第47話 交渉決裂
文字数 2,188文字
SPが周囲に警戒しながらドアを開ける。
デッドたちファーストがあとに続こうとした時、ヘッドホンからささやくようにサトミの声が聞こえた。
『退路を確保、ドアは開けておけ』
イエローが、室内にいる一般兵にドアを開けておくように告げる。
気の利いた補佐官の部下の一人が、家具も横に避けておくように指示して有事のために退路も確保した。
補佐官のあとを、
対してアルケー側からは、高官のあとにガレットと同じようにアイマスクをつけ、口をテープで塞がれて両手を後ろに拘束されたエアーが出てきた。
補佐官の顔が、生きている彼を前にしてホッとゆるむ。
「あと、彼の部下の物をこちらの箱に。」
高官の部下が横からテーブル上にダンボールを置き、中から遺骨の入った箱と遺品の時計と帽子をテーブルに置いた。
「亡くなった方の分は以上になります。こちらの箱が遺髪です」
思いがけなく、遺髪が出てきた。もし本物なら、遺族にはこれ以上無い物となるだろう。
「これで十分かと思うが、それでは引き渡しをよろしいか?」
「では、遺品と交換に先に女性を。」
イレーヌが先にアルケー側に渡され、遺品、遺髪と遺骨を補佐官の部下が引き取る。
遺骨の箱の中に異常は無いか、イエローが横から蓋を開けて確認した。
「遺骨ではあります、彼の物かはわかりませんが。」
「間違い無い、彼の遺骨を我々が持っていても意味が無い。」
「出来れば遺体がそのまま欲しかったのですよ。遺族はそれを望んでいました。」
その言葉に、アルケーの高官が眉をひそめる。
だが、本命はこれからだ。
グッと言葉を飲んでエアーを前に出した。
「では、Mrガレット・イングラムをよろしいか。同時交換で願いたい」
補佐官がうなずき、部下に手を振る。
ガレットが前に出され、エアーとすれ違おうとした瞬間だった。
いきなり見えない物に、ガレットがドカッと腹を殴られメレテ側にぶっ飛んだ。
補佐官の部下が受け止め、後ろによろける。
「な、何が起きて……」
エアーの口のテープが突然宙に現れた黒い手袋の手に剥がされ、バッと何かが翻る音がしてどうとエアーの腹が下から殴られた。
「オゥエッ!!グッェッ!ゲエエエエ!!」
エアーが身体を折って、胃の中をバシャバシャと吐き出した。
吐いたエアーの腰のベルトを黒い手袋が掴み、またデッドに放り出す。
ドンッと彼の身体を受け取った前で、ザザッとフード付きのコートがノイズを放ちながら光って現れる。
そこには、子供のように小さな少年が、アルケーの高官の前に立ちはだかっていた。
「なっ?!!」
驚く一同の前で、フードを外し口を覆ったアラブスカーフと下の遮音マスクを外し、高官を指さす。
その手は怒りに震え、牙をむいて怒声を上げた。
「この野郎!エアーに毒盛りやがったな!!」
突然現れた少年に、アルケー側は面食らって言葉が出ない。
高官が、慌てたように下がるとSPが前に出た。
「な?な、なんだお前は?!!
どういう事だ?!いきなり現れたぞ!これはメレテ側の問題じゃないのか?!」
「問題はそっちじゃねえのか?!見ろ!!エアーの吐いた水にカプセルがある!
いくつだ?一体いくつ飲ませやがった?!」
「そ、それは…それは、その男の……病気の薬だ。」
エアーは5錠のカプセルを吐いている。
まだ飲んだばかりで溶けていない。
その一つを取ると、サトミは高官の側近の一人に突き出した。
「薬だというなら飲んでみろ!飲んでみやがれ!!」
激しい怒りのプレッシャーに、思わず相手のSPも下がる。
後ろで、エアーがうめいて、もう一度吐いた。
もう一錠のカプセルが、床に落ちると一部に穴が空いて中身が溶ける。
そこで、ようやくわかったのだ。
10分の意味が。
補佐官が前に出て、サトミを下がらせた。
そして真っ直ぐに
「どちらに問題があるかははっきりしていませんか?
捕虜に毒を盛って返すなど、論外だと思いますが。
彼はすぐに病院へ収容します。
この取引は破棄させて貰う。」
「なっ!なんだと?!話が違う!こちらの捕虜は渡した!ならばそちらも渡すべきだ!」
「じゃあ、このカプセルを飲ませて返しましょうか?」
補佐官が、冷たい目で睨めつけると、高官が焦って指を指す。
「こっ!こんな馬鹿な話があるか!また戦争でも引き起こす気か?!」
「それはこちらのセリフだ!!返して欲しくば謝罪を要求する!!いや、謝罪ではすまない話だ!」
「そっちこそ、兵隊をこんな見えない服着せて隠すなど……!!」
サトミがハハッと笑ってコートを広げてみせる。
「何言ってやがる。これ、アルケーの装備だぜ?
ガレットの野郎が部下にこれ着せて、戦後もメレテの人間殺しまくってたんだけど、どっちもどっちじゃねえの?」
「うっ……ぬう……」
高官が返す言葉を探して視線を泳がせ、後ろを向くとドアに向かった。
「いかがされるのか?!」
補佐官の問いを無視してSPがドアを開け、返答も無く高官が部屋を出てドア向こうに小さくうなずく。
バタンとドアが閉められた瞬間、
ハッとサトミがメレテ側に向いて叫んだ。
「退避しろ!!対象から先に外に出せ!」
この声に、SPが、デッドが、イエローが、全員が目を見開き瞬時に反応してドアへ向かう。
部屋に残されたアルケー側の兵が、うろたえてドアを開き、アルケー側の別棟を見る。
そこにはすでに、誰もいなかった。