第25話 罠

文字数 5,714文字

 星歴1702年。
 過去からシルビア様によって未来に飛ばされたブルーは、その世界に現れたと同時に『誓約』により青騎士から氷の魔女へと昇華が起こった。
 既にこの世界にきていた始まりの魔女よりブルーは『誓約』の支配から逃れることができた。
 星歴1834年。
 アデリーナの用意周到な計画で始まりの魔女が死に、氷の魔女のブルーに昇華が起き始まりの魔女となる。アデリーナが神域魔法でメルフェスを召喚しブルーは逃げるように過去に飛んだ。
 星歴1186年に飛んだブルーはミルカと名乗り正体を隠した。しかし、ブルーの飛んだ神域魔法を追跡し、メルフェスの残影も過去にやってきていた。過去のブルー、氷の魔女がメルフェスに支配されること恐れたミルカはブルーの記憶を奪い、始まりの魔女の力を身につけ、過去に飛ぶように誘導した。
 ミルカは未来のメルフェスの力を弱めるために、炎の魔女を連れて神域魔法で一緒に未来に戻る予定だったが始まりの魔女となったブルーが現れたことによりその計画は変わった。
 世界の規則を破ったせいで存在が薄れ始めたミルカは氷の魔女の力と記憶を奪い、神域魔法で未来へと帰った。
 星歴1868年。
 再び未来に帰ってきたミルカの元に、運命が収束するように炎の魔女が現れた。
 ミルカは再びグエンモールの女王として君臨し、始祖の力を埋め込んだ魔導兵器の開発に力を入れた。
 王室を訪れたアリスはミルカに早速問いかける。
「何故、魔導兵器の開発に注力を」
「アデリーナは何の罪もない人々傷つけたくはない。そんな人間に終わりの魔女に対抗しうる起源の魔道具を持たせれば多少の足止めはできる。それに、神域魔法はこの地でしかできない。アデリーナが神域魔法をするためにこの国の者たちを相手にしなければいけなくなる」
「でも、それだと足止めだけで決定打にはなり得ない」
「アデリーナとメルフェス自身が身を潜めている今、私たちにできることは少ないわ。偵察の報告がくるまでは気長に待ちましょう。じゃ、私はいつものところにいいってくるから、ここは任せたわよ」
「はい、ミルカ様」
 城を出て海を超えるミルカ。
 森の中に入りいつものように結界を貼る。周囲の目を念入りに確認していると一人の存在を感知する。
 経過するミルカに相反して、小さな女性が森の中から顔を覗かせた。
「お久しぶりです。であっているのでしょうか。貴方は…ブルー?」
 ミルカの存在に違和感を感じたのか、それとも名前の読み方を戸惑っているのか。
 ミルカは美しい栗色の小さな少女に声をかける。
「今はミルカで大丈夫です。生きていたのですね、クリフォア」
「はい。もう一人の貴方に助けられました」
 そういって一礼する小さな女性。身長はあまり変わっていないが、以前より少しだけ角が伸び、顔も大人びている気がする。
「何しにきたの?私に接触することは、死ぬ覚悟はできているということよね」
 クリフォアを囲う聖剣が瞬時に生成される。
「はい。わかっています。ブルーさんに救われたこの命、貴方のためならここで捨てても構いません」
「そう」
 その瞬間あたりが白く輝き、結界が生み出される。外界と核にされたこの空間。今だけは誰にも見聞きされることはない。
「続けて」
「私には野生の感、第六感があることを知っていますよね。それでミルカさんがいつもここに来ているの見つけました。メルフェスはアリス様の中に未だ潜んでいます」
 前半の言葉にクリフォアの一族の第六感の危険性を舐めていたことを痛感する。しかし、幸いなことに彼女にしか知られておらず、何をしているかまではわからないようだった。
 そして、後半の話は聞くまでもない。
「アリスに関しては知っている」
「なら、なぜ」
「今は話す時ではないわ。いずれわかるでしょう」
「そ、そうですか」 
「話は終わり?」
 ミルカの問いかけにクリフォアはわかりやすく落ち込みながら答える。
「はい」
「なら、これを持っていきなさい」
 白い羽根を渡すと、クリフォアは驚いたようにその場をあとにした。おそらく殺されなかったことに驚いているのだろう。
 彼女の勘は鋭く、頭も悪くない。この戦いは終わりの魔女と始まりの魔女の戦い。
 今回の戦いでクリフォアは力不足でなんの役に立てないことを理解しているのだ。
 クリフォアが去ったあと、ミルカは研究の続きを行う。ミルカの魔力を込めた全ての力を奪う水晶、それに魂の棺桶の力を融合させる。完成すれば、相手の力を一瞬で奪うことができる。現状は魔女の力を奪う程度だが、いずれメルフェスの強大な力を奪うのも不可能ではないはずだ。
 この最終兵器の完成が、ミルカの運命を決める。
「早く、完成させないと」

 星歴1896年。
 荒々しく王室の扉が開かれる。
「ミルカ!」
 アリスの叫び声にミルカは振り返る。
「なに?」
 肩で息をするアリスを落ち着かせると勢いよく顔を上げ、ミルカに伝える。
「ついに、終わりの魔女の痕跡が見つかりました!」 
 その言葉にミルカの目の色が変わる。
 直ぐに出立する事を決めたミルカはアリスに城を任せ、いつもの森に来る。
 その日はクリフォアもいた。
「どうして、行くんですか。罠ですよ、絶対」
「ええ。そうでしょうね」
 クリフォアの言葉を聞きながら結晶の作成に勤しむミルカ。
「それに、まだアリスさんを側に置いているんですよね。どうして」
「現状、アデリーナ達との唯一の繋がりがアリスなの。ここで、切ってしまうのは惜しい」
「ですが、今回はやめたほうがいいです。相手はこの日のために準備してきてるんですよ。相手の計画もわかっていないいですよね」
「ええ」
「なら、どうして」
 クリフォアの心配そうな顔を見て笑うミルカは優しく言う。
「私を舐めないで。全く準備してないわけではないの。せっかく奴らに会える機会なのよ、今回はその誘いに乗ってやろうじゃない」

 ミルカは一人森を抜け東に飛んでいく。 
 痕跡が見つかった場所はグエンモール大王国の東。
 荒野が広がる無の大地、バーダル荒野。
 長い荒野を進むと黒いドレスをきた女性が上空で待ち受けていた。
「きたんですね、ブルー」
「ええ」
「まさか本当に来るとはな」
 言葉と同時に砂が集まり化身の形となったメルフェスがミルカを囲うように現れる。
 炎の魔女がいる状態でメルフェスがどれだけの力を持っているのか確認がしたかったミルカ。
 その糸をわかっているのか、アデリーナは言う。
「私には興味がないんですね」
「ええ」
 ミルカの短い返事にアデリーナは飛び出した。
「何故わからないのですか!その先に未来はありません!」
 アデリーナの攻撃を交わし、ミルカはメルフェスに攻撃を仕掛ける。
「ここにきたのが運命の尽きだ!お得意の羽を飛ばしてみろ、砂が体内から弾け飛ぶだろう」
「だから砂なのね」
 体内をどんなにかき乱し内蔵を破壊しようが、人間ではない魔女のミルカには致命傷には当たらない。
 同時に辺り一帯が黒い結界に包まれる。
「私を舐めないでください!」
「そう」
 アデリーナの耳元で返事をするミルカ。いつの間に後ろにまわられていたのか、メルフェスも反応ができなかった。
「所で、どうやってその結界を維持しようと思っていたの?」
 咄嗟に放つアデリーナの黒い眼光。一瞬のきらめきで展開された魔法障壁が反転しアデリーナを地面にたたき落とす。
「いまのを受けて結界をしっかり維持できているのは偉いわ」
 問題はメルフェスだ。
 支配の能力で無機物である砂を支配し攻撃してくる。もうメルフェスの強さはアデリーナを超えるのも時間の問題だ。
 『誓約』は魔女の対立を諦め、世界をリセットする方向にシフトしつつある。
 この世界に残された時間はもう短い。次の262年後の神域魔法を発動するまでの時間は残されていないだろう。
 同時に黒い結界の中に無数の白羽が舞い天空から10本の聖剣が降りてくる。
「ここからが本番、本気でいきましょう」
「ああ、来るか。でも、この誘いに乗った時点で貴様は終わりだ」
 メルフェスが嫌な笑みを浮かべる。

 数年前。
「アデリーナ。何故、アリスを使わないのだ」
 メルフェスの問いかけにアデリーナは優しく答える。
「ブルーはアリスの中にメルフェスの力が潜んでいることを知っています。しかし、それを排除する行為は唯一の私達との繋がりを断つことになる。メルフェスの特性を知っているミルカはずっと身を潜み力を蓄えている私達の存在が気が気でないはずです」
「では、我が完全体になるまで身を潜め力を蓄え続けるということか」
「いいえ。それも違います、その前に一度仕掛けましょう。相手はミルカです。10年前、私が始まりの魔女を殺せたのは、敵対しておらず完全な不意を付いたからです。あの作戦は二度と使えません。しかも、彼女は殺された時の保険を要していました」
「それが今のミルカだろう」
 アデリーナに確認するメルフェス。
「はい。でも、大丈夫です。今回はメルフェスがいます。そのために、ブルーの切り札を確認しておきましょう。ブルーがあなたに対してなんの対策もしていないはずがありません」
「それは魂の棺桶で己の魂を記録し、一度だけ生を受けることではないのか?」
 魂の棺桶は今、ブルーの元にあり一度だけの蘇りに魂の棺桶を使うというメルフェスの考えは最もで一番可能性が高い。一度のミスを無かったことにできるのだ。
 しかし、アデリーナはブルーが既に複製品の方の魂の棺桶に魂を記録していることを知っていた。
「それは違いますメルフェス。一度魂の棺桶で生き返ったものは二度生き返れない。それは、オリジナルの魂の棺桶であっても同じです。ブルーは既に魂の棺桶をもう一つ持っています。そこに魂を記録している。だから、私達に対する切る札に使うはずです」
 そんな時、メルフェスが反応する。どうやらアリスを通じて、ブルーがしようとしている切り札を見つけたようだった。
「アデリーナの言うとおりだ。魂の棺桶に始祖の魔力を混ぜ、全ての魔力を奪う結晶を作ろうとしている」
「やはり侮ってはいけない。完成させては終わりです、こちらがその力を利用してやりましょう。こちらから仕掛けますよ、ブルーを誘い出しましょう」
「しかし、警戒してこないのではないか」
 メルフェスの問いかけにブルーのことをよく知っているアデリーナは自信に満ちた顔で答える。
「大丈夫です。ブルーには命のストックが一つある、それに……誰よりも負けず嫌いなので」

 絶え間ない二人の攻撃に疲弊し始めたミルカ。
 しかし、アデリーナの攻撃がどこか単調で全力ではないことに気がついていたミルカ。ただその事実に嫌な予感を感じたミルカはメルフェスの力をだいぶ知る事ができたため二人に別れを告げる。
「貴方達のことをだいぶ知ることができた。それではこれで一旦お別れ」
 ミルカは羽で城に飛ぼうとしとした時、飛べないことに気がついた。その一瞬の隙をついてメルフェスの砂の槍がミルカのお腹に刺さり、内蔵を細かく貫いた。
 白い魔力に触れた砂はメルフェスの支配が消え、ただの砂となって体から零れ落ちるがミルカの傷はそう簡単には癒えない。羽で少し距離を置いたミルカは体を修復しながら黒い結界を確認する。
「そう。通るもの全てを崩壊させる結界。白い魔力にも対応できるように、でも!」
 白い聖剣が壁に刺さり、じわじわと結界を削っていく。
「そうはさせません!メルフェス!今がチャンスです!」
 アデリーナの言葉と同時に結界は色味を増し、何重にも展開され世界から隔離する。
「クソッ‼」
 初めてミルカから焦りの表情が見える。
 残りの聖剣を全て壁に押し当て削る。アデリーナもそれに対抗するように結界を強力に貼り、より世界にその実態が強く定着し始める。ミルカの聖剣が削る速度よりもアデリーナの結界がより強固に実態を持っていく速度のほうが早かった。
 ミルカはメルフェスをさばくと、アデリーナを直接壁に叩きつけるが詠唱が消えてもすぐに消えることはない。
 アデリーナの結界は魔力をかければかけるほどより強力になり、魔力の補充をやめれば力は次第に失っていくがその場に残り続けるものだった。
 結界を消すためにはアデリーナの相手をし続けなければいけないが、メルフェスが邪魔をする。聖剣は壁を削り続けているために使えない。
 二人に追い詰められるミルカ。
「貴様はこの誘いに乗った時点で終わっていたんだ。一人で今まで問題なくやってきたんだろうが、そのツケが回ってきたな」
 口ごもるミルカにメルフェスは続ける。
「アデリーナ。結界をより強力にするんだ。絶対に逃してはいけない」
 警戒するアデリーナとメルフェスにミルカは力なく答える。
「そこまでで充分よ。今の私には逃げる手段なんてないわよ」
 思いも寄らない返答にメルフェス戸惑った。
「負けを認めるのか」
「ええ」
 ミルカの静かな囁きが小さく溢れる。
「そうか。これで終わりだ」
 メルフェスの魔力が膨れ上がると同時にミルカの魔力も増幅する。
「私、一人ならね」
 ミルカが一言いうと白い羽根が集まり円を作り出し空間が悲鳴を上げる。
「貴様、なにを言っている」
「ブルー」
 メルフェスはミルカに問いかけ、アデリーナは思わず苦笑いを浮かべる。
 ミルカの言葉を理解していたアデリーナはメルフェスに伝えるように彼女のなそうとしていることを伝える。
 魂の棺桶は死んだものを一度蘇らせることができる。過去のブルーは既に死んでいるが、今目の前にいるブルーは同一人物だ。今のブルーが魂の棺桶でブルーを蘇らせれが、本来生まれることが不可能な二人目の始まりの魔女が眼の前で誕生する。
 ミルカは過去に行ったことにより、時空を超えれ始まりの魔女が二人存在できることを知っている。
 同時にアデリーナ自身が作り出した結界が、自分たちを捉える鳥籠となっていることをすぐに理解する。先程の戦いで既に、アデリーナとメルフェスも結界に衝突し、外に出れていないことを見せている。
「目覚めるときよ。もう一人の私」
 白い羽根が弾けると同時に、過去に死んだ始まりの魔女が眼の前で再臨する。
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