹き飛ばされた。
前足でクリフォアを押さえつけたドラゴンはブルーに灼熱の炎を吐き出す。
迫りくる灼熱の炎にブルーも痺れる腕に魔力を込め、炎に包まれた短剣をブルーは投げた。
炎と炎の押し合い。
魔力を込めれば身体機能を上げられる。それは今までの経験からわかっている。しかし、ブルーはまだ魔力の抵抗に慣れてはいない。だから、魔力に触れる時間は短く、使う魔力も最小限に。
足の裏に一瞬だけ魔力を込め、飛び出した。体を小さくし、より空気抵抗を減らす。加速を乗せたまま、勢いを殺さないことに専念し、ドラゴンの懐に入り込んだブルーは流れるように拳を握り振りかざす。
腕に魔力を流し、より早く、より重く。拳がドラゴンの足に触れると同時に拳に魔力を流し、体を支える足にも魔力を込める。
どれも一瞬の事。
完璧なタイミングによる魔力の爆発。
最小限の力で最大限の力を生み出したブルーはドラゴンを大きくのけぞらせ、ブレスが途絶えると同時に魔力の籠もった短剣がドラゴンのお腹を襲う。
拘束から開放されたクリフォアは短剣を引き抜き、喉もとに突き刺すが、これでドラゴンが息絶えることはない。振り出された尻尾がクリフォアをダイレクトに襲う。
「クリフォア!」
ブルーの予想とは違いクリフォアその小さな体でドラゴンの尻尾を必死に受け止めていた。そして、歯を食いしばるクリフォアは可愛らしい声で咆哮を上げる。
「はぁぁぁああああああああ‼」
「そんな」
ブルーは驚きを隠せず思わず言葉を漏らした。
ドラゴンの巨体が浮き上がり、背中から地面に叩きつけた。
その衝撃で我に返ったブルーは急いで飛び出し、ドラゴンの喉に刺された短剣を掴むのとねじり、更に魔力を込める。ドラゴンの咆哮と同時にブルーの腕に拒絶反応が起こるが、ここで止めるわけには行かない。痛みに耐えながら、がむしゃらに剣に魔力を込め、炎が溢れ出す。
ブルーの最後の一撃がこの戦いに決着をつけた。
ブルーがドラゴンから離れると同時にクリフォアはドラゴンに駆け寄り寄り添った。
何かを感じ取っているのか、クリフォアはドラゴンの頭に手を当て静かに頷くと、ドラゴンは息を引き取った。
二人が倒したドラゴン。
名はリノ・ルイジ・アドルフ。
その子供は、城の地下で生まれ知らない親の元で育った。その家族に血の繋がりはなく、少年にはいつも寂しさを感じていた。でも、そんな家族にも最後には誰にも断ち切れない確かな繋がりができていた。
薄れゆく意識の中で、彼女にしか聞こえない声で少年は最後の思いを口にする。
父さん、僕はしっかりやれたかな
ドラゴンの最後の言葉をしっかりと聞いたクリフォアは立ち上がった。
そんなクリフォアにブルーは短剣を差し出す。
この短剣は人をドラゴンに変える魔力が埋め込まれおり、その魔力によりクリフォアは今回、はっきりとドラゴンの言葉を読み取った。この短剣を持つべきものは眼の前にいる。自分の使命を受け止めたクリフォアが持つべきだ。
そう思ったブルーは『断罪の短剣』を渡すとクリフォアは快く受け取ってくれた。
「この短剣には炎の魔女の力が籠もっている。いずれ貴方もこの力が役に立つ時が来るはず。自分の気持ちを忘れないで」
「ありがとうございます。やっと自分の意思に従った行動ができました。私は『知恵の泉』に行き運命を変えてみせます」
何年前に万栄国の運命を知って、ルイズ方針が決まったかはわからないが、それでも彼女は恐らく一人で何らかの別の方法がないかと探していたのだろう。一人で万栄国跡地にいた理由がそれだろう。この世界で優位無二の力を持ったものとして、その責任を果たそうとしていた。
どこか自分と重なって見えるクリフォアという少女。あまり感情を表に出さない所が重なったのだろうか。聞きたいことがあったが今、『知恵の泉』について聞くのは野暮なことだろう。
いつもと違いどこか恥ずかしそうに角を触るクリフォア、本心を隠すときに触るその角のクセが、今回は少し可愛いらしく見えた。
クリフォアは改めてブルーに向き直り、恥ずかしそうに顔を赤くしたクリフォアは角を触りながら首を少し傾けた。
ブルーを見上げながら優しく笑うクリフォア。
彼女の笑顔を初めてみたブルーの頬も少し緩んだ。
「ブルーさん。改めて、ありがとう……ゴホッ……パァ」
クリフォアは唐突に血を吐いた。
小さなお腹に刺された赤い剣がひねられる。痛みに顔を歪ませるが、噎せ返る血で声が出ることない。タフであるがゆえに即死することがなかった。
涙を流しながらクリフォアはなんとか言葉を発する。
「い……いたい……です」
クリフォアの後ろに立つ赤騎士はドラゴンとは違い知性のある。故に赤騎士はブルーの味方だと認知しクリフォアを攻撃した。
全身で感じる拒絶反応による痛みから剣にものすごい魔力が込められていくのがわかる。
「……ああ」
クリフォアはうめき声と同時に全身を炎に包まれた。
「ああああああああああああああ」
クリフォアの絶叫が響く。
沸騰した油が毛穴から溢れ出すと皮膚を溶かしていき、焼けた肉が地面に落ちた。
「赤騎士……ぜったいに……許さない」
感じたことのない感情がブルーから溢れ、感情がブルーの体を動かした。
彼女の落とした短剣を拾い赤騎士に飛びかかるが、ブルーの攻撃は簡単に受け流され、乱暴に扱われた短剣は赤騎士の剣にぶつかると砕け散った。
戦うすべを失ったブルーに、決着を宣言するように赤騎士は空に剣を掲げ、赤い剣は一際強い輝きを見せる。
振り下ろされた断罪は容赦なくブルーを襲い、全身を焼く炎が強烈な拒絶反応を引き起こし、ブルーの意識を一瞬で奪い去った。