第46話 満ちる緊張感
文字数 2,168文字
動きがあった場所に不審物は無かった。
どうも、向こうも神経質になっていて落ちていた何かを調べていたらしい。
何かが落ちていること自体が気がゆるんでいるのだが。
「不審物無し、以後警戒を続けます」
『ボケッと見てるな、プレッシャーを与えて隙の無い事を示せ』
そう言われても、国境線から向こうのことにはどうしようもない。
外を警戒するセカンドは、無事に終わる事を祈るだけだ。
師団から来ている前方警戒を任されているおっさん隊長ウィリアムに、トレバーが歩み寄って手を上げる。
ウィリアムがムスッとした顔で小さく手を上げた。
「中の様子はわかるかね?」
「いや、中の情報は特に。うちの隊長が国境睨んでろって言ってますわ」
「我々はブラッド隊に干渉出来ない。だが、こちらもそっちの言う事を聞く気は無いから好きにしてくれ」
「へいへい、好きにさせて貰いまさぁ。
ああ、あと、隊長が敵の動きから爆発物の嫌疑があったら取引中止すると言ってるんですが〜」
「爆発物?家を爆破するような馬鹿野郎だと?
フンッ、相変わらず突飛な事を言うガキだ。くだらん」
トレバーがヒョイと肩を上げ、一応伝えてきびすを返す。
その背中に、言葉が続いた。
「だが、その懸念は君たちの持っている情報から、総合的に導き出された物だろう。
ブラッドリー隊長の、いざというときの判断は支持する」
トレバーが振り向き、ウィリアム隊長に親指を立てる。
隊長が親指を立てて返し、ニイッと笑った。
「マーティン、敵を刺激しないよう、車を移動させろ。
何かあった時のために、車を盾に使えるよう配置するんだ。
金網から向こうににらみを利かせろよ、舐められるな。師団分隊の心意気を見せろ」
「イエス、ウィル」
師団の兵も動いてくれた。これで、準備は万端だ。
「頼むぜ、あとは無事に終わるのを待つだけだ」
デッドが部屋の周囲に視線を巡らせる。
補佐官は、アルケーの高官とテーブルに向かい合って話をしている。
エアーの姿は無い。
ただ、高官はエアーの部下の遺骨と遺品も今回は持参していた。
今度は本気なのだろう、どうしてもガレットを返して欲しい気概を感じる。
「では、捕虜の交換を。少しお時間頂きたい。」
「こちらも同様です、では5分後に。」
「準備に10分頂きたい。」
補佐官が、少し眉をひそめた。
向こうはたった一人、なのに10分の必要な意味はなんなのだろう。
「承知しました、では10分後に。
滞りなく交渉終了をこちらは望んでおります。」
「もちろんこちらも同じです。平和的に解決したいと思っております。」
アルケーの高官は、口先でそう言うと一礼もすること無くアルケー側の別棟に戻って行く。
補佐官もメレテ側の別棟に戻り、緊張感から一時解放されて大きく息を吐いた。
「10分の意味は、なんでしょうね。」
補佐官の部下がつぶやく。
「さあな、別れを惜しんで茶でも飲むんじゃないかね。」
「ここで騒ぎを起こしたら大問題ですよ。何も無いといいんですが…」
部下たちが顔を見合わせ、小さく首を振る。
1人の部下が準備していたぬるい缶コーヒーを一本差し出し、補佐官が開けて一口飲むとホッと息を吐いた。
「向こうの出方を探るしか無い。静かに終わることを願おう。
捕虜の解放の準備は?」
「地下で進めています。アイマスクと手錠のみでよろしいでしょうか?」
「あの男はうるさい、口はテープでも貼っておけ。女は不要だ、彼女は落ち着いている。」
「承知しました。」
デッドは無言で隣に立ち、ヘッドホンに聞き入っている。
補佐官が怪訝な顔で彼に声をかけた。
「君の隊長はどこにいるのかい?私は会えるのを楽しみにしてたんだがね。」
デッドがスッと人差し指を唇に当てる。
「秘密です、でも、我々のチームは上に必ず情報部員を生きて取り戻せと命令を受けています。
これは最優先案件なので、どうぞご心配なく。」
「あの、こっちにいる犯罪者、本当は裁判にかけたいのだがね。」
「それは優先案件ではありません、我々の視線の先はエアーの無事一つです。」
「君の隊は本当にかわってるね。一つのためには全部切り捨てる気かい?
あの男はその行為でこの国の黎明を遅らせたんだ。重罪人だよ。」
デッドが思わずいつもの顔でニイッと笑った。
補佐官が、眉をひそめて顔をそらす。
捕虜の2人が地下室から出されて連れてこられた。
椅子に座らされ、周りに一般兵が配置される。
「やっと捕まえたのによう」
イエローがぼやく。
デッドが彼の肩をポンポンと叩き、目隠しをして無言で座るイレーヌの傍らに立ち、にこやかに腰を折ると彼女の耳にささやいた。
「二度とメレテに来るな」
ククッとイレーヌが笑う。
「嫉妬?」
「お言葉を真に受けるなよ、ゲス」
「まあ!ステキ」
笑うイレーヌに苦虫を噛みつぶしたようなデッドの肩を、今度はイエローが叩く。
「いい加減にしろよ」
「あの女、殴り潰してえ」
「おお、怖い怖い」
無線の向こうのサトミは無言で、特に耳から情報は無い。
部屋の出入りも無く、ガレットが一人酷く落ち着かない様子で足を鳴らしている。
口は塞いでおいて正解だ。
補佐官は、無言で目を閉じている。
「補佐官、お時間です。」
彼の部下が告げる。
補佐官が立ち上がり、そして皆に声をあげた。
「では、参りましょう。」
スーツの襟を、シュッと整える。
大きく深呼吸して、一同はドアへと向かった。